第15話 雨が行き着いた先
その夜、夢を見た。
雨の夢だ。
街ではなく、知らない土地。
土の色が赤く、空が低い。
水が、集まりすぎている。
——行き場を失った水。
私は、夢の中で立ち尽くしていた。
足元まで迫る濁流を、ただ見ている。
「……違う」
ここじゃない。
ここに来るはずの雨じゃない。
胸の奥が、嫌な音を立てた。
⸺⸺⸺
目を覚ますと、外は静かだった。
雨は、降っていない。
風も弱い。
それなのに、胸がざわつく。
私は、無意識に耳を澄ましていた。
——遠い。
——低い。
——重なっている。
街の雨じゃない。
もっと、遠くの水の気配。
「……行き過ぎた」
呟いた声が、やけに現実的だった。
朝、マレナが市場から戻ってきた。
表情が、少し硬い。
「聞いたかい」
「……何を」
「東の谷だ」
私は、手を止めた。
東。
夢で見た、赤い土の方角。
「夜半に、集中豪雨が出たらしい」
集中、という言葉に、胸が締まる。
「普段は川が受ける量を、
一気に叩きつけられた」
マレナは、淡々と続ける。
「畑が流れた。
小屋も、何軒かやられたそうだ」
死者はいない。
でも、それは**運が良かっただけ**。
私は、何も言えなかった。
止めた雨は、消えたわけじゃない。
行き場を、変えただけ。
「……偶然、ですか」
声が、震える。
マレナは、私を見た。
はっきりと。
「偶然じゃないね」
逃がさない目だった。
「でも」
一拍置いてから、続ける。
「全部が、あんたのせいでもない」
「……」
「雨は、降る。
問題は、**どう分けられたか**だ」
その言葉が、痛かった。
私は、分けてしまった。
街を守る代わりに、
別の場所へ。
その時。
胸元が、微かに熱を持った。
あの羽根。
白くて、軽くて、
いつの間にか残っていた痕跡。
触れた瞬間、
遠くの水音が、はっきりする。
——溜まりすぎだ。
——まだ、偏っている。
「……続く」
私が言うと、マレナは眉をひそめた。
「何が」
「このままだと、
また、どこかが壊れます」
自分の声が、冷静なのが怖かった。
マレナは、短く息を吐く。
「止めた責任、かい」
「……はい」
守った。
でも、救ったとは言えない。
私は、拳を握る。
「次は」
逃げない、と決めた夜より、
ずっと重い決意。
「**分けます**」
マレナは、何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
その瞬間、確信した。
これは始まりだ。
雨を止める力じゃない。
雨を**行かせる**役目。
そして——
この代償を、知っている者が。
きっと、私を見つけに来る。




