第13話 止めてしまった雨
雨は、前触れもなく降り始めた。
夕方。
雲が低く垂れ込めて、空気が重くなる。
街の人たちは慣れた様子で、洗濯物を取り込み、戸を閉めた。
でも——
私は、わかってしまった。
「……この雨、来ちゃだめ」
理由はない。
予兆も、前例もない。
ただ、**流れが合っていない**。
雨は、落ちる場所を間違えている。
本来なら、川へ行くはずの水が、街の中心を選んでいる。
私は、足を止めた。
能力を使うつもりはなかった。
使わずに、やり過ごすつもりだった。
でも。
——聞こえる。
雨が、同じ言葉を繰り返している。
——下へ。
——集まれ。
——ここへ。
それは、命令じゃない。
癖みたいなもの。
「……だめだよ」
誰に言ったのかわからないまま、私は息を吸った。
雨を、**聞く**。
そして——
初めて、意図的に**返す**。
「そっちじゃない」
声に出したわけじゃない。
でも、はっきりと“示した”。
流れは、すぐには変わらなかった。
雨は、戸惑うみたいに跳ねる。
街の上で、行き場を失う。
「……お願い」
私は、一歩前に出た。
地面に落ちる雨粒の、重さ。
屋根から落ちる水の、角度。
全部、**知っている形**に戻す。
街を避けて、
道を外して、
川へ。
その瞬間。
雨が、静かにほどけた。
強さが落ちる。
音が、細くなる。
ざあざあ、という騒音が、
さらさら、という背景に変わる。
私は、膝に手をついた。
息が、切れる。
若い身体でも、軽くない。
「……止めた」
完全じゃない。
でも、この街を壊す雨じゃなくなった。
周囲を見る。
誰も、私を見ていない。
ただ、雨宿りしていた人が、首を傾げているだけ。
「弱くなったな」
「天気、変だな」
それだけ。
——気づかれなかった。
胸が、少しだけ軽くなる。
でも、同時に。
**はっきりしてしまった。**
私は、聞くだけじゃない。
止められる。
止めてしまえる。
雨を——
世界の都合を——
**曲げてしまえる側**だ。
足元に、水たまりが残る。
そこに映る、自分の顔。
若くて、制服を着たままの少女。
でも、もう。
“流されるだけの存在”じゃない。
私は、深く息を吸う。
次に降る雨は、
きっと、もっと大きい。
それでも。
今度は、逃げない。




