第12話 ただ、見ているもの
その夜、雨は降っていなかった。
雲は厚いのに、落ちてこない。
空が、息を止めているみたいだった。
私は眠れず、羽根を胸元から取り出していた。
淡い灰色。
光はもう、ほとんどない。
「……見てるんでしょ」
誰に向けた言葉でもない。
でも、口から自然に出た。
返事はない。
それでも、不意に——
羽根が、軽く鳴った。
音というより、感触。
空気が撫でられたみたいな。
その瞬間、理解した。
あの猫は、助けに来たわけじゃない。
導いてもいない。
——最初から、最後まで。
見ていただけだ。
私が思い出す瞬間も。
能力が芽吹いた時も。
暴走しかけた夜も。
選択の前に、何かを教えることはない。
正解も、不正解も、与えない。
ただ。
「……選ぶかどうか、だけ」
声に出すと、胸の奥が静かになる。
羽根が、ゆっくりと溶けるみたいに温度を失っていく。
消えはしない。
でも、頼れなくなる感じ。
——ここから先は。
——一人で。
そんな圧を、はっきり感じた。
窓の外を見る。
雲の切れ間から、月が覗いている。
雨は降っていないのに、空気は湿っている。
世界は、まだ待っている。
私が、
“聞き続ける者”になるのか。
“止める側”に立つのか。
足元に、気配が落ちた。
見下ろすと、そこに小さな影がある。
形は、猫。
でも、輪郭は曖昧で、目もない。
影は、こちらを見上げることもなく、
ただ——座っている。
評価もしない。
催促もしない。
私は、息を吸う。
「……まだ、決めない」
影は、動かない。
「間違えるかもしれない」
それでも、何も起こらない。
「でも——」
言葉を切って、窓の外を見る。
「誰かの代わりには、ならない」
その瞬間。
影が、ふっと薄くなった。
消えたわけじゃない。
満足しただけだと、わかる。
羽根が、完全に冷え切る。
——見届けた。
ただ、それだけ。
雨は、まだ降っていない。
でもきっと、次に降る時は——
私の選択を、覚えている。




