第11話 雨を追う者
その人は、最初からそこにいたみたいに立っていた。
街へ戻る途中、霧雨の中。
道の分かれ目に、黒い外套の人物がいる。
フードは被っていない。
年齢も、性別も、ぱっと見では判断できない。
ただ——
立ち方が、雨の邪魔をしていない。
私は、足を止めた。
マレナも、同時に気づく。
「……知り合いかい」
私は、首を振った。
その人は、私たちを見ると、一歩だけ前に出た。
足元の雨が、自然に避ける。
私と同じじゃない。
でも、似ている。
「久しぶりだな」
そう言って、こちらを見た。
……違う。
その視線は、私の後ろを見ている。
「あなたは……」
言葉を探している間に、その人は続けた。
「雨路に立つ者は、
だいたい同じ場所で足を止める」
胸が、静かに冷えた。
「……先代を、知っているんですね」
問いというより、確認だった。
その人は、少しだけ目を細める。
「追っていた」
短い答え。
「守るために?」
間。
雨音が、そこだけ強くなる。
「——殺すためだ」
マレナが、はっきりと一歩前に出る。
「帰れ」
低く、鋭い声。
でもその人は、私から視線を外さない。
「安心しろ。
今のお前を、どうこうする気はない」
“今は”。
その言葉が、耳に残る。
「先代は、役割を間違えた」
雨が、ざわめいた。
「聞くべきものまで、
受け取ってしまった」
羽根が、わずかに震える。
「その結果、世界の側が——耐えきれなかった」
私は、思わず息を呑む。
「じゃあ……先代は」
その人は、視線を逸らし、空を見上げた。
「雨になった」
意味が、すぐには理解できなかった。
「比喩じゃない」
淡々と告げられる。
「消えたんじゃない。
死んだんでもない」
「……溶けたんだ」
その瞬間、雨音が一斉に低くなる。
私は、足元の地面を見る。
ここに残っていた、雨の記憶。
立ち位置。
繰り返された流れ。
——人だった名残。
「だから、俺は追う」
その人は、私をまっすぐ見る。
「次が出る前に、
止めるために」
マレナが、私の肩に手を置いた。
強く、離すなという力。
「……私は、どうなるんですか」
その人は、少しだけ首を傾げた。
「選べ」
雨が、私の周囲で揺れる。
「聞く者でいるか。
止められる者になるか」
そして、最後にこう言った。
「それを間違えたら——
俺は、また追う」
次の瞬間、霧雨が濃くなり、視界が白く閉ざされた。
数秒後。
そこには、もう誰もいなかった。
残っているのは、雨音と——
選択肢だけ。




