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雨の音から始まる、静かな異世界転生  作者: レイン
第二章 選択の痕跡
10/22

第10話 残された雨路(あまじ)

 昼過ぎ、雨は霧みたいに細くなっていた。


 マレナの用事で、私は街の外れまでついて行くことになる。

 石畳は途中で土道に変わり、人の気配も薄くなる。


 「この先は、あまり使われてない」


 マレナはそう言って、歩調を落とした。


 その瞬間。


 ——ぞわり。


 雨音が、一本の線になる。


 耳じゃない。

 視界でもない。


 意識の奥で、何かが“引かれる”。


 「……待ってください」


 足が、勝手に止まった。


 マレナが振り返る。


 「どうした」


 私は答えられず、ただ前を見つめる。


 道の脇。

 草に埋もれた、浅い窪み。


 一見すると、ただの水たまりの跡。

 でも——


 雨が、そこだけ違う流れ方をしている。


 避けているわけじゃない。

 集まってもいない。


 なぞっている。


 「……ここ」


 私が近づくと、羽根が微かに震えた。


 窪みの縁に、足を踏み入れる。


 その瞬間、世界が静かに反転した。


 ——見える。


 雨の線が、重なっていく。

 今の雨。

 昨日の雨。

 もっと前の雨。


 何度も何度も、同じ形で落ちた跡。


 ここには——

 立っていた人がいる。


 「……先に、誰かがいた」


 私の呟きに、マレナは何も言わなかった。

 否定もしない。


 ただ、重く息を吐く。


 「やっぱり、気づいたか」


 私は振り返る。


 「知ってたんですか」


 マレナは少し迷ってから、頷いた。


 「昔、この辺りにね……

  “雨から逃げない人”がいた」


 その言い方が、やけに正確で。


 「雨の夜に現れて、

  洪水を逸らしたり、

  橋を守ったり」


 私の中で、雨路が繋がる。


 ここに立ち、

 流れを聞き、

 導いた。


 「その人は、どうなったんですか」


 マレナは、視線を落とした。


 「……いなくなった」


 死んだ、とは言わなかった。


 でも。


 「最後に残ったのが、これだ」


 彼女が示したのは、窪みの中央。


 小さな石。

 表面が、異様なほど滑らかだ。


 私は、そっと触れる。


 ——冷たい。

 でも、嫌じゃない。


 雨音が、耳元で囁く。


 ——ここに、立て。

 ——同じように。


 思わず、手を引っ込めた。


 「……私は、その人じゃありません」


 誰に向けた言葉か、自分でも分からない。


 マレナは、静かに言った。


 「知ってる」


 そして、続ける。


 「でも、

  同じ場所に立てる者だ」


 羽根が、はっきりと震えた。


 これは継承じゃない。

 称号でもない。


 雨が、同じ“聞き手”を選んだだけ。


 私は、もう一度窪みを見る。


 そこに残っているのは、名前も顔もない痕跡。

 ただ、雨が覚えている立ち位置。


 ——先代。


 その言葉が、胸の中で静かに形になる。


 私は、そこから一歩、離れた。


 まだ、立つつもりはない。


 でも。


 雨は、逃がしてくれないことも——

 もう、わかっていた。


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