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* エピローグ *

あれから数日が経ち、ミサコの体調はだいぶ戻ってきた。

まだベッドでの安静は続いていたが、顔色は良く、静かな時間を楽しめるほどには落ち着きを取り戻していた。


そんな折、扉をノックする音が響く。


「どうぞ、お入りくださいませ」


そう答えると、扉が開き、レオが花束を持って入ってきた。


「体調はどうだ?」


「ええ、おかげさまで……だいぶ良くなりましたわ」


ミサコが微笑むと、レオは少し安心したようにうなずき、花束を差し出してきた。


「綺麗……ありがとうございます。ユリナ、こちらをお願いできますか?」


部屋に控えていた侍女が、軽く会釈しながら花束を受け取り、そのまま静かに退室する。


二人きりになった室内で、いくつか他愛のない話を交わすうちに、ミサコはレオの様子がどこかおかしいことに気づいた。

言葉の端々が曖昧で、何かを考え込んでいるような――真剣な面持ち。


「……どうかなさいましたか?」


問いかけると、レオは一瞬言葉を詰まらせたが、やがて何かを決意したように、まっすぐ彼女を見つめて口を開いた。


「……実は、君が攫われた時に、この部屋で手がかりを探していた。その、……日記を、見てしまった。勝手に開いて、すまない」


そういうと、レオは静かに頭を下げた。

深く、真剣に――


「……え?」


驚きに、ミサコの目がわずかに見開かれる。


「読んで……嬉しかったんだ。

あんなふうに俺を見てくれる人なんて、今までいなかったから。

いつもそばにいて、でも決して踏み込みすぎずに……クラリッサは俺のことをちゃんと見て、大事にしてくれてたんだな」


無表情なはずの顔に、わずかな笑みと赤みが差していた。


「ページの一つ一つから、その……、愛情が伝わってきた。

だから、驚いたし、すごく……嬉しかった」


その言葉に、ミサコの目にほんの少し涙が浮かんだ。


「……そうですか、読んでいただけたのですね……」


(良かった……ようやく、クラリッサの想いが、レオ様の心に届いたんだ)


彼女はそっと微笑んだ。


「それから……まだある」


レオが少し目を伏せ、躊躇いがちに続けた。


「君が救出されてから、三日くらい……ずっと寝込んでいただろう。

その間、何度か見舞いに来たんだが……その……」


彼はそこで言葉を濁し、俯いた。


「我慢できなくて、全部……読んでしまった」


小さな声だった。けれど、その罪悪感ははっきり伝わってくる。

そしてなにより、その姿は――


(……なんだか、子犬みたい)


いつもの冷静さはどこへやら、しゅんと肩を落としたその姿に、ミサコは思わず微笑んだ。


「……ご安心くださいませ。こうして想いを受け止めていただけただけで、わたくしは幸せですの」


令嬢らしく、やわらかく、静かな口調で――でも心からの言葉でそう伝える。


その一言に、レオの肩がすこしだけ緩んだ気がした。


(なんなら、あと9冊ある事を教えたら、レオ様どんな反応するかなぁ~)


そんな事を考えながらニヤニヤしたい気持ちを必死で抑える。


「それで……」


言いかけて、また口をつぐむ。


(おや……?)


ミサコは問い詰めず、ただ彼の顔をじっと見つめた。

彼の中で何かが巡っている。だからこそ、いまは焦らず、彼のタイミングを待つべきだと感じた。


静かな時間が流れる。

窓の外から、夕陽が差し込みはじめていた。


やがて、レオが小さく息を吸い込む――。


「……日記に記されていたのは、あの療養室での出来事の、ちょうど前日が最後だった。

そして――俺がひどいことを言った、あの日を境に……君の“視線”が変わった」


レオの声には、静かな確信と戸惑いが入り混じっていた。

ミサコはただ黙って、その言葉を受け止めていた。


「ご両親からも聞いた。"あの日からクラリッサが見違えるように積極的になった”って。

お二人は俺と婚約したおかげだと思っているが……」


レオは小さく息を吐き――ゆっくりと、そしてまっすぐにミサコを見つめた。


「俺は……そうじゃない、と思ったんだ。

君は、クラリッサとは別人なのでは……と」


ピシ、と部屋の空気が張り詰めた気がした。


「君は――いったい何者だ?」


レオの問いに、ミサコは静かに目を見開いた。

沈黙が数秒、いや数十秒にも感じられるほどの重さで流れていく。


やがて、ミサコはふぅと一つ息を吐き、ゆっくりと唇を開いた。


「……バレちゃったか、さすがレオ様! 鋭いね。

ええ……ご名答です。あたしはクラリッサじゃないんだ」


突然の変貌ぶりに、レオが目を見開く。

――少しして、瞳がわずかに揺れた。


「あたしはミサコ。

クラリッサの中に宿った、もう一人の人格……ううん、もしかしたら“別の魂”って言ったほうが正しいのかもね。

“日本”っていう、こことはまったく違う世界の人間でさ。

いつも通り寝て、目が覚めたら――なぜかクラリッサの中にいたんだよ。」


ミサコは苦笑しながら話を続ける。

中に入ってから、自分が表に出てくるまでの経緯を――



* * *



「クラリッサはね……あの言葉を聞いてから、出てこなくなっちゃったのよ」


ミサコはふっと笑うように息をつきながら、目を伏せた。


「前のあたしみたいに中にいるのか、もう消えちゃったのか、それすらも分からない。

何度も声に出して戻るように言ってるんだけどね。この通りさ」


「……」


レオは苦しげに声を漏らし、奥歯をきつく噛んだ。


「――けどね、それでも、この想いがこのまま埋もれちゃうなんて……我慢できなかったよ。

どうしてもあんたに伝えたかった。……自分勝手だって分かってる。

だから、レオ様が気に病むことなんて、何ひとつないんだよ」


レオは俯いたまま黙っていた。

ミサコは励ますように言葉を続ける。


「クラリッサの気持ちは……真剣だったと思う。でも、あの子があんたにしたことは――どんな理由があっても、許されるもんじゃない。現に、あんた、あれで倒れたじゃない。つらい思いをさせてしま――」


「違う……!」


急に、レオが強い語気でミサコの言葉を遮った。

その勢いに、ミサコは思わず目を見開いてレオを凝視する。


「俺は……生まれてから愛情なんて、ほとんど知らずに育った。誰も、俺のことなんて気にしない。令嬢たちも、……両親でさえも。ただ家のために役立てと。それだけだった……」


その声には、長年押し殺してきた叫びが込められていた。


「クラリッサの“視線”だけが、俺を支えてくれた。あたたかくて……不思議と落ち着いて……心地よくて……。それが何なのか、やっと分かった。ずっと求めてた――"愛情"なのだと」


俯いたままの肩が小刻みに震えている。


「……やっと見つけた、んだ……いな、くなるなんて……俺のせい、で……」


レオの声は震え、言葉の合間に嗚咽が混じる。


ミサコは息をのんだ。


「あんた、そこまで……クラリッサのことを……」


レオはうつむいたまま、震える手で顔を覆っていた。


「……あの時から……クラリッサの“視線”がなく、なり……ずっと……ずっと取り戻し、たかった……。もう、あの“視線”が、ない――なんて……」


必死に押し殺すが、時おり抑えきれない嗚咽が、静かな部屋に落ちるように響いた。




「……ほ、本当に……?」


レオは返事をしようとした。

「当然だ」と言いたかった――だが、口を開けば嗚咽があふれてしまいそうで、声にできない。

だから、代わりに俯いたまま、静かに、しかしはっきりと首を縦に振った。


「……わたくし、レオ様を……見ていても、いいのです、ね」


その声に、レオの思考が止まる。


次の瞬間、レオは顔を上げ、涙に濡れた瞳で“彼女”を見つめる。


目の前にいたのは――

彼がずっと求めていた、あの“視線”の持ち主だった。


レオは顔をくしゃくしゃに歪め、目の前の彼女を強く抱きしめた。


しがみつくような、懇願するような、必死の抱擁だった。

クラリッサは一瞬戸惑ったように固まったが、恐る恐るレオの背に手をまわし、そっと触れた。

レオの腕にさらに力がこもる。

まるでその存在を、命ごとこの胸に刻み込もうとするかのように。もう、絶対に離したくないという意思が伝わってくる。


――。


「レオ様……いいにおい……グフ……グフフフフ……」



* * *



(ちょっと、ちょっとーーー! ヘンな笑い方出てるよー!? やめなさいって! そんな声出したら、レオ様引くよ!? 百年の恋も冷めるやつだよ!?)


ミサコは頭の中で両手を振りながら、クラリッサにツッコミを入れた。


…だが、次の瞬間――


スン。


驚くほど自然に、嘘みたいなスピードでミサコは冷静さを取り戻す。


(……あ、大丈夫だわ。レオ様、今まで見たことないくらいの、きらっきらした顔してるーー)


目を細めて、涙に濡れながらも幸福そのものの笑みを浮かべるレオの顔に、思わず肩の力が抜けた。


(これ、あれねー。恋は盲目ってやつねー。はいはいゴチソウサマーー!)


ふたりがそっと寄り添う姿を、心の奥でじんわりと噛み締める。

胸が温かくなって、鼻の奥がつんとする。


(ったく……幸せになるの早いっての。あたしの見守り枠、もう卒業ですか? そうですか。クラリッサ、あんた立派になったわ……!)


涙腺が緩むのを、慌てて誤魔化す。


(あ、レオ様顔が近い……え、ちょ、ちょっと待って? うわ、そんな真剣な目しないで! 鼓動が変な音立ててるから! うそでしょ、うそでしょ!? その手の添え方、少女漫画でも最近見ないレベルの優しさなんですけど!? あーーーーっ!! 今、髪、撫でたよね!? さりげなくときめき大爆発ポイントきたよね!? ――って、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!!! 何そのおでこキス!? ぎゃあああ! 『倫理センサー発動シマス。』 ……って、もう、クラリッサ相手だからありなのか? ありか……ありですね……うん、泣いてない泣いてない、これは感動の汗ですからーーー!)


全てを出し切り、ミサコはようやく落ち着きを取り戻した。


(はぁ……よかったね、クラリッサ。レオ様)


ミサコはそっと目を閉じ、心の中で微笑んだ。

誰よりもあのふたりの幸せを願う――

まるで、親のような、姉のような、優しいまなざしだった。



* * *



(ん? あれ……?

ここ、どこ?)


あたりは真っ暗だった。

しん……と静まり返っていて、人の気配もない。


(……あの後、しばらくいちゃついて、名残惜しそうにレオ様は帰っていったんだよね……クラリッサは病み上がりで眠くなって、寝ちゃって……

――じゃあ、ここが暗いのって、クラリッサがまだ寝てるから? あたしだけ、先に起きちゃった感じ?)


そう思った、その時だった。


ふと、視界の端に――手が映った。

それは……長い間見ていなかった、“自分”の手。


(え……?)


思わずじっと見つめる。

指を動かすと、ちゃんと反応する。意識どおりに、ゆっくり、自由に。


(……うそ、動く……!?)


驚いて、慌てて視線を他の場所へ移す。

腕。足。胸元。身体のあちこちを確認する。


そして――


(……この服、見覚えある! あの時! クラリッサに入る前! 晩酌して寝た時の部屋着じゃん!!)


自分でも驚くほど大きな声が、頭の中に響く。

懐かしさと興奮が一気にこみ上げてきて――


(わあああああ! なっつかしーーー!! え、なにこれ、どういうこと!? え、体に戻ったの!?)


ミサコの心は一気に沸騰し、興奮が止まらなかった。その時――


「あ、あなた……ど、どなた、です、か?」


前方から、声がした。


聞き覚えのある――けれど、怯えるような小さな声。


(クラリッサ!?)


慌ててそちらに顔を向ける。


そこには、薄明かりの中に立つクラリッサがいた。

姿は以前と変わらず、けれどその顔には混乱と警戒が浮かんでいる。


「クラリッサ! あんた、なにやってんの!? 寝てるんじゃなかったの?」


「……も、もしかして……ミサコ様、ですか?」


一歩、こちらへ足を踏み出しながらクラリッサが問いかけてくる。

その声はかすかに震えていた。


ミサコはちょっと気まずそうに頭をかく。


「まあ……うん。そーです。はい。自分の体に帰ってきちゃったみたいです、わたくし」


クラリッサはぽかんと目を見開くと、唇を震わせ、もう一度確かめるように言った。


「……本当に……ミサコ様、なんですね……?」


「そーだよー。あんた、レオ様といちゃつきすぎぃー! もうお腹いっぱーい!」


にへらっと笑ってみせると、クラリッサの瞳が輝いた。



* * *



それからしばらく、あたしたちは夢みたいな場所で、まるで旧友と再会したかのように喋り倒してた。


いや、ほんと、いろいろあったよねぇ。


どうやらクラリッサ、あたしと同じように“中”にいて、ずっと見てたらしい。


でも、本人は意外と居心地よかったらしく、


「レオ様に気づかれることなく拝見できる……この上ない環境でしたわ」

とか言い出してて、え、懲りてないじゃん、ってなった。


「いや、それストーカーの再発よ? もう少し自重しよ?」って言ったら、

「レオ様が不快に思われぬ限り、わたくしの行動に問題はないと心得ておりますの」って、キラッキラした笑顔で言い切られて、うーん、強い。


あとさ、「ミサコ様、接触が少なすぎて、レオ様不足でしたわ」って文句言われた。

……いやいや、あたし、結構レオ様と会ってたよ?あんたのその“レオ様成分”の基準、どうなってんのよ。


それから、あたしがクラリッサの気持ちをレオ様に伝えるって宣言した時、全力で止めてたらしい。

最初のうちは、あまりにもやり方が直球すぎて見ていられなかったみたい。

それでも、あたしが自分なりのやり方で想いを伝えようとしたのを見て、ちょっと考え直したらしくて。


「……最初は理解できませんでしたが、ミサコ様のやり方でしか届かないものもあるのですね」

って、真面目な顔で言われた時はちょっと嬉しかったよ。

でもその後に、「レオ様が、“婚約者を名乗るなら名前で呼べ”と真剣に見つめてくださった時の、あのお姿は、眼福でしたわ! はっ、そうですわ! 日記に書き留めておかなくては!!」とか言ってた。うーん、ブレない。


ま、なんだかんだで――

この子、ほんっと、レオ様のことが大好きなんだなって、あらためて実感したんだ。



* * *



「ミサコ様は上手く立ち回り、あっという間に問題を解決していきましたわ。

わたくしは……遠くから見て、マルグリット様を魔法で妨害することしかできませんでした。

だからレオ様にとって、ミサコ様が"表"にいらっしゃったほうが幸せなのではないかと……そう思っておりましたの」


そう言いながらクラリッサは、視線を遠くにやっていた。

どこか懐かしむような、それでいて少し寂しげなまなざし。


けれど次の瞬間――

彼女はまっすぐミサコに向き直り、その瞳にしっかりとした光を宿す。


「……でも、レオ様は、わたくしを……必要としてくださった。

だから――ミサコ様のような行動ができるよう、わたくしも頑張ってみようって……勇気が持てましたの」


ミサコはふっと微笑むと、言葉を優しく返した。


「うん、そうだよ。つまずいても、すっ転んでも、大丈夫!

レオ様は、そんなことであんたを見放すような人じゃないって、あたしが保証する!

……ていうかさ、あの子、なんかキャラ変わってない? あんたの前だと表情がコロコロ変わって、見てて面白いんだけど!」


思わず笑い混じりにツッコミを入れたものの、浮かれすぎた自分に気づいて、ミサコは小さく咳払いをした。

軽く首を振り、気持ちを切り替えるように息を整える。


「つまずいたって、それはあんたの中で“経験”としてちゃんと残ってくよ。

それがね、いつか、すごく大事な糧になるんだよ。これはね、40年以上生きたあたしの経験談。まちがいない!」


クラリッサは一瞬きょとんとし、それからくすりと笑った。


「……ミサコ様、やっぱり頼もしい方ですわね」


「うん、もっと褒めていいよ!

っていうか、それあんたの中にもうある力なんだから、あとは使うだけ。ね?」


「……はいっ!」


クラリッサの声には、以前よりも少しだけ強さが宿っていた。


その時、不意に背後から柔らかな光が差し込んだ。

「……え、何?」


ミサコは驚いて振り返る。そこには、先ほどまではなかったはずの扉が、淡く輝きながら現れていた。


(……ここから出ろってこと、なのかな)


直感的に、ミサコはこの場所を離れる時が来たのだと理解した。


「……どうやら、もうお別れみたいね」


声を落としてそう言うと、クラリッサが顔を伏せる。


「み、ミサコ様……」


別れが近づくのが寂しいのだろう、彼女はうつむき、肩が小さく震えている。


「……あんた、グフフって笑うクセ、直しなさいよ? 怖いからね?」


ミサコはいつもの軽口を叩いてみせたが、クラリッサはただ小さく頷くだけだった。


「ほらほら、辛気臭い! 笑顔、笑顔!」


それでもクラリッサの表情は曇ったままだ。ミサコはふっと息を吐き、微笑んで見せる。


「……しょうがないなあ、もう」


そう言って、クラリッサの頭をポンと優しく撫でた。掌から、励ましの気持ちが伝わっていくように。


「ま、頑張んなさいよ。……じゃーねー!」


そう言って、ミサコは扉に向かって歩き出す。

泣きそうになっている自分の表情がどんな顔になっているか分からなくて、もう振り返らなかった。


その背後から、クラリッサの精一杯の大声が届く。


「ミサコ様……! 本当に、ありがとうございました!

わたくし、何度つまずいても、立ち上がって……頑張ってみせますわ!」


ミサコは前に進みながら、右手を高く掲げてひらひらと振る。


「はいよー!」


――あと二、三歩で、ドアノブに手が届く……。

そう思ったその瞬間、ミサコの足元の床がパカッと開いた。


「ちょ、えっ、うそっ、わーーーっ!!!」


盛大な悲鳴が響くと同時に、ミサコの体は勢いよく床の穴へと落ちていった。


──ドンッ!!


鈍い衝撃とともに、腰にズンとした痛みが走る。


「……いったぁ……!」


目を開けると、天井が見える。

さっきまでいた真っ黒な空間ではない。ここは──見覚えのある天井。


「え、これ……あたしの部屋?」


体を起こすと、そこは間違いなく自分の部屋。

しかも、ここはソファの真横。どうやら盛大に転げ落ちたらしい。


「……何、このオチ……」


痛む腰をさすりながら、ミサコはボソッと呟いた。



* * *



目が覚めたその日は、土曜日だった。

いつものルーティン通り、午前中は部屋の掃除。

黙々と動きながらも、なんとなく気持ちは軽やかだった。


「さて、ゴミもまとめとくか」


ゴミ袋に詰めようとゴミ箱を持ち上げたとき、中にある厚紙が目にとまった。

――お見合い写真だ。たしか昨日、お母さんから送られてきたやつ。


「あー、そういえばあったっけ、こんなの……」


取り出し、しばらく黙って眺める。

そのまま静かにうなずいて、スマホを手に取った。


ピッ。


「……あ、お母さん? 昨日送ってきたお見合い写真なんだけどさ――」



* * *



一週間後。


「……ま、こんなもんか」


鏡の前で、ようやく決まった服に身を包む。

あれこれ悩んで選んだはずなのに、まだ少しそわそわする。


「……緊張するなぁ。コーヒーでも飲んどくか」


ソファに腰掛け、カップを手にひと息。

――ふと、あの二人のことが頭に浮かぶ。


「クラリッサとレオ様……元気にしてるかなぁ……」


思わず、ふっと笑みがこぼれる。


――そのとき。


スマホから甲高いアラーム音が鳴り響いた。


「げっ、もうこんな時間!? シャワー浴びなきゃ!」


慌てて立ち上がり、バタバタと風呂場へ向かうミサコ。


スマホはソファの上に放り投げられていた。

その瞬間、小さな振動と共に、画面に新しい通知がふっと浮かび上がる。


―――――


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―――――



おわり

最後までご覧いただきまして、誠にありがとうございました。

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