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* 王都学園の日々 *

春の空気に包まれた朝――その日、王都学園の入学式が行われる日だった。


クラリッサは、自室の鏡の前に立ち、深呼吸を一つ。緊張を胸に秘めながらも、その瞳はいつになく輝いていた。制服は深い紺に金の刺繍が施された格式あるもので、腰には家紋入りのブローチ。髪は丁寧にまとめられ、白い手袋が可憐な指先を隠している。


(わあ……これが、貴族の制服かぁ。まるで舞台衣装みたい。いや、違う。これが“本物”なんだ)


ミサコはクラリッサの視界を通じて、目に映る景色のひとつひとつに心を躍らせていた。今日という日をどこか特別なものとして受け止めながら。


「……とうとう……この時が訪れましたのね」


クラリッサは再び深呼吸をした。胸の奥で、鼓動が早鐘のように打ち鳴らされている。

指先がほんのわずかに震えていた。


(ふふっ、さすがに緊張してるみたい。あのクラリッサでも、学園の初日は普通の子なのね。よし、しっかり見届けてやろうじゃない)


クラリッサは震える指先をギュッと握りしめ、そっと胸元に押し付けた。


「レオ様のお声を聞ける日が……! 昼間はどんなお顔をするのかしら。ずっと妄想してきたけど、これからは毎日拝見できるのですね……! グフ……グフフフフフ……」」


――。


(はいっ、思い出しましたー。あなたがそういう人だったこと。

オバチャン、うっかり忘れてましたー!

――で! レオ様の声がどうとか、昼の顔がどうとか、“妄想済”、と。 はいはい、ですよねーッ!!)


ツッコミに全力投球してたミサコだったが、ふと我に返ると、すでに屋敷の馬車が玄関に到着していた。

扉が開かれ、付き添いの侍女が頭を下げて誘導する。クラリッサは一礼し、静かに乗り込んだ。



* * *



王都学園の講堂は、王族すら足を踏み入れるという由緒正しき建築物だった。高い天井には紋章が刻まれ、太陽の光がステンドグラスを通して床に色とりどりの影を落としている。


クラリッサは他の新入生たちと並び、静かに席についた。ミサコもその視界の中で、非現実的なほどに荘厳な空間に目を奪われる。


(すご……なんなの、この建物……! いや、建物っていうか、もう寺院? 美術館? どこの王国ファンタジーですか)


式が始まり、静けさが講堂を包む。


やがて壇上に、一人の青年が姿を現した。


肩にかかる白金の髪を後ろでひとまとめに結い、気品漂う立ち姿で講堂の中央を静かに歩いていく。その髪は光を受けてほのかに輝き、整った制服の着こなしと凛とした背筋が、まるで舞台のスポットライトを浴びているかのように人目を引いた。


(……あっ、レオ様だ)


ミサコは、登場したその一瞬で彼が誰なのかを即座に理解していた。毎晩、クラリッサの身体を通して彼の姿を“見守って”きたのだ。見間違えるはずがない。落ち着いた足取りも、涼しげな表情も、確かにあの夜のレオだった。


「生徒代表、レオ・ヴァルシュタイン侯爵令息より、ご挨拶を頂戴します」


司会の声に導かれて、講堂全体から拍手が巻き起こる。拍手の中を歩き、レオは壇上に上がり、深く一礼をした。


そのまま真っすぐ前を向いて、静かに口を開く。


「本日より、この学び舎にて共に学ぶ皆さん。ご入学、おめでとうございます」


澄んだ声が、講堂の空気を引き締めた。穏やかで、それでいて芯のある話しぶりに、ミサコも思わず聞き入る。


壇上で堂々とスピーチをする姿は、夜に静かに本を読んでいた時とは違い、きちんと整った制服に、凛とした佇まい。どこからどう見ても、品のある優等生そのものだった。


(いや~……やっぱり王子サマっぽいなあ……雰囲気が。夜に見てたときより、ちょっと印象違うけど……これが“人前の顔”ってやつ?)


そんな風に思いながら見つめていたそのとき――


ふと、壇上のレオがこちらに視線を向けた。

一瞬だけ、深い青の瞳がわずかに大きく見開かれた。


(……?)


しかしすぐに視線を逸らし、何事もなかったかのようにスピーチを続けた。


(今、目が合った? いやいや、まさかね ――)


気のせいか……と思い至るも、ミサコの胸の奥で、かすかな引っかかりが残った。


こうして、クラリッサの夢のような学園生活は幕を開けた。



* * *



案の定、クラリッサは授業時間以外、レオの姿を見つけては、じっと目を向けていた。

夜とは違う、学園でのレオの姿――


クラスメイトたちと話すときの穏やかな声や、教師の質問に堂々と答えるその真っ直ぐな姿勢。

クラリッサはそのすべてに心を奪われ、熱心に“観察”を続けていた。


それだけでは飽き足らず、夜もレオの屋敷へ行き“観察”を行う。


(いや昼も夜もって! どんだけレオ様ガチ勢なのよ!? ……ほんと、好きにもほどがあるわ!)


自室に戻ったクラリッサは、すぐさま机に向かう。日課ともいえる「観察日記」の時間である。


ペンを手に取ると、まるで心を落ち着けるように一度深く息を吐き、それから勢いよく書き始めた。


――“昼食時、レオ様がクラスメイトのアルト様とご歓談なさっておられました。

その際のお声が、以前よりもわずかに――本当にごくわずかに、ではありますが――柔らかさを帯びており、思わず聞き惚れてしまいました。


特に、「ありがとう」と仰ったその一言。

それはまるで、春の陽だまりのようにあたたかく、胸の奥にじんわりと染み入るような響きでございました……!“――


さらさらと紙を滑るペンの音が部屋に響く。

その筆圧の強さは、まるで言葉に込められた感情そのままに、紙に熱を刻み込むようだった。


「グフフ……捗りますわ~! レオ様のすべてが尊すぎて、筆が止まりませんのっ!」


テンションが高まり歓喜の声をあげながら、勢いよくページをめくる。

そこにはびっしりと書き込まれた細密な文字列。とても侯爵令嬢の手によるものとは思えぬほど、情熱的な観察記録。


(……やば。今日の分だけで3ページ目入ってるよ。しかも声のことばっか)


ミサコはその様子を呆然と眺めながら、ぽつりとつぶやいた。


(ずいぶん分厚いノートだけど、すぐ埋まるんじゃないのこれ……?)


クラリッサはそんなミサコの冷めた視線など知る由もなく、さらにペンを走らせ続けるのだった。


ミサコがあきれるほどに、観察日記のページはどんどん埋まっていく。

授業中はさすがに無理だったが、休み時間、昼休み、放課後、そして帰宅後の記録――まさに一分一秒も無駄にしない勢いだった。

ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。


次回のエピソードは、

* クラリッサの異変 *

となります。


よろしくお願いいたします。

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