表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

* プロローグ *

※文章の執筆に、ChatGPTを使用しています。

ミサコは、40を少し過ぎた独身の女性だった。


結婚はしていない。だが、それを「負け組」だなんて思ったことは一度もない。

彼女は自分の人生を、きちんと、自分の足で歩いてきた。


曲がったことが大嫌いで、曖昧な空気を嫌う性格だった。

言いたいことは言う。相手にも言わせる。

喧嘩上等、とまではいかないが、誤解したまま終わるくらいなら、納得いくまで話し合いたい。

それが彼女の流儀だった。


仕事はそこそこ。友人にも恵まれ、休日には実家に帰って家族と他愛のない話をする。

気の合う人と映画を観て、美味しいものを食べて、たまにひとりで小旅行にも出かける。


――パートナーがいないだけで、私は十分に幸せだ。


それが、彼女の口癖だった。

本音かどうかは、さておき。


「これ以上何かを望むのは、欲張りってもんよ」

そう自分に言い聞かせながら、日々を穏やかに生きていた。



* * *



その日も、特に変わったことはなかった。


仕事を終え、いつものように最寄りのスーパーで買い物をし、夕食・入浴を済ませる。

お気に入りのつまみを並べ、缶ビールをプシュッと開ける。

スマホで漫画を見ながら、つまみとビールで小さな至福を味わう。


「ふーっ。よし、今日もいい日だった」


冷えたビールを喉に流し込んだあと、

ミサコは満足そうに言って、スマホを置いた。


ソファに身を沈め、目を閉じる。


「明日も頑張るぞ…」


そう口にしたのが、最後の記憶だった。


次に気がついたとき、彼女は見知らぬ天井の下にいた――。



* * *



――まぶしい。


ゆっくりと意識が浮かび上がっていく中、最初に感じたのは、目の奥を刺すような朝の光だった。

思わず目を細めようとして――できない。瞼は、もう開いている。


(ん……?)


自分の意思とは無関係に視界が動き、天井をゆるりと捉える。

そこは見慣れた白い天井ではなかった。丸みを帯びたアーチ型の天井に、金色の彫刻。天窓から注ぐ柔らかな光が、室内をやさしく照らしていた。


(え……?)


視線は右へと滑り、絹のカーテンがそよ風に揺れている。

左へ。ベッド脇のサイドテーブルには、繊細な彫金の施されたティーカップ。


(ちょっと待って。なにこれ……)


声を出そうとする――出ない。喉に力は入らず、口も動かせない。

体のどこにも感覚はなく、ただ目だけが動いている。


(体が……動かない?)


困惑しつつも、その不思議な感覚に、なぜか胸の奥がわくわくしているのに気づく。


(こんな経験、初めてかもしれない……まるで誰かの目になったみたい)


暖かな日差し、柔らかな布団の感触、遠くから聞こえる鳥のさえずり。

すべてが鮮明でリアルだ。


やがて、身体が勝手に起き上がった。これは自分の意思ではない。

頭がゆっくりと左右を見渡し、足をベッドから下ろす。動いているのは間違いなく「誰か」だ。


鏡に映ったその姿に、ミサコの視線は釘付けになる。


さらりと長い銀色の髪、宝石のように輝く赤い瞳。透き通るように白い肌。

高貴な血筋を思わせる気品をまとった美しい少女。


(……誰?)


まだ名前はわからない。だが、この少女の目を通して世界を見ているのだ。


そこへ静かにノックの音が聞こえた。


「クラリッサ様、おはようございます」


侍女が部屋に入ってくる。


(この子、クラリッサって言うのね……

これってもしかして、漫画によくある“異世界転移”ってやつかな? …うーん、でもちょっと違うかも……)


そう思うのには、理由があった

この体には、確かにクラリッサがいた。

体を動かすのも、言葉を発するのも、すべて彼女だ。

思考は彼女のものであり、こちらには一切届かない。


けれど、不思議と五感は共有されていた。

目に映るもの、耳に入る音、肌に触れる風――

それらは確かに“こちら”にも伝わってくる。

まるでVRの映像を見ている時のように、ただ傍観しているだけの状態だ。


その未知の体験に、ミサコの心はどこか浮き立っていた。

新しい世界への扉が開いたかのような、好奇心に満ちたワクワク感。


「クラリッサ様、身支度を始めましょう」


侍女の動きに合わせて、クラリッサの身体は動き出す。

ミサコはただただ、その優雅な所作を見つめていた。


(これから、どんな一日が待っているんだろう……)


胸の高鳴りを感じながら、ミサコの異世界での一日が静かに始まった。



* * *



クラリッサは身支度を整え、体力づくりのために庭へ向かった。

人目を避けて歩くわけではないが、知らない顔が集まる場所では、自然と視線を避けるようなところがあった。


庭に着くと軽いストレッチから始め、徐々に運動のペースを上げていく。

終わる頃には、しっかりと汗かいていた。


その後、湯浴みをして、朝食の席につく。

家族や侍女たちの顔が見え、少し心が落ち着くのを感じた。

会話に積極的に入るわけではないが、微かな笑みを浮かべて静かに耳を傾けている。


午前中は家庭教師の指導を受けながら、静かに学びに集中する。

時折、質問されて答えるときは少し言葉を選びながらも、誠実に答えていた。


昼食後は部屋に戻り、魔法の訓練に励む。

集中力を高め、繰り返し練習を重ねていく。

訓練を終える頃にはかなりの疲労を感じていたが、不思議と心は満たされていた。確かな成長の気配が、体の奥にじんわりと宿っていた。


夕食時は再び家族と囲み、穏やかな時間を過ごす。

知らない人が多いと少し落ち着かなくなるものの、屋敷の中の居場所にいる安心感があった。


夜になり、「おやすみ」と侍女に告げて布団に入る。

侍女が退室し、部屋の中は静けさに包まれていった。


(令嬢の暮らしって、華やかで新鮮。

ご馳走の数々も味わい深くて、本当に美味しかった。

そして何より、魔法を使うなんて、凄い体験をしちゃったよ!)


普段の生活とは全然違うけど、この未知の体験にどこか胸が躍る。

これが貴族の令嬢の一日なのね──そう思っていた、そのときだった。


クラリッサのまぶたがすっと開き、するりと体を起こした。


(……えっ?)


クラリッサはそっとベッドから降り、クローゼットの奥から漆黒のローブを取り出して羽織り、フードを目深に被った。

その一連の動作には一切の無駄がなく、まるでずっと前から決まっていた儀式のような静けさがあった。


(……えっ、何?)


ミサコはただ驚いていた。いったいこれから何をしようとしているのだろう。


クラリッサは小さく呟くように、何かの言葉を唱える。

その言葉の意味は、ミサコにはわからない──けれど、空気がわずかに震えたような気がした。

すると、クラリッサの身体の輪郭が一瞬だけぼやけたように見え、そしてピタリと静寂が満ちる。


(……今の、魔法……?)


ミサコが動揺している間にも、クラリッサは部屋の扉を音もなく開け、廊下へと滑り出た。

そのまま屋敷の中を進んでいく。途中、侍女の一人がロウソクの火を持って通り過ぎるが、クラリッサの存在にはまったく気づいていない。

まるで透明人間のようだった。すぐ目の前を通っているというのに、誰も気づかない。

足音も気配も、完全に消えている。


(え、マジで!? ……この子、何者?)


ミサコが驚きと戸惑いを抱えながら事の成り行きを見つめていると、クラリッサは玄関の扉を静かに開け、外へと出た。

そして再び、小さく魔法の言葉を唱え始める。


(今度は何!?)


またしても意味はわからなかったが──暗かった視界が、ゆっくりと明るくなっていく。

まるで夜の帳が剥がれたかのように、世界がくっきりと見えてくる。


そして、次の瞬間。


クラリッサの身体が、ふわりと地を蹴った。

──そのまま風のような速さで走り出す。


(うわっ!? 速っ!! なにこのスピード!! 走ってるというより、飛んでるんじゃない!?)


木々が横に流れていく。地面が遠ざかるように感じるほど、景色があっという間に変わっていく。

ミサコはあまりのスピードにただただ呆然としていた。

一体どこに向かっているのか──それもわからない。



* * *



やがてクラリッサは一軒の立派な屋敷の前でふっと足を止めた。

夜の帳に沈む静かな屋敷。その塀の外、木陰に身を潜めるようにして立つ。


彼女はそのまま屋敷の灰色の石壁をじっと見つめた。


すると、その堅牢な壁がまるで薄絹のベールのように、ゆっくりと透け始めた。水に濡れた紙のインクがにじむように、部屋の内部の様子が少しずつ鮮明に浮かび上がってくる。


遠く離れているにもかかわらず、まるで魔法のズームレンズが働いているかのように、人影がはっきりと見えてきた。


(……え?)


ミサコの視線が捉えたのは、一人の青年の姿だった。


部屋の奥、深い色合いの机に向かい、一冊の分厚い本を開いている。

整った金の髪がランプの明かりに照らされ、うっすらと光を帯びていた。

目は本に注がれていて、ページをめくる指先も優雅で丁寧。


そして、何よりも印象的だったのは、その顔だ。

笑っているわけではないのに、どこか柔らかい。

警戒でも緊張でもなく、静かで落ち着いた──まるで安心したような、そんな表情。


(……誰、この王子サマみたいな人……)

ミサコは息を飲んだ。自分の中の現実感がまた一つぐらりと揺れる。


「グフ……フフフ……グフフフ……」


(えっ、ちょ、待って。何この笑い方!?

…なんかヤバい匂いがしてきた……!!)


ミサコは動揺した。

目の前で繰り広げられている光景──それはもはや、ただの魔法とか貴族の不思議な文化とか、そんなレベルじゃなかった。


(え? これって……もしかして……観察……? いや、これ──)


(ストーカーじゃんっ!!)


心の中で全力のツッコミを入れる。

さっき使った高度な魔法の数々……、すべてはこの“夜の覗き見”のため!?

曲がったことが大嫌いなミサコの倫理センサーが、ガンガンと警報を鳴らす。


(だ、ダメだってこれ! 完全にアウトだってば!! あんた、可愛い顔してやってること怖いからね!?)


だがクラリッサには、そんなミサコの叫びなど届かない。

彼女はまるで夢見る乙女のように、その青年をじっと見つめ続けていた。



* * *



クラリッサは、夜の闇に紛れるように静かに自室へ戻ってきた。扉をそっと閉めると、屋敷の中はすでに深い眠りに包まれているらしく、物音ひとつ聞こえなかった。


そして、慣れた手つきで机の引き出しを開け、底板を外す。そこにある厚手のノートと羽ペンを取り出す。何も言わず、自然な動作で椅子に腰を下ろすと、さらさらとペンを走らせた。


――“今日のレオ様は読書を嗜んでいた。机に向かう姿は疲れた様子もなく、むしろ落ち着いた雰囲気。ページをめくる手の動きが丁寧で、読むことに集中しているようだった。表情は柔らかく、誰かといるときには見せない自然な顔だった。”――


(……は?)


思わず声が漏れたミサコ。

それは、まぎれもなく“あの青年”に対する詳細すぎる観察記録だった。

呼吸のテンポから、目線の動き、ページをめくる指先の所作に至るまで――。


(うわ……)


背筋がぞわっとする。

クラリッサの達筆で整った文字列が、逆に恐怖を煽る。


(よりによって、なんでこんな子の中に……)


ミサコの中に、嫌悪と戸惑いが渦巻く。

さっきまで感じていた好奇心や非日常のときめきは、一気に冷めきっていた。


(こんな事をするなんて、意味がわからない…いや、分かりたくもない……!

疑似的とはいえ、こんな体験したくなかったよ!)


心の中で叫びながら、ミサコはそっと視線を逸らす。

クラリッサは何事もなかったように、淡々と日記帳を閉じて引き出しにしまうと、静かにベッドへと向かっていった。


布団の中に身を沈めると、クラリッサのまぶたがすっと閉じる。

部屋の中に再び静寂が戻り、闇がすべてを包み込んだ。


(どうか明日、目が覚めたら……この悪夢が終わっていますように)


そう願いつつ、ミサコは意識を手放した――



* * *



まぶたがゆっくりと開かれ、視界に見慣れた天蓋のついたベッドの天井が広がった瞬間――ミサコは一気に現実に引き戻された。


(……うそでしょ……)


外の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。どうやら朝のようだ。

昨日あれだけの衝撃を受けた後、眠りに落ちた。次に目覚めたら、当然、自分のアパートの天井が見えるはずだった。


だが、現実は非情だった。


(勘弁してよーーー!!!)

声にならない叫びが、頭の中で渦を巻く。思わず喉元までこみ上げた感情を、どうにか飲み込んで押し殺す。


クラリッサの体が感じている、柔らかな枕のぬくもりや、ふかふかの布団の包み込むような心地よさが、じわじわと伝わってくる。

……それがまた、悔しい。

気づけばすっかり、“クラリッサの暮らし”に体が馴染んできている気がして、ミサコはなんとも言えない気持ちになった。


(これ、夢じゃないの? 私、このストーカーお嬢様の中から、まだ出られてないの?)


クラリッサはすでに目を覚ましていたが、まるで何事もなかったように静かに起き上がり、身支度を整え始めていた。

それをただ見守るしかないミサコ。


(……はぁ……もう、いいや)


ミサコはため息をついた後、自嘲気味に言った。


(これはあれだ……もう、こうなったら――)


“とことん見守って、反面教師にするしかない。”


奇妙に前向きな結論にたどり着く。


(ストーカーの心理ってやつをリアルに観察できるなんて、まあ、貴重っちゃ貴重だし? 人としてやっちゃいけないことを、全部教訓にして……人生に活かすしかないか)


――そうやって自分を無理やり納得させながら、ミサコはクラリッサの今日一日に覚悟を決めるのだった。



* * *



扉の外から、控えめにノックの音が響いた。


「お嬢様、お手紙が届いております」


柔らかい声と共に、もう1人の侍女が部屋へ入ってくる。クラリッサは無言で頷くと、差し出された封筒を受け取った。上質な紙に金の封蝋が押されたそれを、彼女は静かに手元で開け始める。


(……あ、なんか大事そうな手紙来た。てか、封蝋付き!? なにこれ中世ヨーロッパ……?)


ミサコは、クラリッサの手元を通して広げられた便箋に目を凝らした。


『――王都学園・合格通知』


その瞬間、クラリッサは手紙を胸にぎゅっと抱きしめた。小さく、小刻みに肩が震えている。


「王都学園に……合格したわ! ぐ…ふふっ……頑張って勉強してよかったっ……!」


ミサコはその様子に胸がじんわりと熱くなるのを感じた。


(ああ〜、そっか、受験してたんだ。なんだ、普通の女の子じゃん。うんうん、頑張ったんだねぇ〜、よかったねぇ……)


ストーカーとはいえ、こうして年相応の一面を見せられると、どこかほっとしてしまう自分がいた。


「……これで、昼でも……レオ様のことを……見ていられる……!」


(!!?)


「……グフ……グフフフフフ……!」


笑い声の奥に、微かな震えを感じた。

まるで喜びをかみしめるような、無垢な高揚感……。

けれどその裏に、ゾッとするような執着と狂気が微かに混じっていた。


(……ぶ、ブレてなーーーいっ!!!)


思わずツッコミが炸裂した。


――だが、これがクラリッサ。ミサコが“反面教師”として観察せねばならない、純度100%の偏愛令嬢だった。

ご覧いただきまして、誠にありがとうございました。


次回のエピソードは、

* 王都学園の日々 *

となります。


よろしくお願いいたします。


-----

6/7 翌日、合格通知の手紙を読むシーンを一部変更しました。(文字が読めない→読める)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ