流るる水のごとく
一般相対性理論
特殊相対性理論
時間の流れは止めることはできない。その流れに身を任せているのが生き物、もっといえば物質である。そして、何かしらの内的要因で早く進むことはできる。遅く進むのもできる。だが逆走するのは力がなければ難しい。
あの一件があってからも玲唯の僕に対する態度はほとんど変わらなかった。いつものように側にいてくれるし、話を聞いてくれたり、話してくれたり、笑ってくれたり。なんでだよ、って思う。好きじゃないならそこまでよくしてくれなくてもいいのに。でも同時に好きではないだけで友愛的な意味では好きでいてくれてるのかもしれない、とも思う。もしそうならば勝手に勘違いしていた自分が恥ずかしくなってくる。いや、勘違いをしていた、と言うのは語弊があるかもしれない。自分本位だった、と言うべきだろうか。相手がどう思ってくれているかを受け取ろうとせずに自分の気持ちだけ押し付けた形になってしまったのだ。
「ねぇ、湊人」
そんな物思いに耽っていると、玲唯に唐突に声をかけられてぎゅっとピンチアウトしたように現実世界に意識が戻される。
「ん」
「あそこになんか建物みたいなのある」
「え」
玲唯が指差している方向を目を凝らして見てみると、確かに靄を透けて大きな何かが見える。
「…なんの建物だろう」独り言を呟く。
その瞬間だった。
突然木が弾けるような音がした…と思ったら視界が真っ白になる。「っ?!」
しばらくして見えてきたのは謎の光景だった。自分たちから5歩進んだあたりに文字通りに木っ端微塵になった木の破片が大量に散らばっている。そして、その少し内側から浅葱色の半透明の半球の縁が出ている。ふと玲唯を見たときに気づいた。これが幻想の加護というものなのではないか、無意識のうちに護ってくれるのだから。だが幻想の加護を持っているのは玲唯だけなのであって、自分は持っていない。つまりだとすればこの木っ端微塵になっている木片もとい木材は自分たちに危害を加えようとして飛んできたものだということになる。そんなことを出来るのはこの状況だとあの建物の住民しかいない。
そんな殺意の高い連中がいることにも驚いたが、それ以上に対抗できるだけの力が必要だと感じた。対抗するためには玲唯の魔法弾はともかく、自分もやはり対抗手段はほしい。しかしながら今あるのはキャタピラー型の折りたたみテントと食糧、弩と矢、そしてこれらを運ぶために貰った台車だけである。この中で作り得るのは火矢が限界、いや正確には化学構造を変えれば火薬なども作れないこともないのだが、そんな精製された化合物を手に入れるのはこの世界では尚更困難だ。火矢を作るとなれば当然、火種と燃焼剤が不可欠である。だが火種に関しては摩擦で起こした火を保管するなりして方法はあるのだが、どちらにしても燃焼剤、つまり可燃性の物体が必要となる。一番手取り早いのは木だが、今まで木が生えているのを見た試しがない。さっき飛んできた木でもいいが、もとより火が消えやすい。火矢と言うからには高い速度で空中を飛ぶ必要がある。それで消えてしまってはただの木片のついた矢になってしまう。だとするならばやはり引火性・可燃性に優れたものがいいだろう、そう考え思いついたのは油である。まあ松明のように松脂を燃やすものがあるわけだから当然といえば当然だ。そうだしても油をどのようにして手に入れればいいのか分からず。
「油…そういや食糧は何が入っているんだろうか?」
食糧に食用油、最悪缶詰とかだけでもあれば火矢が作れるはずだ。そう期待を込めて食糧が詰まっているらしい麻袋を開くと…
「え゛っ」
米袋-5kg/個が4袋、漬け物の盛り合わせ的なガラス瓶-多分3kgぐらい、味噌-5kg/瓶が1瓶とアマニ油20Lが入っている。このバラエティーパックみたいなものに油が入っているのは本当に謎すぎる。焼いて食べるようなものはないのに、なぜか食用油がある。謎すぎるがまあ都合がいいので受け取っておくこととする。
「…とりあえず材料はあるな」ボソッと呟く。
そんなことをしていると玲唯が話しかけてきて、「もしかして湊人もお腹…空いたの…?」と言った。「湊人『も』…?玲唯はお腹空いてるのか?」確かに急に食料の入った袋を漁り始めているのを見たらそう思うのも無理はない。
「えっ…あっうん、ずっと歩いてたら疲れてきちゃったからお腹空いてる…」と恥ずかしがりながら自白したのを聞き、「じゃあとりあえずこの辺でご飯を食べるのは危ないしちょっと離れたところで一旦ご飯にするか」と言う。
「うん!」玲唯は元気いっぱいに返事をして、ぴょいっと飛び跳ね、リュックサックを背負い直す。
しばらくして、外敵に気付きやすい小高い丘の上にテントを設営し、そこで食事をとることにした。テントアンカーをしっかりと地面に埋め込み、広げたテントの土台を固定する。軽く捻られたアルミのワイヤーを抑えながらゆっくりと戻していく。そうして完成した仮住まいの中の物資を運び込むと、疲れがドッと出てきた。
「うーん、疲れたぁ…」実際もう2時間以上は歩き続けているし、異世界に来たとはいえ自分が昏睡していた時間を含めればおおよそ夜になったぐらいだろう。それを確かめようと反射的に見た手首には壊れたコンパスのように不定期に針の回る方向と速度が変化している腕時計がある。この腕時計は自分の祖父の形見で、ずっと大事にしてきたものなので、現実世界に戻ったら直るのかが気になったが、戻れたあとの心配をする前に戻れるかどうかの心配をするべきだと思い、意識を無理やり現実に戻して、食べ物を作ろうと外に出たときだった。真横から眩い光が差し込んでくる。
「…?」玲唯はテントの中でくつろいでいるし誰が…と思ったとき、その光線は自分の横を通り抜け、テントに消し飛ばさんとぶつかった瞬間、思わず目をつぶった。しかし、数秒待っても何も起きない。うっすらと目を開けると、幻想の加護と光線がせめぎ合っている。ギリギリとぶつかり合っている二つの強大な力は、徐々に、徐々に強くなっている。その時だった。幻想の加護によって形成されていた防壁から嫌な音がした。メキッ、ミシッ。徐々に広くなっていく亀裂。このままでは玲唯が危ない…と思い動こうとするも足は地面に縫い付けられたように動かない。そして防壁が、砕け散り光の粒となって飛散した。思わず目を瞑った。次に目を開けた時には、そこには誰もいなかった。
しばらく、自分の目の前で起きたことを理解する、いや、理解しようとするのに時間がかかった。そして、目の前で起きたことを理解したとき、目から、涙が、こぼれ落ちた。膝から地面に崩れ落ちる。「…う……うっ………」泣き声ともつかない呻き声が漏れる。理解したくなかった。自分が、玲唯を助けなかったから、彼女は、死んだ。亡骸でも残っていればすがって泣けたのかもしれないが、突然に失われてしまったために悲しみさえも驚きが押し潰して泣こうにも泣けない。こんな別れは受け入れられない。僕の…僕のせいで、玲唯が、いなくなるなんて…絶対に受け入れられない。絶対に。絶対に。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぐぐぐぐぐぐぐぐががががががががあぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」
魂の叫びが、澄み切った灰色の空に響き渡った。
コラム
この世界の魔法の種類
水 炎 氷 風 土 自然 幻想 陽 陰 光
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鮮水の加護 業火の加護 氷雪の加護 旋風の加護
富土の加護 自然の加護 幻想の加護 陽陰の加護
閃光の加護 治癒の加護 女神の加護 千々の加護
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