白い靄の中で
「…ねぇ、この後どうする?」
険しい顔をして横を歩く玲唯。
幻想の女神さまに魔法をもらった彼女は、女神さまに感謝を伝えた後、僕と共に何かしらを探し歩いている。
「うーん、本当になにもねぇな…なんかなだらかな丘陵が続いてるだけだ…」
探索開始からおよそ1時間が経過しているが、建物はおろかネズミ一匹見ていない。
周りを見渡しても白い靄と薄緑の地面が広がるばかり。もはや気が狂いそうなほどに同じような地形が多く、方向感覚は失われ始めている。
もはや周りを警戒する気力も失われ始めていたその時、遠くからくぐもるような咆哮が聞こえた。
「ひぃっ?!」玲唯は驚いて腰を抜かし、地面にぺたりと座り込む。さっきまでも気力で無理やり立っていた足は、もはや使い物にならず、立ち上がろうにも立ち上がれず座り込んだままこちらをチラリと見る。
「…少し休むか、玲唯の体力も限界みたいだし…」そう言うと、「ま、まだ歩ける!別に湊人に心配されなくても大丈夫だから!」と見栄を張り、再び立ちあがろうとするが、あえなくかなわず、再びこちらを泣きそうな目で見る。
「な、なんで泣きそうになってんだよ、ほら大丈夫だからな」玲唯に泣かれてはこちらの面子も立たないと横に座り横から抱き寄せる。
「う、う、う…」泣き声ともいえないしゃくりあげるような声をあげている玲唯を側で慰めていると、ふと遠くの靄の中で黒い影が動いたような気がした。目を細めてよく見ると確かに影が見え隠れしている。影のことを玲唯に伝えようとしたが、泣きそうになっている女子にそんなことを伝えるのは何とも違うと思われたので躊躇っていると再び咆哮が聞こえる。だが今回はより鮮明に、よりおどろおどろしく聞こえた。玲唯がぎゅっと僕の袖をつかみ、立ち上がろうとする。
肩を貸しながら遠目にそれがいるであろう場所を見つめていると、靄から黒い影が飛び出してきた。「 ゆ、玲唯!あれ!」それを指さして警告する。すると、玲唯がふっと浮き上がった。
「っ?!」思わず見上げると、力を制御しきれずにどんどん浮き上がっていく玲唯を下から見るかたちになり、スカートの中が見えかねなかったので見なかったことにしてうつむいた瞬間、頭上で大きな音がした。驚いて見上げた時に見えたのは足でも何でもなく、ただ眩いばかりに光り輝く複合立方体が見えるばかりであった。そして玲唯が力強く「イレ・バレータ!」と詠唱した瞬間、その光の塊はとてつもない加速度をもって飛んでいった。
その光が狙うのはもちろん黒い影。ぐんぐんと近づいていって、そして外れた…と思った時には見えなくなった。いや、着弾した地点の周りが跡形もなくなっていた…の方が正しいかもしれない。半径200mはあるだろうか、自分たちがいる丘の上から20mもないところまで広がっている巨大なクレーターを前に、「うそだろ…」と言うしかない。この大惨事を起こした当の本人は地面に降りようと空中で苦戦している。しばらくして、どうにか降りられた玲唯がこちらに近づいて来て、「うわぁ…危なかったね…」と一言だけ放つ。その内容を聞いてようやくその危機的状況を理解し、背筋から寒気がした。「そ、そっか、ズレてたらこの辺ごと消えかねなかったのか…」そう独り言を呟くと、玲唯が震える声で「わ、わたしのせいで…み、みなと…が…死にそうに…?」と言った瞬間、頭を強く打たれたような衝撃が走った。そうじゃない、そうじゃないんだと言いたかったが、それではただ否定しているだけでしかない。玲唯の不安が消えるには程足りない。今のこの自分の感じてることをちゃんと伝えればいいのだと思ったあとも、少し躊躇った後、口を開く。「玲唯、僕はね、玲唯のことを信じてる。だから、玲唯が失敗するわけがないんだ。ないんだよ。玲唯のその心配は杞憂というものだよ。僕は君を信じてる、そして好きだよ。だからこそ、君は、絶対に失敗しない。そう言い切れるんだ。」
そう、ゆっくりと、玲唯にこの想いが伝わるようにと、願いを込めて言葉を紡ぐ。
話し終わったとき、玲唯の顔からは不安の色は薄れていたが、それ以上に紅くなっていた。
「う、うん、わかった、み、湊人が私のことを信じてくれてて、す、好いてくれてることもわかった、よ。だから、私が失敗することなんてないってことなんだよね、うん。…わかった。私、がんばるね。湊人の期待に応えられるように、がんばるね!」
そう言い切った彼女の顔は清々しく輝いている。今度は自分が赤面する番になってしまった。す、好き…?そんな、そんなことを、口走っていたなんて。後悔の念に駆られることもなく、ただ秘密がバレてしまった子供のように恥ずかしいやらみっともないやら感情がごちゃ混ぜになって流れ込んでくる。その流れに押し流されそうになった時だった。
「あのね、湊人、私ね、まだ分からない。私が、湊人のことを好きなのか、わからないの。湊人と一緒にいる時間は楽しいし、一緒にいたいとは思うけど、この気持ちが『好き』なのかはわからない。だから、もう少しだけ、待ってくれないかな…?」そう玲唯は言った。
ん、わかったよ。そう言った。いや、それしか言えなかった。これ以上長引かせたら、泣き出してしまいそうだったから。振られたも同然な言葉だった。そう言い切っていないにしても、その宣告の期限が先延ばしにされただけだ。目頭が熱くなる。溢れ出そうな涙を、最後の、男としてのプライドで、押さえつける。これから、全てが変わってしまう。玲唯の態度も、関係性も。そう思った瞬間、それらが惜しくなって来た。今まで当たり前にあった、その全ては、当たり前ではなかったんだと、そう実感したとき、あの時の自分の軽はずみな言動を悔やむこととなった。そう、過去を変えたいとさえ思った。
人の思い込みは怖いですね、内向的とかだとこうなるんですかね