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夢と幻想の狭間で君と  作者: 稲戸結衣/はくまい
アーケンス王国編
13/16

忌むべき訪客

いらっしゃいませ。

この街に来てからもうそろそろ一週間が経つであろう時、またその時も偶然の一致か、みんなでコーヒーブレイクをとっていた。琥珀色になっている窓に空から堕ちてきた光が射し、部屋の中に明るい雰囲気を提供している。部屋の中には各々が服している飲み物の香りがかすかに漂っており、なんとも落ち着いた空間を演出している。それぞれが話題を持ち寄り、皆で話し合っている姿は闇鍋のような雰囲気を感じる。まあ自分はそんな遊びを出来るような友人もいなかったのだが。そんな回想をしながらカフェラテを啜り、窓の外をぼんやりと眺めていると、主人に突然話しかけられる。「そういや兄ちゃんはどこに住んでたんだ?」今更その話題かと心底驚いたが、意外にもその話題は今まで卓上には出ていなかった。ここ一週間話していて気づいたが、彼らの「どの世界からきたの?」はどこ生まれの種族なのかを聞いているだけで、本人が元の世界にいたかどうかを聞いているとは限らないことがわかった。ただ、ごくたまに元の世界から来た人々もいるらしく、そういう人らを「救いの手(Die Нand dеr Еrlösung)」と呼ぶらしい。まあ残念なことに彼らもまたここに迷い込んで帰ることなくこの地に骨を埋めて来たわけだが。

そして、最近話題に上がらない玲唯のことだが、玲唯は最近ずっと買い物に行ったり部屋に籠ったりで人と顔を合わせる機会が少ない…だけならいいのだが、それどころか自分とすら会うのは朝と夜しかない。自分も中々に暇なのでこの宿の中でお手伝いをしたりお茶を嗜んでいたりするわけだが、どう言うわけか玲唯と会うことが極度に少ない。最近それを訝しんでいるところではあるのだが、それを悟られたくはないので大胆な行動をするわけにもいかず、コソコソと行く先々を先回りして観察するという何ともストーカーじみたことをしている。———と気付かぬ間に話の本題から思考が大幅にズレていることにようやく気づき、慌てて返答を探す。「あー、えっと、最近来たばっかだからどこに住んでるとかいうわけでもないんだよ」「…なるほど?まあ分かってはいたがやっぱり『救いの手』か。」「別に『救いの手』なんて大仰のものでもないんだがなぁ」若干自虐じみた返しをすると、少し怪訝そうな顔をして「おいおい、そんなことを言われちゃあ俺たちの生き甲斐がなくなるじゃあねぇか」と突っ込まれ、軽く謝罪する。そのままどちらも喋らない。

ふと話の途中で発生した沈黙が、終わらない。妙に静かすぎるのだ。何と言ったらいいか分からないような不自然な沈黙だ。いつも静かな裏路地はより一層静かになって、静寂の闇に沈み込み、騒がしいはずの大通りさえも何だか静かだった。しかし、その原因が何なのかと言うところまでは頭が回らず、次の瞬間にそれを理解した。

パァァン、ドゴォォォォォォォ…

突然の破壊に建物全体が不平を漏らし、ミシミシと悲鳴を上げる。

「何だ?!」反射的に結界を張ったことにより何とか無傷ではあったが、板材の破壊度合いからしてかなりの威力であることが伺える。木材の粉末と埃の煙が徐々に薄れ、目に映って来たのは何とも奇妙な光景だった。

「…何だ…?———なんかアノニマスみたいな…」

そこにいたのは、白い歪んだ顔の面をつけた黒い服を来た5人組だった。一人はでっかいワイパーとゴミ袋を、一人は巨大な片刃ノコギリを、また一人は釘棍棒を、また一人は黒色の光沢のある大きな鉈を。そしてもう一人は、何も持っていなかった。あまりにも不釣り合いなその装備は、彼らの不気味さを助長していてもいて。一人がぽつりと言う。「十三の飛翔だ…」

『十三の飛翔』…?英語に直せばThirteen's flyである。どう言うことだ?日本語訳されてしまっているせいでというべきか、実際にはなんと言っているのかが分からないのがこの能力の玉に瑕だ。どうにか考えに考えて、閃いた。"13th's Friday" つまり「13日の金曜日」ではないのか。なるほど、昔から13日の金曜日という日に現れる化物はいて、最初は13日の金曜日の化物とか呼ばれていたのかもしれないが、時間が経ち、徐々にスペルも発音も変わっていったのだろう。何とも腑に落ちる話である。ようやく結論に達したが、そんな陳腐な結論は次の光景で一瞬にして無意味になった。一番前にいた手ぶらな男が、宿の主人に人差し指を向け、何かを詠唱したのだ。瞬間、主人の頭蓋はだるま落としのように何段にも分かれ、中心線からズレる。前に崩れ落ちた彼の頭部からはこぼれ落ちた脳組織の一部と脳漿が流れ出ていた。自分は思わず吐き気を催し、慌てて口を押さえる。息を吐く間も無く、大虐殺が始まった。次の被害者はお皿の回収に来ていた女性店員だった。白い面の男は何の慈悲もなく鉈を振り下ろし、ついさっきまで息のあった身体は、今やただ赤く染まった肉片でしか無くなる。そして、その肉片の一つを拾い上げ、まるで漬物をつまみ食いするかのような自然さで口に運び、咀嚼する。屈強そうな男が彼ご自慢の大剣を鞘から抜き放ち、構える。しかし、その勇気ある行動も彼らの前では焼石に水である。棍棒で横から殴りかかられ、一発目は剣で受け止め火花と共に弾いたものの、横からノコギリが首の柔らかな肉に食い込み、そのまま後ろにノコギリが引かれた。彼の頭部が硬いような柔らかいような音を立てて床に転がる。そのまま体が地面に斃れるが、男はその死体に棍棒を振り下ろし、振り下ろし、ミンチになるまで振り下ろし続けていた。よもや限界だった。こんなにも胸の悪いことがあるだろうか?あっていいのだろうか?いや、いいはずがない。前に手を翳し、そのまま霊力を高める。そして、詠唱する。「星夜ノ破!!!」男たちがパッとこちらに向き、各々の武器を構えるが、もはや無駄である。瞬間、自分の手から眩い光が発され、目の前にいる男たち全員をまとめて捉え、それにとどまらず壁や天井、床に向かいの建物までもを巻き込んでいく。しばらくして目の前に見えたのは、驚くべき光景だった。目の前には何もなかった。全てが焼け野原、どころか消え去っている。しかし、その光景の中に、ポツンと一人だけ立っている。ひどく焼けこげた白い面をつけている者。それは、先ほど手ぶらでいた男だった。自分からは見えない彼の目。しかし、確かにその目があるだろう場所からは殺気が感じられた。ところどころ溶け落ち、見るも無惨な黒いローブに身を包んでいる彼は突然、右手をこちらに翳し、何かを詠唱した…ような気がした。自分からは顔は見えないが、陰陽師であるがためなのか、マナの動きが見える。瞬間、マナが一気に凝集し、こちらに向かって弾き飛ばされて来た。しかしこちらもただやられるわけではない。まずは手合わせと言わんばかりに、目の前に亜空間の鳥居を構築し、飛んできた魔法を亜空間に引き摺り込む。そしてその巻き込んだ魔法も含めて、相手に送り返す。「鏡像陰翳!」位相の反転した魔法が彼の魔法とぶつかり、相殺する。その流れのままに、手をスッと挙げ、自身の背後に数十個の亜円体を形成する。そして、前にバッと振り下ろし、詠唱する。「常磐秋明!…ここで死んでもらうよ、白面さん。」次の瞬間、背後の物体から浅葱色の光が放たれ、全てが真っ直ぐに相手に突き進む。これで終わったか、と思われたとき、突然爆発音がした。驚いて目を見開き、音の出所を探すと、すぐに見つかった。その白面が両手を重ねて前にかざし、魔法波を放っている。魔法波と光がせめぎ合い、バチバチと激しい音を立てているのだ。こちらも応戦してマナの供給量を上げるが、相手も生き死にがかかっている。そう簡単には死んでくれない。接触面が眩い光を放ち、まるで日の出の時の地平線のようになっている。上からは明るい紫色が、下からはくすんだ灰色が、その水平線を挟んで対立している。そんな光景を見ていたとき、急に横から草灰色の光が、魔法弾が飛んできた。反射的に結界を張るが、それによって光線の方への注意が削がれる。瞬間、前から灰色の波が迫ってきた。もはや光線の威力を上げても意味をなさない。上げても上げても、波は速度を保ったまま迫ってくる。もう終わりか、そう思った。今までのことがエンドロールのように流れて来た。学校でのこと、家族とのこと、玲唯とのこと。あぁ、これが走馬灯なのか、と人生を諦めかけたところだった。「イレ・セト・ビーミア・エクスプローズ!!」聞き覚えのある声が、力強く、詠唱した。霞が急激に晴れる視界の端から、稲穂色の、朱色の、光線が、白面の男を貫き、包み、埋め込んでいく。そのまま、男は消え去った。黒い煙さえも光に塗りつぶされ、完全に跡形もなくなった。

「玲唯?!」自分の攻撃に玲唯の攻撃でもはや何もなくなった焼け野原で首を巡らし玲唯を探す。「湊人ー?!」遠くから玲唯の声が聞こえる。声の出どころを目を凝らして見ると、確かに玲唯がいる。「玲唯ーー!」玲唯がパッとコチラを振り向き、思いっきり手を振る。自分もそれに応えて手を振る。焼けた瓦礫に足を取られながらも、どうにか進んでいく。ついに玲唯の顔が見えるほどの距離になった時、玲唯の背後の遥か彼方に薄汚れたピンク色の謎の物体が浮いていることに気づいた。遠目では何ともいえないフォルムをしているが、ネズミに似ている気がする。玲唯が駆け寄ってくる。「湊人!…どうしたの?湊人?」はっと我に返り、「いや、何でも無いよ、あまりの嬉しさにちょっとぼーっとしてただけ」と誤魔化す。しかし流石に誤魔化しに玲唯も気づいたようで、「いや…えっ?流石に騙されないよ??」と少し強く突っ込まれる。ふと玲唯が自分がぼーっと見つめている先を眺め、何かに気付いたのか少し声を漏らす。「…どうした?玲唯?」「…えっと…あのピンク色の…もの?人?分からないけど、こっちに近づいて来てない?」「え゛っ?!」もう一度、目を細めて遠くを見る。が、自分が思っていた以上に近くにまで来ていたために、ピントが一瞬合わない。ようやくピントが合ったときには、ぐんぐんと迫って来ており、徐々に明細まで見えて来た。———それは、呪物だった。様々な種類の肉片が集まって生まれた恨みつらみの集念体。その陰気を全方位に撒き散らし続けている。蠢めく表面では、どこの組織の破片だろうか、よく分からないような肉片が波打っている。呪物があと100mもないぐらいにまで迫って来た時だった。玲唯が横で右手を前に伸ばし、アレにかざす。そして、ポツリと何かを詠唱した。次の瞬間、その呪物は玲唯の聖魔法の檻に捕えられた。それは自らの置かれている状況を知ってなのか知らないでなのか、檻の中で暴れている。しかし玲唯が作った檻は強固でとても壊せそうにない。ふと、檻から何か薄い光が流れ出ているのに気づいた。地面をゆっくりと、しかし確実に這いながら玲唯に向かってくる。奇襲…のつもりなのだろうか。しかし、そんな不埒な行為を玲唯の加護が許すはずもなく。流れる光は玲唯まであと5mというところで、瞬く間に蒸発した。玲唯がふっと笑う。玲唯にしては珍しい笑い方に驚いて顔を玲唯に向けると、玲唯の口元には何とも形容しがたい笑みが浮かんでいた。「…このまま死んでくれる?」玲唯が笑顔のまま呟き、思いっきり右腕を振り下ろした。瞬間、魔法の檻ごと地面に突入し、激しい音を立てる。玲唯は左手でさらにマナを溜め、高め、そして、また魔法を使った。光線が思いっきり地面を貫通し、何かに当たった。いや、何かに当たった、というのは少し断定がすぎるかもしれない。当たった…のかもしれないという方が適切か。地面の下から轟音が鳴り響き、地面の上の瓦礫がガタガタと音を立てて揺れる。ようやく轟音が収まり、世界に静寂が訪れたとき、玲唯が横から飛びついて来た。「湊人ー!無事で良かったぁ!!!」「あっ、あぁ、良かった、か、うん。」「…?どうしたの?……もしかして、嬉しくなかった…?」「…っあ、いやっ、そういう」「どっちなの?」玲唯が鼻息荒く詰め寄ってくる。今日の玲唯は何か変だ。「う、嬉しいよ?嬉しいんだけど、その、何ていうんだろう、玲唯、なんか変じゃない?今日」「…そうかな?私はいつも通りだよ?変なのは湊人でしょ?」「いや…」「変じゃないよ?大丈夫だよ?湊人?ねぇ、ちゃんと見て?何で?ねぇ?」玲唯の言葉がだんだん速くなっていく。「ねぇ湊人?聞いてる?見てる?ねぇ?湊人?…ねぇ、湊人…?……湊人?」しかしその勢いもだんだん落ちていき、徐々に言葉に力が無くなってくる。「———もしかして、私のこと、嫌いになっちゃった?」その言葉を聞いたとき、何か胸の中で嫌なものが動いた気がした。「…玲唯、お前何言ってんだよ?僕が玲唯を嫌いになると思うか?」「でも」「でも、じゃなくて。玲唯はいまだに気づいてないみたいだけど、僕は、玲唯が好きだ。大好きだ。愛してる。もう愛してやまないんだよ。それになんで気づいてくれていないのか分からないけど、少なくとも自分が玲唯を嫌いになることはないということだけは知っててほしいな。」自分の心からの言葉を紡ぎながら玲唯にとどくように祈る。ただ一心に。だが、玲唯の心のわだかまりは、そんなものではときほぐされることもなく。「———言葉でだけだったら何でも言えるよね、ね?湊人?」「じゃあどうすれば分かってもらえる?」「…態度で示してよ」「態度…?」「そ、態度。…あとは自分で考えて。」自分のひたむきな言葉は玲唯の心に当たるなりバラバラに弾け飛んだ。玲唯はその言葉を最後に、どこかへ行こうとする。「……っ…」このまま、自分がここに膝をつき、ただ慟哭すれば楽かもしれない。自分の悲しさも辛さも全部、涙で押し流してしまえば楽かもしれない。…だが、そんな女々しいことは、自分のプライドが許さなかった。そんなひとりよがりで、かつ人として恥ずるべきことで、この話を終わらせたくはなかった。「…ゆい」ぽつりと、つぶやく。「玲唯」小さく、でも確かに、名をつぶやく。「玲唯っ!!」顔をあげ、玲唯の名を呼ぶ。ピタっと玲唯がこちらを振り返ることなく歩くのを止める。忸怩たる想いが、自分を突き動かした。思いっきり足を踏み込み、玲唯に向かって駆け寄る。そして、背後から追いすがる勢いのまま肩に手をかける。ぐいっと引き寄せ、顔をこっちに寄せる。一瞬、玲唯の頬がこわばるが、次にはかすかに顔から力が抜けた。「———何?」声色は当たりが強かったが、その中には少し優しさも感じられて。「…玲唯、僕じゃダメなのか?」「…えっ?」「僕が、力不足だから、なのか?」「……っ」「どうしたらこの気持ちが分かってもらえるのか、他に玲唯の求めてる答えはあるのかもしれないけど、僕には分からない。これしか、わからなかった。」少し疑問げな玲唯に顔をずいと近づける。一度心の中で深呼吸をし、目を閉じてゆっくりと顔を近づけ……というところで、玲唯にいきなり肩を押される。バランスを崩しかけたところで

パァァン!と大きな音が耳に届いた。

一瞬、何の音かと驚いたが、次の時には自分の頬に火で焼かれたかのような痛みが走った。見ると、玲唯は右手を思いっきり振り切っており、こちらを睨むような姿勢だった。「……湊人の…バカ!アホ!…変態!!」彼女の口から飛び出た言葉は自分にドカドカっとぶつかって地面に転げ落ちた。玲唯はそのままの姿勢で静止している。が玲唯の表情は次第に弱々しくなって来ている。さっきまでの強がっていた態度とは真逆の反応に、思わずも驚いた自分はただ焼けこげた場所に影を落としているだけであった。分かりそうでわからない、そんな心境に苦しんでいるのは自分だけではないのかもしれなかった。

更新遅れてしまいました!申し訳ありません!

本日もお読みくださってありがとうございます!

ぜひご感想やご評価もお願いいたします!

それではまた次もよろしくお願いいたしますー。

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