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夢と幻想の狭間で君と  作者: 稲戸結衣/はくまい
アーケンス王国編
12/16

たおやかなひと時

目が覚めたのはちょうど明るくなる頃だった。

久しぶりにふかふかのベッドで寝れたので、沈むように、泥のように眠った。おかげで夢さえも見ていない。目をしぱしぱと瞬かせ、ゆっくりと目を窓の方に向けると、桜色の空がぼんやりと見えた。ゆっくりと身を起こし、ふと目を布団にやると、玲唯がぐっすりと眠っている。自分は昨日の夜、あの後どういう経緯で布団に入ったのかを覚えていない。もはや記憶領域が機能しているのかすら怪しい。ふと昨日のことを思い出す。昨日は、玲唯があのバケモノを討伐し、てんやわんやの大騒ぎになったのだった。流石玲唯だと言わざるを得ないほどの———何で玲唯の存在が宿泊者にバレてるんだ。僕は玲唯に認識阻害の呪術をかけた。つまりは玲唯のことを認識できるのは自分ひとりだけなはずだが、何故か宿泊者にも見えてしまっている。慌てて玲唯に手を翳し、相手の状況を見る「透覚の目」の術式を行う。すると、玲唯の状況…というよりもステータスが見えた。


-Status-

香野玲唯 156(cm)48(kg)

[15/F/UV][MP:27683][MS:98]

状態:満腹度[57/100]正気度[78/131]

身体の調子:右足の膝下に小さな擦り傷

魔法系:特筆すべきことなし


何故英語がところどころで使われているのかは分からないがとりあえず玲唯にかけた認識阻害の効果が切れていることがわかった。

再び術式をかけようとすると、謎の力に弾かれてかけられない。この不可解な現象をどうにか説明付けようと考える。

辿り着いた答えは、玲唯の「幻想の加護」のせいであるというものだった。もっともその証拠はなく、ただ思いつきで立てた仮説だが、現時点では最も可能性のある仮説だと思う。しかしそうであるならば、より事態は悪化する。周りに溶け込む形で社会に入り込み、その上で国王に近づく作戦を立てていたが、このままでは溶け込むどころか目立って仕方がない。ただどうにかすれば溶け込めるだろうと思った自分の希望は易々と打ち砕かれる。

その日の昼だった。主人にいつまででも泊まっていて貰っていいと言われ、とりあえず今日も泊まるつもりでいた。ちょうどコーヒーブレイクというべきか、みんなでロビー横のカフェスペースでお茶やコーヒーとともにお菓子を楽しんでいた。その時、自分の拙い英会話能力では彼らの早い会話にはついていけず、やむなく「全ての外国語が日本語に聞こえるようにしてください」という願いを叶えて貰った。自分も加わり、みんなで他愛無い世間話を楽しんでいると、突然、扉を叩く音がした。ふと窓をみると、窓の外にはきちっとした軍服のような衣服を見に纏った男達が数人いる。カフェの中の誰かが「警邏隊だ…」と呟く。店主がゆっくりと腰を上げ、扉を開ける。

「…何の御用ですか?」店主は咳払いをし、冷静に努めた声で訊ねる。

「陛下からの勅諭である!この町にある男女二人組がおり、その二人を探しだすべく、我々は町を見回り、情報を集めておる!貴殿らがこの件について、何か知っていることはあるか?」

店主はすこし黙り込んだ後、キッパリと「いいえ、存じません」と言った。

警邏隊の頭らしき人がこちらを向き、こちらにも意見を求めるような素振りを見せるが、みな首を横に振るばかりである。

「そうか、談笑中お邪魔して悪かった。今後も何か情報が入ったら伝えるように!」

その人はキビキビとした動きで出ていき、ドアを後ろ手に閉めた。

その場にいた一同が、少し間が空いた後、一斉にため息をついた。

「何なんだ…?」「さあ?」

一同が口々に困惑を口にするが、それは誰が探されているかについての困惑ではない。

「なんであのお二人が…?」「なんかあったのかな…」

なぜ玲唯と自分が探されているのかについての困惑である。

「…なあ、兄ちゃん、お前さんはどこからきたんだ?」

自分の横に座っていた屈強そうな男に話しかけられ、「…何というんだろうな、外の世界から…かな」と答えると、そんなことはわかっていると言わんばかりに少し首を傾げる。

「違う違う、どこの国から来たんだってことだよ」「日本だよ」「日本…?どこだそりゃ」「えっと…黄金の国ジパング…って言って伝わるのかな」「どこだそりゃ」「しらねぇな」「…なんか見たことあるかも、なんかの本で」「まじ?」

徐々に話がずれている気がするが、無理に戻す必要もなかろうとそのまま話を続けさせる。

しかし、その無駄な気遣いを横目に、話はどんどん核心に迫ろうとしていた。「しっかしなんで国王陛下は?」「何だろうね?」「うーんやっぱあれじゃない?身体じゃないの?」「えぇ?王都にはもっと別嬪さんがいるでしょ…?」「うーん、なんだろうね…?」「実はあれとか、自分の先祖の仇討ちとか?」「んなわけないだろ…」「いやあるかもよ?元の世界から来てるんだし」

ふとここで彼らが現実の世界を「元の世界」と言っていることに気づく。彼らにとってそこはまだ見知らぬ世界なわけで、「元の」というには不自然ではある。それとも昔からそういう風に言われて来たのだろうか。すると一人が、思いついたように話しかけてくる。「君はさ、どういう世界から来たの?」そんな質問をされるとは思わず、一瞬硬直したが、ゆっくりと現実世界について話し始める。中世からの技術の進歩、そして二度の世界大戦…など。そして、自分の生きてきた社会構成についても話し始める。母と姉について、高校生活について。色々話していると、突然目の前の席のおじさんがおずおずと言った様子で手を挙げる。いきなり話の腰を折られて反応が遅れる。「えーと、君のお父さんは?」そんなどうでもいいことをスーツとトレーナーの間のような何ともいえない上着に身を包んだ男に訊ねられ、沈黙する。だが、それに続く言葉はない。何故なら、その『お父さん』なるものが何なのかが分からないからだ。聞いたこともないし、居たはずもない。すると、その男は自分の沈黙をどう捉えたかは分からないが、深くうなずき何かに納得したようだった。彼が黙り込んだことで自分に突然話のリードが手に戻り、何について話せばいいかが分からず、ロビーを気まずい沈黙が満たす。

「で、何か探される理由に心当たりは?」「うーん、まああるにはあるんだけど」「何だ?」「玲唯はね、なんかすごい魔法力があるんだよね」

自分のその一言に皆が少し首を傾げ、「魔法力…?」「何だそれ」と口々に疑問を言う。「魔法力ていうのは…そうだな、まあ魔法の使えるレベル?みたいな感じかな?」「ほーん」「要は魔法の強さみたいな感じか?」「そうだね、おおよそ。」

ふと彼らと話しながら文化の違いを肌で感じる。日本であればもっと遠回しに聞いたり、空気を読んで何となくで意味を考えたりすることも多いが、この場ではそんなことはない。きっちり深掘りしてくるし、意味もしっかり訊ねてくる。しかしその違いが嫌なものでないことが何となく意外だった。

彼らとの交流は、のどかな街並みを静かに満たしている。


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