擬似ハノイの塔
投稿遅れてしまってごめんなさい!
今回はちょっと長めです!
ぜひ楽しんでいっていただけると嬉しいです!
僕ら一行が街を囲う大きな半球の防壁に辿り着いたのは歩き始めて4時間ぐらいだった。いや、4時間10分だった。なぜこんな細かい数字が出るかといえば砂時計を神様に願って出したからだ。まさかこんなアナログな機械とすら言えるか怪しいものに頼ることになるとは…と思っていたが、案外悪いものでもない。上に残っている砂の量を求めれば経った時間が概算できることに気づいてからはもう楽だった。測れる時間は高さの二乗に比例する。20分ぐらいならば手のひらサイズだが、1時間となると大きいビアグラスのような大きさになっていて、持ち歩くのは苦しいと思ったが、玲唯が魔法で浮遊させた状態で持ってくれたので楽だった。(逆にいえばあの魔法は魔法球内の重力を0にしている訳ではないらしい)
話を戻そう。その街の防壁はとても強固だった。普通には通ることすらも出来ないし、攻撃しようものならその痛みが戻ってくる。しばらく試行錯誤したのち、あることを思いついた。皆さんはがん細胞、特に乳がん細胞をご存知だろうか。乳がんは、がんの中でも極めて脳への転移率が高いがんである。その理由はガンが出すエクソソームにある。脳の血管には血液脳関門がある。普通、この血管の関門によって脳に異常物質や病原体は入れないのだが、この乳がんの出すエクソソームは血液脳関門の細胞膜と融合し、エクソソーム内部に含まれるマイクロRNAを血液脳関門髄液に吸収させることで、血液脳関門の効果を下げ、乳がんが転移しやすくする機能がある。そのエクソソームと同じことができるのではないかと考えたのだ。ただ、唯一条件があって、それは街の防壁が『神聖の加護』もしくは『聖魔法』によって構成されていることである。まず幻想の女神さまが言っていたように『幻想魔法』もしくは『幻想の加護』を選択した者はいない訳だから、それによる防壁が存在するわけがない。であればあと玲唯が使える魔法は聖魔法しかない。そういうことを玲唯にかいつまんで話し、やってくれるよう頼むと快諾してくれた。しばらくして、玲唯が詠唱し、周りに球状のバリアを形成する。そのまま、ゆっくりと防壁に向かっていく。半ば二人三脚のような動きで、そろそろと向かっていく。玲唯の『聖魔法』で構成されたバリアと街のバリアが数歩の距離に近づいた時、バリア同士が引き合っているのが分かった。掃除機で布団を圧縮している時の袋のように、互いが引き合って伸びている。そして更にもう一歩踏み込んだ。にゅっと二つは重なり、融合した。ちょうどシャボン玉を二つくっつけたときのような感じだった。そういえばエクソソームもこんな感じだったような、構成された高分子の膜が融合するという点では違いがない。もしかしたら魔法のバリアもマナの高分子集合体であるのかもしれないと思った。しかし次の瞬間、そんなことを考えている場合ではなくなった。融合したことにより、整った球状に戻ろうと自身の後ろ側にあるバリアが急速に凹んできている。「うわっ後ろ危ない!」その声に玲唯もふっと後ろを振り返り、慌てて歩くスピードを上げる。ほとんどバリアに急かされるように街の中に入り、入れたことに安堵のため息をつき不意に玲唯の方を見ると、玲唯もまたこちらを見ている。彼女に特に意味もなく微笑むと、戸惑ったように笑って目を逸らす。しかしようやく一段階目をクリアしただけで、まだ街の建物は見えていない。ここで立ち止まるわけにもいかないので、再び街の方向に向かって歩き始める。しばらくして、近くに白い建物が見えてきた。微かに黄色がかった白色の横長な建物がある。そしてその奥にはさまざまな形の白い建物がたくさん建っている。しかし一番、目を惹くのは、中央にそびえ立つ巨塔である。地面から生えるように建っているのにも関わらず、そのまま空の上まで突き抜けているのだ。空の上…という表現はあまり良くなかったかもしれないが、この世界における視程の限界よりも高くまで建っているということだ。あれはなんだろうかと気になる一方で、まず王に会う前までは王国の住民にバレないようにしなくてはならないと言うことを再認識した。自然な形で共同体に馴染めるようにするためには認識阻害や認識災害を起こすのが一番である…ということで呪術で認識を阻害するような術をかけることに決定した。かくかくしかじか、色々説明をして、玲唯は若干不安そうながらも首を縦に振った。式神こと千代に術の方法を聞いて(なおある程度の基本術式なら頭の中に勝手に記憶されている)、玲唯に術をかけ、いざ自分に術を…という時に気づいた。自分は術をかけた本人だから玲唯の認識災害効果は無効化されているが、自分にもかけたら玲唯は僕を認識できないのではないか、と。無論これはあくまで可能性でしかないし、絶対にそうなるという確固たる証拠はないが、もしそうなった場合には例の作戦が頓挫することとなる。それはどうしても困るため賭けには出られない。こうなってしまっては自分の力でどうにかするしかあるまい、と自分はそのまま生身で行くことに決定した。まだ仄暗い街に入り、薄黄色の街灯でてらてらとテカっている石レンガの道を歩いていると、なんだかタイムスリップしたような気分を味わう。人々か静かに寝ている家々の路地裏の露店で、酒を飲んで気分の上がっているおっさんがちらっと見えた。人々の息づく街が一体となっているような気がした。しばらく歩いていると、おそらくゲルマン系言語の崩れた字体だろうか、"IИN"と書かれた看板が下がっている建物を見つけた。古ぼけた窓ガラスからはおおよそ火ではないだろう琥珀色の光が漏れ出ている。おそるおそる入口のドアに手をかけ、引く。———開かない。もう一度引く。やはり開かない。すると内側から宿の主人が扉を引いて開けてくれた。ドアは「押し戸」であった。小っ恥ずかしく顔を赤らめながら中に入ると、そこはいわゆるレトロ喫茶のような雰囲気が漂っていた。琥珀色のやわらかなガラスの中に光が入っていて、たおやかな光を室内に提供している。先ほどドアを開けてくれた店主は何事もなかったかのようにカウンターに戻り、何かの整理をしている。話しかけようとしたが、ふと日本語で話しても伝わるわけのないことを思い出した。しかし、残念ながら僕はドイツ語やフランス語などは話せない。出来るのは日本語と英語とロシア語だけである。仕方がないのでゲルマン系言語に一番近しい英語で話すことにする。
「Good evening, excuse me master. I would like to stay here tonight.」
すると店主は少し驚いたような顔をした後、すぐに真顔に戻り、対応してくれた。
「Sure. You are one, right? Just a moment, please...」
英語での会話が通じたことを安堵し、意外にも隔離されていても言語の進化の仕方は変わらないことに驚いた。日本のように方言的なイントネーションやスペルなどの違いが発生していないことも面白く感じられた。
「There are 3 rooms which you can choose.
Two of them are same room design.
The other is little larger than the others.
Which room would you like to stay in?」
「I see... Can I please you larger one?」
「All right. It's 243 Arks.」
店主の問いかけに一瞬何を言っているのか分からず思考が凍結したが、無理やり溶かしてどうにか考え、それが宿料だと気づいた。
…自分たちはこの国の通貨を持っていない。
「Ummm...I don't have enough money. But I have much amount of rice. Could you let me stay here tonight by rice instead of money...?」
店主は少し目を細め、こちらの荷台を見る。
「What's the rice?」
質問を受け一瞬驚いたが、それはそうか、こちらの世界に来ている人たちの祖先はヨーロッパ人な訳で米を食べている人は少数だろうし、この世界には河川もないから育てるのも難しいだろう。そうなると"Rice"という単語は使われることもなくなるだろうから、伝わらなくても仕方ない。
「mmm...Rice is a kind of wheat. We have to cook with much water to eat it.」
「...Ok, I see... Could you cook it to me? I don't know how to cook.」
どうしようか。実際自分はちゃんと米を炊けるわけではない。これであまり美味しくないとでも言われたら…うん。とは言えそれ以外に方法も見当たらず、ものを試しにと米を炊くことにした。
「Sure. I will cook it. Could you lend me a kitchen?」
「Of course.」
キッチンを使う許可をもらったので、荷台から米袋と水を取り出し、半ば引きずるような態勢でキッチンに運びこむ。その間、玲唯は荷台に座ったままである。
米と水を運び終わり、ちょうど良さそうな大きさの鍋(おおよそポトフ鍋だろう)を取り出した。米を洗いたいので周りで蛇口を探すが見当たらず、目の前の調理台に目を戻すと、そこには蛇口らしきものがある。しかしそこにはシンクも排水口もない。試しに上のつまみをゆっくり回すと、水が出てきた。慌てて止めて、蛇口の下を拭こうと布巾をとりだし手をやるが、果たしてそこに水はなかった。
「…?」
再び水を出して観察すると、どうもそこに入った物体は異空間に飛ばされるらしい。とんでもなく危ないものが当たり前のようにあるのは恐ろしい。
鍋が異空間に飛ばされないようしっかりと持ちながら水をいれ、そこに米を投入する。軽くかき混ぜ、白く濁った水を捨てる。
再び米を揉むように洗い、水を入れ、象牙色をした泔を捨てる。
最後に米をすすぎ、持ってきた水を規定量(1合に対して200ml)入れる。
ここから本番である。弱火で火をかけながら、気長く待つ。「赤子泣いても蓋取るな」という言葉の通り、間違ってでも開けてしまうと食感が一気に変わってしまうのが難しいところである。
しばらく放置していると、鍋の蓋の隙間から水が少しだけ漏れてきた。すぐさまとろ火に変えてまた待つ。
気が遠くなるような時間が過ぎたあと、ようやくふつふつという音が収まってきた。
火を止め、また蒸らす。鍋で炊くお米は工程が多いのが玉に瑕である。
ようやく出来上がったお米を、小さめなプレートに盛り付ける。その横にピクルスもどきを置いて完成した。
「It's completed. Please taste it.」
テーブルの上にお皿を置き、フォークを置くと、主人はしばらくプレートの上に乗っている真っ白な米をまじまじと見つめ、おそるおそるフォークでお米を掬う。ゆっくりと口に入れると、少し怪訝そうな顔をする。しかし、それを噛んだ瞬間、一瞬にして顔が晴れた。
「How it is nice taste!」
驚いた様子でこちらを見た主人は、我を忘れたように米を食べ始める。
心の中でよかった…と安堵のため息をつき、玲唯に報告をしようとロビーに戻る。
しかし、ロビーには玲唯どころか荷台すらいない。隅々までくまなく探すが、どこにも見当たらない。
慌てて主人のところに戻り、荷台の行方を訊ねる。すると主人は、隣のカウンターの中に入れておきましたよ、とだけいって再び米を口に運び始めた。
ロビーのカウンターには何もなかったはずだが…と思いながらカウンターを覗く。やはり何もない。よくよく探してみるとカウンターの奥の壁の一部が扉になっているようだった。流石に勝手に開けるのは憚られたので、主人が食べ終わるのを待つことにする。
———しばらくして、マスターがお皿に乗っていたお米を食べ終わるや否や、荷台を一度出してくれないかと頼む。主人は驚いた顔をしていたが、やれやれと言った様子で荷台を出してくれた。しかし、そこに玲唯はいなかった。荷台の中から米袋を一袋出し、主人に渡す。再び荷台をしまってもらい、部屋に案内してもらうことになったが、玲唯がどこにいるのか分からずそわそわして仕方ない。主人の後について赤茶色のよく磨かれた石のような螺旋階段を登っていくとき、ふと上をみると階段は3階分しかないが、階段の質感のせいかとても高く感じられた。主人に自分の部屋番号を聞くと、203だ、とだけ言った。自分の部屋に案内され、鍵を渡される。鍵穴にゆっくりと鍵を差し込み、回すと、カチャリと心地のいい音がした。そのまま鍵を引き抜き、ドアを開けると、それはとても素晴らしい部屋だった。綺麗に調えられた家具と灯。小部屋にはトイレと洗面台、そしてお風呂があった。しかし、ここでふと不思議に思う。中世には入浴という習慣はまだあまり馴染みないはずだが、一体どうしてここにあるのだろうか。色々考察した結果、おおよそ爽やかさを感じられるのがそれぐらいしかないのだろうと考えた。この世界は限りなく広がる平原であり、特筆すべき地形はない。しかし平原といっても爽やかさは一切なく、むしろ沼地を歩いているような感覚である。そのモワッとした感じを払いたくなるのは自然なことである。そうなった時にリフレッシュで使うのがお風呂なのかもしれない。
そんなことをぶつぶつ言いながら部屋の中をぐるぐるしていると、ドアが叩かれた。
「…湊人…いる?」
玲唯の声である。
慌ててドアを開けようとするが、その時、急に嫌な予感がした。予感というには確信じみていた。ドアの覗き穴から外をおそるおそる見てみると、そこには女…というにはデカすぎる、ナメクジのような生命体がいた。おどろおどろしい見た目をした生物は、自分がまさか見られているとはつゆも思っていないらしく、まだ玲唯の声を真似ている。その時、ふと頭の中で何かが弾けた。この生命体への怒りである。自分にとってかけがえのない唯一無二な存在である玲唯を真似て、挙句の果てに自分を騙そうというのか。人のことをどれだけコケにすれば気が済むのか。何故生まれたかわからないその感情に身を任せ、右手に呪力を集める。次の瞬間、ドアを思いっきり引き開け、目の前にいるバケモノに右手を翳し、詠唱する。
「幻光封印!」
すると、右手の呪力の塊から数多の光がバケモノに向かって放出され、バケモノを完全に隔離した。そして、徐々に周りを埋め尽くしていく。中でバケモノが暴れているが何の問題もない。そのまま完全に埋め尽くし、瞬間、消失した。———しばらくそのまま立ち尽くしていると、周りからバケモノの声を聞いて起きてきた宿泊者がやってきた。主人も階段を上がってくる。しかし次の瞬間、おそろしいことが起きた。天井からバケモノが降ってきたのだ。バケモノは落ちた衝撃もなかったかのようなスピードで周りの人間たちに襲いかかる。たちまち、宿屋の中は阿鼻叫喚の嵐となった。みんな両手を前に合わせ、魔法を使うが出力が圧倒的に足りず、バケモノには傷一つ負わせられていない。ついにバケモノが宿屋の主人に食らいつく寸前、天井からいきなり光線が飛び出し、バケモノを捉えた。バケモノはあっという間に蒸発し、視界が真っ白になる。視界がようやく晴れ、3階からゆっくりと舞い降りてきたのは玲唯だった。
「…ゆ、玲唯?!」
しばらく固まっていた周りの人々は、瞬間、歓声をあげた。「That girl rescued us!!!」「She is the Messiah!!!」「Thank you very much!!!」とてんやわんやの大騒ぎで、ついには「Messiah!Messiah!Messiah!」のコールが始まった。玲唯はその中を足早に通り過ぎ、自分の元へやってくる。「…もう、どこにいったかと思ったら…」と膨れっ面で言われ、言い返そうとするがその膨れっ面の玲唯が可愛いのと再会できた喜びでそれどころではなく、何もいうことなく抱きしめた。しばらくして玲唯を見ると、玲唯もまたこちらを見上げている。ふっと玲唯が目を閉じる。
二人は歓声のなかで、静かに、キスをした。
楽しんでいただけたでしょうか?
ぜひ感想もお願いします!それではまた今度ー




