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9話 ノーフリーランチ

「鍵あいとるよー」


 そういう問題じゃなくて。

 ドアノブをにぎるが、そのまま動けなくなる。

 女子の部屋に入るなんて、不登校児にはハードルが高すぎる。ほんとうに入っていいんだろうか。時間かけすぎるのも意識しすぎだと思われてしまう。どうしよう。でもむこうが「入って」っていったわけだから。


 パニックのままドアをあけた。

 白夜は分厚い文庫本をもって、人間工学にもとずく機能的な椅子にすわっていた。色気のないスウェットと仮面。壁一面の本棚からマンガや小説が氾濫している。緊張はすぐに解けた。


 あ、でもちょっといい香りはした。

 床に散らばった本やゲーム機をみて落ちつかせる。


「……小説読むの意外ですね」


「え、遠まわしの悪口?」


「仮面つけたまま読めるんですか」


「読みづらいけどね。いつもはしとらんよ」


 キリは視線を落とす。


「なんで顔見せてくれないんですか」


 沈黙がおりた。居心地の悪い静寂が流れる。

 なっははは、と白夜が大げさに笑った。


「そりゃあ私が美少女すぎるからさ。いたいけな男子中学生を惚れさせちゃあ犯罪だもん。ああまったく、罪な女だぜ」


「……なに読んでたんですか。なんかめっちゃ分厚いけど」


「まあ600ページぐらいあるし」


「600ページ」


「古典SFね。今読みかえしてるとこ。私の最推し小説」


 表紙を見せられた。


「ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』」


「ラノベしか読んだことない人間には絶対読めないやつ」


「んーまあ、そうね。個人的には薦めたいけど」


 白夜は立ちあがって本棚の前にいき、薄い文庫本を何冊かもってきた。


「キミにはこいつらをおすすめしよう。社会派っぽい特殊設定ミステリと、リアルめな学園系の短編集と、不登校をテーマにした長編というより中編ぐらいの長さの小説」


 不登校をテーマにした。


「こいつらは重くないし、あっさり味だからおすすめ。小説読むことで自分を俯瞰できるようになったりもするし。まあそんなこと考えずに読んでもおもろいけど。どうかな。興味あったらぜひ」


「あ、じゃあ」


 三冊の文庫本をすべてうけとった。


「明日とか明後日とかに読んでみて。今日は話をきかせてもらおう」


「話」


「家族とかには話しづらいでしょ。ゲーム仲間、ひきこもり仲間として相談乗るぜ」


 白夜はベッドにすわってとなりをたたいた。

 キリは少し悩んでから、氾濫した本をどけて床にすわった。


「こっちこないの」


「ここがいいです」


 話すどころじゃなくなるので、とはいえない。


「でも、話すことなんかとくに思いつかないっていうか」


「んーじゃあ、なんで不登校になったの」


 直球がとんできた。


「……べつに、ただ、いきたくなくなって」


「なんで」


 キリは手元の小説の表紙を見つめる。


「……学校には、楽しいことなんてひとつもないから、そもそもいく意味がないっていうか」


「ふんふん、まあそう思うこと自体が悪いとは思わないよ。でも自分が不登校であることに自分自身が劣等感をもってる状態は健全といえないかもね。自宅警備員の仕事を楽しまなきゃ」


「それができたらこんな苦しんでない」


「友だちはいなかったの」


「ひとりも」


「ありゃま」


「全員クズだし、友だちになりたいとも思わないけど」


「ほんとに全員?」


「教職員もふくめて全員。みんなクズ。みんな」





 小学校の廊下。


「せんせー、宮田くんになぐられました」


 担任人形にキリが訴えると、宮田人形が連れてこられた。


「なぐったってほんとうですか」


「……ごめんなさい」


「謝る相手がちがうでしょ。ちゃんと謝りなさい」


「ごめんなさい」


 宮田という名の糸人形が頭をさげる。

 担任人形の視線がキリを刺していた。


「ほら、宮田くん謝ってるよ。氷水くん、ゆるしてあげられるよね」


 数日後の教室で、キリは足をひっかけられて倒れた。

 宮田人形の笑い声がきこえた。

 同じクラスの人形たちは無機質に動いていた。その目にキリは映らなかった。





「みんな死ねばいい。死んだほうが世界のためになる。あいつらと同じ空気を吸いたくない。早く死んで世界を綺麗にしてほしい」


「味方はひとりもいなかったの」


「いるわけない」


「学校以外にも?」





 コンコン、と母がノックした。


「キリ、今日も学校いかないつもり」


 ダンダン、ダンダンダン、と太陽がドアをたたいた。


「おーい聞いてんのか、キリ兄」


 ゴッゴッ、と祖母が掃除機を打ちつけた。


「キリくーん、掃除していいですかぁ」


 キリの朝食中に祖父が帰ってきた。


「甘えたことばっかいっとっちゃかんよ。じいちゃんが子どものころはな」


 男性が車にのっていた。その顔にはもやがかかって思いだせない。


「もう会えないんだ。ごめんな、パパのせいで」





「いない」


 味方なんて、だれひとり。

 その言葉は口にはださなかった。声にしたら涙もあふれそうだったから。


「……そっか。まあ、アドバイスできるほどえらくないけど、ノーフリーランチ、って言葉だけ教えておこうかな」


「なんですか、それ」


「無料の飯はない、って意味」


 白夜は『月は無慈悲な夜の女王』をかかげた。


「これのテーマね」


 キリは眉をひそめる。


「養ってもらってるんだから親に感謝しろってことですか。だったら産まなきゃよかったじゃん。勝手に産んだ罪の対価をはらうのは親の義務であって、それを感謝する理由は子どもにない」


「その考えを否定はしないよ。私は私の好きな言葉を伝えただけ。それをどう解釈するかはキミしだいさ。頭の片隅ぐらいに置いといてくれたらうれしい」


 キリは黙りこむ。

 白夜は目をつむった。


(変な空気にしてしまった。社会不適合者のひきこもり女がお姉さん風吹かせたがるからこうなるんだ。どうすれば機嫌直してもらえるかなぁ……あっ)


 ふと白夜の頭にひらめきがわいた。


「ね、ねえ、ミセリアくん、フルダイブって体験したことある」


「え」


「うちにフルダイブ装置あるんだけど、明日“パンドラ”で遊んでみたり」


「え、えっ、フルダイブって、全感覚没入(フルダイブ)ですか」


「う、うんうん、そーそー」


「めっちゃやりたい」


 キリの瞳に光がもどった。

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