8話 フレンドたちとゲーム
白夜の家のダイニングキッチン。
キリはいつもの三人とゲーム中だった。
画面には猫耳紳士キャラ、魔法少女キャラ、全身がもふもふな雲のようなマスコットキャラ、高身長金髪イケメンキャラという統一感のない四人組が映っている。
猫耳紳士の名はあずきねこ。
魔法少女の名はユーラシマ将軍。
もふもふの名はモクモクレン。
金髪イケメンの名はミセリア。
三人の会話が頭をすべる。キリは風呂に入る白夜のすがたを想像し、打ち消すようにこめかみをたたいて首をふる。集中集中。
《ミセリア起きてるかぁ》
ヘッドフォンからあずきの声がした。
「お、おお。起きてる起きてる」
《どした、なんかぼーっとしてんな》
「や、べつに。ちょっとな」
次いでユーラシマの声。
《“パンドラ”で死んだら初期化すんだぞ》
「わかってるって」
《さっきから思ってたけど、ミセリアくん、いつもと音ちがう? 家にいない感じ?》
モクモクレンにいいあてられた。
「あーちょっと友だちの家にいて」
《彼女じゃなくて》
あずきの冗談めかした語調。
「や、彼女ではない」
《そのいいかた》
ユーラシマが目ざとくキリの言葉をつかんだ。
《まさか相手は女か》
《女の家にお泊りだと》
あずきのさけび声に鼓膜を刺された。
「や、全然そんなんじゃないって」
《いやいやいやいやいや、そんなん以外のなんでもねえだろ》
《なんとも思ってない異性を家にあげて、泊まらせるわけないっすよね、モクさん》
《まあ、そうね。人によるけど。ほかに人はいるの》
「いませんけど」
《家族とかは》
「い、いませんけど。ひとり暮らしだと思うし」
《ちょいちょいマジか》
《確定やん》
《ゲームやってる場合じゃねえな》
「いっとくけど相手は同級生じゃないからな」
《え、じゃあどういう関係》
《ふつうにゲーム友だち。年齢差あるし、マジでそういうんじゃない。近くに住んでるってわかって、ちょっと家の事情もあって、泊めさせてもらってるっていうか》
《あーそういうね》
《何歳差なの》
「……5歳」
《5歳差》
《てことは、19歳》
《女子大生だと》
「大学はいってないっぽいけど」
《全っ然、許容範囲じゃねえか。年齢差あるっていうから三十歳ぐらいかと思ったわ》
《さすがに倍以上なら対象外なのわかるが、5歳差て》
《こりゃ本格的に問いつめにゃなりませんなあ》
「べつになんもないって。会ったばっかだし」
《わかんねえよぉ》
《女子大生だしな》
《それ》
「おまえら女子大生をなんだと思ってんだ」
キリはため息をついた。
「や、マジでそういうんじゃないんだよ。純粋にゲーム楽しむ友だちだから、変にそういうのもちこみたくないっていうか」
《あずきくん、ユラシマくん、プライベートにふみこみすぎるのはマナー違反じゃない》
《あーそっすね。ミセリア、めんごめんご。ちょっと調子のりすぎたわ》
《反省しやす》
「あはは、いいってべつに」
《よし、じゃあ続きやろう》
リビングのドアがひらいた。キリはそちらに目をやる。
(風呂あがりなら仮面をとって)
スウェットすがたの仮面女がそこにはいた。
(ないのかよ)
ゲーム中なのを気遣ってか、声をださずこちらにピースし、台所でコップにお茶をそそぐ。飲むときは仮面をはずしたが、死角にいってしまって素顔はうかがえない。飲み終えたときにはもう仮面をしていた。
家なのに徹底してんな、とキリは思った。
スマホに三件の通知がきた。ぜんぶ白夜からだった。
『部屋で小説読んでる』
『好きなとき風呂入って』
『使い方わからんかったら呼んでちょ』
白夜はピースして出ていった。
――べつになんもないって。会ったばっかだし。
――純粋にゲーム楽しむ友だちだから。
身内で心と頭が討論をはじめた。
(そんな気持ちがほんとうにまったくないのか)
心くんの問いに頭くんが応じる。
(んなわきゃない。このシチュエーションになんも思わないわけがない。でもべつにあわよくばつきあいたいとかは思ってない)
(ほんとうに)
(……といえばうそになるのは正直まあそうなんだけど、これは彼女が好きなんじゃなくて思春期の性欲でしかない。こんな気持ち悪い不登校児をだれも好きになるわけないし。あくまで仮定として、もしなにか奇跡が起こり、彼女とつきあえたとしても、デートをどうすればいいかさっぱりだし、なにからなにまで彼女のエスコート待ちになる。恋人になってもすぐに愛想をつかれるだろう。今はゲーム友だちとしての関係を大切にしたい。この気持ちはうそじゃない)
心くんが妖怪あわよく婆に化けた。しっしっと追いはらう。
《みんな死ぬなよ》
モクモクレンの声。ゲーム画面では四人のアバターの前に百頭竜ラードーンが立ちはだかっていた。キリはそちらに意識をかたむける。
死んだら初期化だぞ。集中しろ。
アトラス山の頂にひろがる果樹園。
魔法攻撃をくらって百頭竜が斃れた。
「しゃあああ」
《うぉおおお》
ヘッドフォンから三人の雄叫びも聴こえた。
「やっと百頭竜斃したぁ」
あずきねこが山頂の果樹園から黄金のりんごを採った。
《うっしゃ採れたぜええ》
「やっっと終わったあぁ」
《おつかれぇ》
「ほんと疲れたわ。逢魔時の妖精に迷わされたせいでこんな時間かかるとは」
《それな》
《コントローラぶん投げそうだったけどよかったぁ》
「しかもヘスペリデスの園に黄金のりんごはないっていう」
《ほんまそれ》
《黄金のりんごはヘスペリデスの園にあります、とか嘘こきやがってあのクソ王。アトラス山に移動させられてたじゃねえか。最新情報仕入れとけよ、王さまのくせに》
《じゃあ今日はそのりんご、エウリュステウス王にわたしたら落ちますか》
「うわ、もうこんな時間か」
《どうりで静かになったと》
《中学生は寝る時間だぞー》
《うげえ。急げ急げっ。マザーくる前にクエストクリアしときたい》
《百頭竜よりこわいあずきママン》
四人の前でエウリュステウス王が両手をひろげた。
「この種を植えれば、飢えるわが国民を救える。心より感謝を」
フリークエスト【逢魔時の娘たち】クリア。
キリはドアをノックした。
「風呂出ましたけど」
部屋のなかから白夜が応じた。
「んー入ってー」
ドアの前でキリは硬まった。