7話 夜と霧
「今日からおじゃまします」
「うむ、実家のようにくつろぐがよい」
実家でくつろいだ経験はなかった。
リビングにくる。キリは目をみはった。
「うわ、片づいてる」
「さすがにね、業者に頼んでね、なるべく使いたくないんだけど……てかそのリアクションひどくね。まるでゴミ屋敷見たみたいじゃん」
「並大抵のゴミ屋敷より、あれがこうなるほうがショックは大きいですよ」
「えぇえ」
んしょ、と荷物をおろす。
「そいや、なんで一週間なんですか」
「んー? あーそりゃ、満月に近づくからね」
「満月」
「満月の日に私といっしょは危険だもん。その前後も安全じゃない」
「どういうことですか」
「満月の下だと認識阻害がなくなるんだよ」
「え」
「だから敵対組織から命をねらわれがち」
「あ、え、いの……だいじょうぶなんですか」
「ノープロブレム。満月の下では、私めっちゃ強いから」
キリは床に視線を落とす。それを白夜が見つめる。
「こわかったら帰っていいからね。私は強いからだいじょうぶだけど、いっしょにいたらキミは危険かもしれない。キミの家族にも危険がおよぶかもしれんし」
キリは顔をあげた。目はあわせられない。
「や、だいじょうぶです。一週間泊まります。シュタブレさん……如月さんのこと、わすれたくないし」
せめてここに、自分の席がほしい。
白夜は天井をあおぎ、うんうんとうなずいた。
「ま、一週間は安全だからね」
「あーでもどうしよ、一週間以内に記憶喪失の対処法が見つからなかったら」
「満月から数日経ったら家にいくよ。居留守使われないように親御さんがいる時間にね。ゲーム友だちっていったらいれてくれるでしょ」
「女の人っていってないけど」
「認識阻害が発動するから、性別も仮面も気にかかんないよ。私という存在をわすれても、親御さんにはゲーム友だちっていう概念存在が記憶されてる。ゲーム友だちっていえば、そうなんですねどうぞ、ってなるわけ」
「犯罪臭すごい」
「うそじゃないから騙したことにゃならんし。犯罪に使ったこともないし」
「んーじゃあ。ひとまず安心かな」
不安があるとすれば、満月のあと会いにきてくれなかったら。もう二度と思いだせないかもしれない。満月の日には思いだせても危険っていうし。彼女にとって自分はどんな存在なんだろう。それをきく勇気はないけど。
「満月の日には私のこと思いだすけど、マジで危険だから絶対きちゃだめだからね」
「あ、はい」
「んじゃ私は風呂入ってきます」
★
夜道。
スーツすがたの中年男性がスマホを見ていた。トーク画面が表示されている。
サキ『まだぁ〜?』
自分『ごめんごめん』『今駅出たとこ勝負』
サキ『出たとこ勝負笑』
待ってま〜す、のスタンプと、幼い息子と妻のツーショット写真が送られてきた。
男性はスマホをしまって歩きだす。
(遅くなっちゃったな。今日は妻の誕生日なのに)
男性の手にはケーキ箱があった。
(ふたりのよろこぶ顔が早く見たい)
男性は笑みをこぼす。
(明日は休み。めいっぱい遊んでやらんとな)
その首が落ちた。白い梱包箱が赤く染まった。
★
月のない深夜。走行中の車にふたりの男がのっていた。
運転席の男は三十代ぐらい。鳥みたいな髪型をしている。
助手席の男は二十代ぐらい。顔に傷があり、眼力がするどく、白夜の指輪と同じような宝石のついた指輪をはめている。その背後には平面二頭身の三頭犬がすわっていた。
カーナビが無線通信を傍受する。
《……中年男性の首なし遺体。鋭利な鎌のようなもので斬られたように綺麗な切断面で……》
助手席の男がつぶやく。
「死神か」
「連続殺人事件として合同捜査がんばってるみたいだけど、警察じゃ手に負えないよねぇ」
運転席の男はカップホルダーにささっていたバナナをとってかじった。
「こりゃおれらの案件だ」
★
同刻。ビルの屋上に、血のしたたる大鎌を背負う人影があった。
街明かりの逆光とマントが体格を隠す。白夜の指輪と同じような指輪の宝石が妖しくきらめく。となりには胴体から四本の鎌を生やした平面二頭身のサソリがいた。
「“死霊の刻印”」
人影がそう唱えたとたん、大鎌からしたたる血が重力にさからった。それらは中空で集まり、体積を大きくしていき、おぞましい怨霊のすがたになった。
『サァアアキィイイ、タンジョオオォメェェエ』
慟哭のようなさけび声がひびく。しかしそれは街を歩く人々にはきこえていない。
鎌をもつ人影の背後には多くの怨霊がうかび、慟哭のような不協和音が歌われていた。
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