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5話 曇り空の隙間

 キリはアニメを観ながらパンを食んでいた。

 食べ終わったころ、午前10時をすぎていた。

 マスク、ぼうし、長ズボン、半袖に薄い上着をはおる。いつもの装備で外出した。


 書店の新刊コーナーをみて、目当ての本をレジにもっていった。


「ポイントカードはお持ちですか」


「あ、えーあ、ないです」


「おつくりできますが、おつくりしますか」


「あーだいじょうぶです」


「レジ袋はおつけしますか」


「あーいいです。いらないです」


「お支払い方法はいかがなさいますか」


「あーペンペイで」


 ペンペイ♪と鳴った瞬間に音量下げボタンを長押し。これなんで音消せないんだ。


 本をマイバッグに入れた。


「ありがとうございましたぁ」



 帰り道。ぐるぐる考えがめぐっていた。


 一度も目をあわせられなかった。感じ悪かったかな。「あー」とか「えー」とかめっちゃいった気がするし、こいつ陰キャコミュ障だなあ、とか思われてたら……考えるな考えるな。こんな時間に中学生?不登校?とか思われたかな。でも夕方に出歩いて同級生に遭遇するリスクより知らない人に不審がられるほうが……だから考えるなって。


 猫背を自覚し、電線を見あげた。


 歩きかたが変じゃないか気になる。いつもどうやって歩いていたのか思いだせない。気にするな気にするな。気にしたら負けだ。昨日の自分がわすれず買っててくれていれば今日こんな思いせずにすんだのに。なにしてたんだ、昨日のおまえは。


 雲の隙間からあわく陽光がさした。


 そういえば、アラームのラベルになにか書いてあった。たしか、日中の月を見ろ、とかだったような。意味がわからないけど。日中でも月って見えるんだっけ。雲多いけど見えるのかな。

 早朝よりは少ない。雲の隙間を見まわした。


「あ」


 うっすら三日月が見えた。





「って感じで、月見た瞬間に昨日のこと思いだして」


 大きな液晶テレビにゲーム画面が映されていた。

 そちらをキリが使い、白夜はパソコンをひらく。


「なるほどねぇ」


 リビングの惨状は昨日と同じ。さっき届いた朝食の容れ物もゴミ山に仲間入りを果たしていた。


「で、なんなんですか。ほんとに記憶わすれてたんですけど」


 シュタインブレイドから招待される。そのプライベートルームに入る。


「シュタインブレイドさん……如月白夜さん、でいいんですよね」


「んーいいよ」


「白夜さんは」


 いきなりの名前呼びに白夜は動揺を隠した。


「昨日妖怪とかいってましたけど、ほんとに人間じゃないんですか」


「んーさあ、どうなんかねぇ」


 画面上で影の忍者と金髪イケメンが闘う。


「人間ともいえるし、そうじゃないともいえるし」


「どっちですか」


「どっちかといやぁ、人間かなぁ、私の認識的には。ほかの人間からすれば妖怪だろうねぇ」


「のっぺらぼうだから仮面かぶってるとか」


「パーツはあるわ。てかパーツなかったら呼吸も食事もできずに死ぬわ」


「そうだけど。記憶操作?の体質?は物理法則無視してるじゃないですか」


「物理法則は無視してないと思う。くわしい原理は知らんけど」


「知らんけど?」


「人間の脳機能だってぜんぶわかってないでしょ」


 金髪アバターがボコボコにされた。


「……話しながらなら勝てると思ったのに」


「私いつも実況してるもん」


「あ」


 ラウンド2がはじまった。


「どうすれば明日以降もわすれずにいられるか、とかもわかんないんですか」


「多少はわかってるけど。この認識阻害は話しかければ幽霊からモブキャラになるとか」


「モブキャラ」


「こっちからなにもしなきゃ幽霊。アクションすりゃ人間としては認識されるってこと。だから買い物もできる。あと仮面つけても変に思われない」


「あー」


 昨日の初遭遇が思い起こされた。


「理論上ならいくつか対応はある」


「いくつか」


「日中の月を見れば思いだすわけだから、私がモブキャラとしてキミに毎日、月を見上げてごらん、っていいにいくとか」


「んーでも外でないし」


「家に押しかければいいじゃん」


「インターホン鳴っても居留守使うから」


「ゲームだけじゃなくラインもつなげて、そこからメッセージ送ればどう」


「交換したのおぼえてないだろうから、あやしいと思ってスルーすると思います。あと今日はまだよかったけど、曇りと雨の日はそもそも月見えないし」


「それはどうにもできんねぇ。あーでも決定的な矛盾があれば気づけるかも。小さい矛盾は、まあいっか、で処理されるけどさ」


「決定的な矛盾とは」


「さあ。敵対組織も矛盾させようとして失敗してるわけだしねぇ」


「だめじゃないですか。なんかいい方法ないのかな。今日空を見あげたのも、マンガ買いに外でたのと、アラームのラベルを思いだすっていう偶然が重なっただけだし」


「んーじゃあ、泊まってくか」


 キリの手がとまり、金髪アバターがやられた。


「はい?」


「あ、や、じっさいにやるかはべつとしてね。理論として、理論としてね。倫理的にアウトすれすれなのはわかってるよ。でもたとえばさ、ゲーム友だちの家でお泊まり会する、とかいえば家族へのいいわけにはなるでしょ。で、私のことはわすれても、親御さんに電話すれば、ゲーム友だちの家に泊まってるって現状はわかる。で、それをおぼえてないのが決定的な矛盾になって思いだす。という可能性はあるよね、可能性は」


「……たしかに、それなら思いだせそう」


「ただ、男子中学生を家に泊めるのは犯罪臭やばいっていうか」


「ぼくは全然いいですけど。親にも性別は黙ってればいいし。あ、てか、白夜さんって何歳なんですか」


「何歳? んー、19?」


「なぜに疑問形」


「やーずっとひとりだから誕生日とかわすれちゃって。たしか6月2日だったはず。今年で19になったと予想されます」


「なるほど」


「ミセリアくんは」


「あーほんとの誕生日は知りませんけど、5月15日で14ってことになってます」


「ほんとの誕生日は知らない?」


「棄てられた養子なので」


 気まずい沈黙がおりる。


「……そうなんだ。じゃ中二だね」


「長くは泊まれないですよね」


「え、ちょ、マジで泊まる気」


「ほかに方法がなければそうしたいですけど」


 表情は仮面の裏だが、腕を組んで思案しているのはわかった。


「……親御さんの許可はとってね」


「それはもちろん」


「一週間までは泊まっていいよ」


「え、一週間も」


「あ、や、ごめん、無理にとかじゃなく」


「あ、でも、宿泊中にわすれない対策を考えないとだからそれぐらいのほうが」


「ん、まあ、そこも親御さんと相談して」


 親と相談。会話。

 呼吸が乱れる。胸を押さえる。

 今回は、逃げられないか。

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