4話 早すぎる出前
通知表はBがほとんどだった。
たまにCがあり、Aはひとつもなかった。
教員人形が口をパクパクしていた。
――おまえもがんばれ。太陽を見習って。
茶髪黒眼の四年生がサッカーボールをゴールに決めた。グラウンドが盛りあがった。太陽、太陽、と小学生人形たちが彼の名前をさけんでいた。
――太陽と比べなくてもいいから。
茶髪黒眼の母人形はそういった。キリはうつむいたままだった。
――キリもやればできるって信じてる。
窓ガラスには白い髪と紫色の瞳が映っていた。
そらした視線の先には、男子高校生の笑ってピースした遺影写真がかざられていた。
両親は若くして陽太を産んだ。
陽太は高校一年のときに死んだ。
しばらく子どもができなかった両親は棄児を見つけ、養子縁組した赤子に桐と名づけた。
翌年、太陽が生まれた。
★
「おーい?」
コンコン、と太陽がドアをたたく。
キリは息をひそめる。
寝たふりをしようと考え、アラーム止めていることに気づいた。
ならば二度寝のふりをする。
ノックがやんだ。鼓動がバクバク鳴る。
「いつでも相談のるからな。待ってるから」
足音が遠ざかっていった。
ため息がもれる。まだ鼓動はおさまらない。
「……おまえにはわかんねえよ」
二度寝する気分にもなれない。目がさえてしまった。
リビングから話し声や物音がする。朝ごはんも食べにいけない。たまに笑い声もきこえる。自分を笑ってるんじゃないか、と妄想がふくらんでしまう。
「ほんじゃ行ってくるわ」
「はーい」
祖父がドアをあけ、祖母が応えたようだ。
「はるちゃん鍵かっといて」
祖母が母にいった。母の声が少しするどくなる。
「太陽もわたしもすぐ出るから、いちいち鍵閉めなくてもいいんだって」
ドアの閉まる音がした。
キリは首をふる。妄想をふりはらうように。
気分転換しなければ。オフラインでゲームしよう。
パソコンをひらく。知らないフレンドからゲーム内メッセージがきていた。
PCもか。
相手をブロックし、電源を落とす。
スマホでググる。ウイルス感染の警告はない。バグだろうか。ウイルスじゃなきゃいいけど。
「てきまー」
「てらしゃー」
太陽と母の会話。玄関ドアが閉まった。
スマホに通知がきた。『シュタインブレイドのひきこもりゲーム実況』のチャンネル更新だった。
「お、やった」
動画を流す。楽しげな実況と巧みな技術に魅入っていると時間をわすれられる。
「いってきまー」
母が玄関ドアを閉め、鍵をかけた。
気づけば時刻表示は8時半をすぎていた。
キリは大きく息を吐き、ベッドに大の字になる。実況を流したまま寝転がる。
深爪の痛みで爪噛みを自覚した。首まわりに落ちた爪がチクチクする。えりをパタパタしてはらい落とす。めくれた皮から血がにじんでいた。絆創膏をとりだし、指先に巻くように貼った。
動画を観たあとは、書店の開店時間までゲームした。
窓の外には曇り空がひろがっていた。
★
白夜は鼻歌を歌いながら、動画の編集作業をしていた。
編集といっても長尺動画を分割するだけ。何本かの動画にわける。明日からの予約投稿を設定。ストックは朝の投稿で尽きた。
ベッドの上に文庫本が置いてある。しおりをはさんだページをひらいた。
読み進められない。目がすべって集中できない。
文庫本を閉じ、ベッドにもどす。白夜は床に寝そべる。
「……忍三郎」
『忍』
機械的な声がした。あらわれたのは忍者の装いをした二頭身のカメレオンだった。どの角度からも二次元平面に見え、立体物とは画風が異なる。なにも知らない人が見たら、自分の眼がおかしくなったと思うだろう。
「昨日、この家に人がきたよね」
『忍』
「はじめてのことでさ、つい名前を教えちゃったんだ。期待しちゃった」
時計は10時半をすぎていた。
「……まあ、でも、これでよかったのかもね。こっちの事情に巻きこまなくてよかった。直接関わってもろくなことにならないし。昨日のことは夢みたいなもの。わすれるのがあの子のため。あーよかった、わすれてくれて」
胸の痛みには気づかないふりをする。
この痛みはお腹がすいているせいだ、ということにした。
「はらへったぁ。なんか朝食べなきゃ」
ワッサン焼くのもだるい。起きあがる気力もわかない。呼吸音だけがする。
スマホからチェーン店の弁当を注文した。
ピンポーン、と鳴った。
「いや早すぎくね」
今注文したばっかなんだが。いつのまにか意識とんできたのかな。
のそのそと起きあがり、インターホン室内機のもとへふらふら歩く。
「んっんん」
対人用のどを準備体操し、応答ボタンを押した。
「はい」
準備運動が足りず、声はかすれてしまった。
《あ、シュタインブレイドさん》
室内機の画面には少年が映っていた。
ぼうしをとり、銀色の髪があらわになった。
エントランスのオートロック自動ドアの前で、紫色の瞳が防犯カメラを見あげていた。
《ミセリアです。あ、氷水桐、です》
あわてて仮面棚から道化師をえらび、玄関をあけた。
「あっ、と」
彼は視線をそらしてから、道化師の仮面を見すえた。
「き、昨日ぶり、です」
「なんで」