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4話 早すぎる出前

 通知表はBがほとんどだった。

 たまにCがあり、Aはひとつもなかった。

 教員人形が口をパクパクしていた。


 ――おまえもがんばれ。太陽を見習って。


 茶髪黒眼の四年生がサッカーボールをゴールに決めた。グラウンドが盛りあがった。太陽、太陽、と小学生人形たちが彼の名前をさけんでいた。



 ――太陽と比べなくてもいいから。


 茶髪黒眼の母人形はそういった。キリはうつむいたままだった。


 ――キリもやればできるって信じてる。


 窓ガラスには白い髪と紫色の瞳が映っていた。

 そらした視線の先には、男子高校生の笑ってピースした遺影写真がかざられていた。



 両親は若くして陽太を産んだ。

 陽太は高校一年のときに死んだ。


 しばらく子どもができなかった両親は棄児を見つけ、養子縁組した赤子に桐と名づけた。


 翌年、太陽が生まれた。





「おーい?」


 コンコン、と太陽がドアをたたく。

 キリは息をひそめる。

 寝たふりをしようと考え、アラーム止めていることに気づいた。

 ならば二度寝のふりをする。

 ノックがやんだ。鼓動がバクバク鳴る。


「いつでも相談のるからな。待ってるから」


 足音が遠ざかっていった。

 ため息がもれる。まだ鼓動はおさまらない。


「……おまえにはわかんねえよ」


 二度寝する気分にもなれない。目がさえてしまった。

 リビングから話し声や物音がする。朝ごはんも食べにいけない。たまに笑い声もきこえる。自分を笑ってるんじゃないか、と妄想がふくらんでしまう。


「ほんじゃ行ってくるわ」


「はーい」


 祖父がドアをあけ、祖母が応えたようだ。


「はるちゃん鍵かっといて」


 祖母が母にいった。母の声が少しするどくなる。


「太陽もわたしもすぐ出るから、いちいち鍵閉めなくてもいいんだって」


 ドアの閉まる音がした。

 キリは首をふる。妄想をふりはらうように。

 気分転換しなければ。オフラインでゲームしよう。

 パソコンをひらく。知らないフレンドからゲーム内メッセージがきていた。

 PC(こっち)もか。

 相手をブロックし、電源を落とす。

 スマホでググる。ウイルス感染の警告はない。バグだろうか。ウイルスじゃなきゃいいけど。


「てきまー」


「てらしゃー」


 太陽と母の会話。玄関ドアが閉まった。

 スマホに通知がきた。『シュタインブレイドのひきこもりゲーム実況』のチャンネル更新だった。


「お、やった」


 動画を流す。楽しげな実況と巧みな技術に魅入っていると時間をわすれられる。


「いってきまー」


 母が玄関ドアを閉め、鍵をかけた。

 気づけば時刻表示は8時半をすぎていた。


 キリは大きく息を吐き、ベッドに大の字になる。実況を流したまま寝転がる。

 深爪の痛みで爪噛みを自覚した。首まわりに落ちた爪がチクチクする。えりをパタパタしてはらい落とす。めくれた皮から血がにじんでいた。絆創膏をとりだし、指先に巻くように貼った。


 動画を観たあとは、書店の開店時間までゲームした。

 窓の外には曇り空がひろがっていた。





 白夜は鼻歌を歌いながら、動画の編集作業をしていた。

 編集といっても長尺動画を分割するだけ。何本かの動画にわける。明日からの予約投稿を設定。ストックは朝の投稿で尽きた。


 ベッドの上に文庫本が置いてある。しおりをはさんだページをひらいた。

 読み進められない。目がすべって集中できない。

 文庫本を閉じ、ベッドにもどす。白夜は床に寝そべる。


「……忍三郎」


『忍』


 機械的な声がした。あらわれたのは忍者の装いをした二頭身のカメレオンだった。どの角度からも二次元平面に見え、立体物とは画風が異なる。なにも知らない人が見たら、自分の眼がおかしくなったと思うだろう。


「昨日、この家に人がきたよね」


『忍』


「はじめてのことでさ、つい名前を教えちゃったんだ。期待しちゃった」


 時計は10時半をすぎていた。


「……まあ、でも、これでよかったのかもね。こっちの事情に巻きこまなくてよかった。直接関わってもろくなことにならないし。昨日のことは夢みたいなもの。わすれるのがあの子のため。あーよかった、わすれてくれて」


 胸の痛みには気づかないふりをする。

 この痛みはお腹がすいているせいだ、ということにした。


「はらへったぁ。なんか朝食べなきゃ」


 ワッサン焼くのもだるい。起きあがる気力もわかない。呼吸音だけがする。


 スマホからチェーン店の弁当を注文した。

 ピンポーン、と鳴った。


「いや早すぎくね」


 今注文したばっかなんだが。いつのまにか意識とんできたのかな。

 のそのそと起きあがり、インターホン室内機のもとへふらふら歩く。


「んっんん」


 対人用のどを準備体操し、応答ボタンを押した。


「はい」


 準備運動が足りず、声はかすれてしまった。


《あ、シュタインブレイドさん》


 室内機の画面には少年が映っていた。

 ぼうしをとり、銀色の髪があらわになった。

 エントランスのオートロック自動ドアの前で、紫色の瞳が防犯カメラを見あげていた。


《ミセリアです。あ、氷水桐、です》


 あわてて仮面棚から道化師をえらび、玄関をあけた。


「あっ、と」


 彼は視線をそらしてから、道化師の仮面を見すえた。


「き、昨日ぶり、です」


「なんで」

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