39話 キリと白夜
翌日。テレビやネットは連続首切り殺人鬼『死神』の自殺報道でにぎわっていた。
キリも白夜の家でそれを観る。正面には仮面姿の白夜がいた。
「自殺だって」
キリがつぶやいた。重たい声。
白夜も口をひらいた。
「超能力者同士の戦いで死にました、なんてだれも信じないからね」
「警察は知ってるんですか」
「知らないと思う、けど、HS機関と警察内部のどこかはつながってるかも」
「かも?」
「私は知らないもん。ひきこもりだし」
重たい沈黙。
キリがきりだした。
「殺さないこともできた」
視線をあわせず、白夜が応える。
「理論上は可能だった。でも、私の次元力も限界だった。拘束する力はなかった。逃げられるリスクより殺すデメリットをえらんだ。あのときの私にとってはそれが最善だった」
白夜はキリを見すえる。
「まちがったことをしたつもりはないよ。あいつは死んだほうが世界のためになる」
キリは視線をあわせない。
「……まちがってるかどうかは、わからないけど」
こぶしをにぎりしめる。
「でも、正しくはなかったと思う」
おびただしい怨霊の慟哭。人の死体。山崎章央の死。
「死んだほうがいいとか、生まれてこなかったほうがいいとか……相手がだれだとしても、連続殺人鬼が相手でも……そんなこというのは、正しくないと思う」
血の香りが脳裏に渦巻く。胸を押さえる。
「ゆるされる殺人。ゆるされない殺人。それを分けるのは」
顔をあげる。
「絶対正しくない」
視線がぶつかる。白夜は眉をひそめた。
「じゃあ、なにが正しかったの」
「それは、わかんないけど」
キリは視線を落とす。白夜は肘杖をつく。
「正しさなんてないよ」
その言葉に対する反論を言語化できない。
でも、なにか、あるような気が、するんだけど。
沈黙のなか、ニュースは爆破テロの容疑者が生配信した件に移った。
秀水美烏という名前が語られ、白夜の脳裏に昨日のことがよぎる。逃げる美烏に月剣を投げつけようとしたが、躊躇したすきに見えなくなり、神依も解けてしまった。伊藤太郎がそれを追い、白夜も生身で追いかけ、残された人形を見たとき、こう思った。
あのとき躊躇しなければ、殺せていたのに。
テレビ画面がぷつりと消える。暗くなった画面に仮面姿の白夜が映っていた。そんな自分を見つめ、白夜はつぶやいた。
「こわい?」
キリは白夜を見やる。白夜はテレビに映った自分と目をあわせていた。
「人殺しの私が」
テレビに映る自分が、両親が生きていたころの幼い自分に見えた。幼い自分が、今の自分におびえた眼差しを向けているように感じる。
白夜はリモコンを置いて、そのままテーブルの上に視線を落とす。
キリは窓を見あげた。雲が多めの天気。雲の隙間から青空も見える。
「昨日」
窓の外を見つめたままいった。
「人を殺そうと思ってた」
白夜が顔をあげる。キリは続ける。
「まずは小学校の同級生ども。次に教職員ども」
小学校のときの記憶がよみがえる。
白夜もキリの視線を追って窓の外を見やる。
「……なやんでるな、とは、思ってたけど」
キリは微笑した。
「でも、やめました」
白夜は黙する。キリは続けた。
「弟と仲直りしたんです」
思わぬ言葉で、白夜はキリを見る。
雲から太陽が少し顔をだす。淡い光が部屋を明るくしはじめる。
「みんな敵だと思ってました。世界のすべてに虐げられてる感覚だった。友だちはいないし、大人も家族も、だれもぼくの苦しみをわかってくれない。無理解で共感能力のないクズばっかり。そうやって」
昨日太陽と話した時間が思い起こされる。
「でも、ぼくのほうも無理解だった。太陽がなにを考えてるのか知らなかった。知ろうともしなかった。本音で話すことから逃げてただけだった。太陽を敵にしてたのは、ぼくの勝手な劣等感だった」
目をつむる。
「味方は近くにいた。気づいてなかっただけで」
こぶしをにぎる。
「小学校の同級生とか教職員とか、そいつらをゆるせたわけじゃない。今も殺したいって気持ちは変わらない。でも」
白夜を見すえる。
「殺さない。復讐してもたぶん気持ちは晴れないし、今ある大切なものまで失っちゃうかもしれないし。大切なものなんてないと思ってたけど、他人を理解しようとすれば、どこかに絶対味方はいると思うから」
白夜はテレビの暗い画面を見つめる。
「こわくはないです」
キリがいった。
なんのことか一瞬わからなかった白夜だが、自分の問いに対する解答だと気づいた。まるでかつての自分自身がそういってくれたかのように錯覚してしまう。
「でも、できれば、だれも殺してほしくない」
白夜はキリを見やる。視線がぶつかる。キリは無意識に目をそらす。
外がだんだん明るくなってくる。
テーブルを見つめるキリを見つめる。
雲に隠れていた太陽が全身をあらわす。薄かった影も濃くなっていく。
白夜は口もとをほころばせる。仮面に手をかけ、それをテーブルの上に置く。
コトン。
その音にキリは顔をあげた。
白夜の顔を正面から見つめた。
青みがかった黒髪が、太陽の光に照らされていた。
白夜は顔をそらした。
「ずっとこのままは、いやだなって」
頬をほんのり赤らめる。
「キリくん相手に慣らすのも、いいかなって」
キリは見惚れていたが、白夜が話してくれた過去を思いだし、感情を抑えた。
「友だちレベル、あがりましたか」
白夜はキリを見やり、美しい笑顔を咲かせた。
パンドラを協力プレイしながらふたりは話した。
「キリくん、これからどうすんの」
「というと」
「進路とか」
「……たぶん中学にはいかないです」
「そっか」
「ゆるスクールに入れたら、来年からそっちいくかもですけど」
「ゆるスクール?」
「この前、母さんといったとこです」
「あー」
「あそこなら通えるんじゃないかと思って。電車通学になるのがちょっと不安ですけど」
「むこうにつくまで、つきそってあげよっか」
「えっ」
「どっちみち護衛するし。ならいっしょにいこうよ」
キリは少し思案する。
「えと……じゃあ、お願いしてもいいですか」
「なっはっは、任されたまえ」
空はすっかり晴れ渡っていた。
これでいったん完結です。
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