37話 グレイプニル
太郎とナーサティヤが駆けつけた直後。
キリは混乱のなかにいた。
なんで、こんなとこにいるんだっけ。
そばに傷だらけの白夜が寝ている。
記憶をたどる。家をでて、章央に捕まり、首を斬られ。
はっとして自分の首に手をやる。
……生き、てる。
ぽちゃん、という音が、水になった感覚とともによみがえる。
あ、そうだ、ミセリア。
記憶が霧がかっている。が、ここに至る経緯はなんとなく思いだしてきた。
(ぼくの前世はミセリアで、なんやかんやで死ななくて、チート使って白夜さんを助けて、すごい技を使って次元力を消耗して……なんかよくわからん。でもなんとなくわかった)
目の前で戦闘がおこなわれている。
(ぼくは、どうすればいい。次元力はあんま残ってないし)
爆音が轟いた。美烏の炎が太郎を吹き飛ばした。太郎は木に背中を打ちつけ、木を貫通して倒し、吹き飛ばされながら空中で身をひるがえし、二本目の木に足裏をつけてとまる。そのまま木を蹴り、地面を蹴り、美烏に刃を喰らわせようとする。
その刹那、美烏はキリと白夜に手のひらをむけた。
キリは生存本能に身をゆだねた。
今この瞬間に全意識を集中させた。
結果、意識的思考を手放し、直観によって無意識から最善手をえらんだ。
美烏の手から炎が放たれようとしている。
キリは白夜にふれ、身体拡張する。
「”流冷の鎖“」
同時に炎が放たれた。
氷は振動数が少ない状態。振動が完全に止まっているわけではない。しかし”流冷の鎖“は対象物を完全静止させる。
美烏の炎が届くより先に、キリと白夜の姿が消えた。
物質とは、素粒子の振動によって現象している。振動が完全静止すれば物質としてのすがたを保てない。物理的肉体を失ったキリと白夜はデータだけの存在になった。非物質の存在。魂とも定義できるかもしれない。効果が切れたら地球基準の同座標に物質化する、という条件は定義したようだが、思考機能はないから次元力が消えるのを待つしかない。
もって数分。絶体絶命には変わりない。
美烏が目をみはる。キリと白夜が消えた。
その虚をつかれ、太郎に腕を斬られる。すぐに回復。
狼牙も焦っていた。
(消えた。どうやって。認識阻害か。いや、あれは意図的に使えるものではない。それに満月の日は認識阻害が極端に弱まる。そもそもこうして存在をおぼえている。認識阻害とは性質がちがう。透明化か転移か。透明化なら焼かれている。だが転移もありえない)
さきほどの水爆を思いだす。
(あんな大技と転移能力を両立させるのは容量的に不可能だろう。霊感で次元力も感知できない。近くにいないのもたしかだ)
二体の影相手に全力で戦い、急激に次元力が減っていくのを感じる。
(どうする。離脱すべきか。いや、まだ津田まろんの次元力が回復していない。転移能力なしにここからの離脱は不可能)
狼牙は顔をゆがめ、自嘲気味に苦笑する。
(如月白夜の牢獄に、こちらが捕縛されるとはな)
太郎とナーサティヤもキリと白夜の消滅に戸惑うが、敵方も困惑していることがわかり、目の前の三人を仕留めるために勢いづく。
章央が鎌を大振りし、斬撃と怨念が影を襲う。怨念の集中砲火をうけた影が消滅した。
太郎が眉を曇らせる。
(影の回復に次元力を使いすぎた。これ以上は維持できなかったか)
美烏の炎に敵意を放って相殺する。
(こちらもジリ貧)
章央がナーサティヤを蹴り飛ばした。うずくまったナーサティヤに章央がせまりくる。
太郎はなにかに気づいた。炎をよけ、章央へ漆黒剣を投げつける。
章央は立ちどまって大鎌をふるい、漆黒剣をはじいた。
太郎の背後を美烏がねらう。
が、美烏の肩を黒紫の矢が穿った。
「間にあったか」
太郎がつぶやいた。
弓をかまえていたのは華恋だった。
美烏は回復に次元力を消費し、炎の勢力が弱まる。その相手を華恋に任せ、太郎は漆黒剣をつかんで章央にせまる。影の片方を美烏に、もう片方を狼牙にやる。大鎌と漆黒剣が衝突した。
ナーサティヤも立ちあがって走り、影と連携して狼牙の次元力をけずっていく。狼牙はナーサティヤを相手にやりづらそうにする。
美烏にさしむけた影が燃え尽きる。ほぼ同時に狼牙の神依が解けた。
ひざをつく狼牙。それをナーサティヤが拘束する。
「ぐっ」
次元力なしに抵抗できず、狼牙は巫珠の指輪を奪われた。
そのときだった。
キリと白夜があらわれた。
次元力の尽きたキリは倒れ伏した。
”流冷の鎖“の融解。
再構築されたその瞬間、ふたりのもっとも近くにいたのは。
章央が嗤った。
突然あらわれたキリと白夜に驚き、太郎にすきが生じた。大鎌を漆黒剣でふせぐが、極端な外向性からくる攻撃力によって吹き飛ばされてしまう。
章央がキリと白夜に向かって走りだす。それに美烏が気づく。
「あっ待て」
とめようとするも、華恋の矢が雨のようにふり、防御に手いっぱいで動けない。狼牙の拘束後、最後の影も美烏のもとにむかっていた。
ナーサティヤは狼牙を拘束したばかり。太郎は空中。
次元力が尽きたばかりのキリも起きあがることすらできない。
章央の前に障害はない。
『ヴァン』
キリの神依が解け、次元霊にもどったフェンリルが鳴いた。
如月白夜が目覚めた。




