32話 包囲網とスパイ
四人がわれにかえったときには、白夜も次元霊装をまとっていた。
美烏は驚きながら興奮したように赤らめる。
白夜の間合いに朝露蘭が侵入した。その不滅剣の一閃をかわし、白夜は眉毛を一本抜く。
「“月剣”」
津田まろんのあやつる浮遊人形を斬った。
背後からせまりる毛村暁をまわし蹴りで遠ざける。
「“獄炎上”」
美烏が唱え、両手に翼のような炎をまとった。
「きゃははっ、さいっこうっ」
その炎を白夜に放つ。なぜか森には燃え移らない。
「“弦月の秤動弓”」
白夜は月剣を消し、弓をもち、眉毛を一本抜いた。その毛が矢になり、美烏を撃つ。美烏は難なく矢をかわすが、炎は矢の引力にひっぱられ、白夜に届かず集束して自然消失した。
白夜の次元法式は月齢に応じて変化する。
引力によって四人の態勢が一瞬くずれた。
認識阻害の能力は“朔”といい、新月から新月まで常時発動する力。
“月剣”とその発展技の“掩蔽星蝕”は三日月から二十六夜まで。
“弦月の秤動弓”は上弦から下弦まで。
白夜は弓を消す。
そして十三夜から立待月まで使えるのが。
「“月光白道”」
唱えた白夜が消え、包囲網の外に亜光速移動した。
移動できる距離は十三歩以内。視界内に設定した直線に沿って亜光速で移動する。引力の影響はうけるから上方向には移動できない。直線にしか進めず、転移じゃないから進行方向に障害物があると移動できず、終点座標を設定しなければならない性質上、こういう見通しの悪い場所では使いづらい。
白夜は眉をひそめる。
(まさかそれをねらって)
美烏は嗤った。
(そうだよ。ここはヨルのために用意した魔法の牢獄)
白夜はいぶかしむ。
(もしそうなら、私の次元法式をぜんぶ知ってるってことになる。どうやって。いや)
表情を切り替える。
(今考えるべきは、この場から即刻離脱すること)
地面を蹴って距離をとるが、
「“妖精大移動”」
まろんが唱え、あちこちに置かれた人形が彼らと入れ替わる。
美烏を覆う炎が勢力を増していく。
「“月剣”」
眉毛を抜いて再現出させた剣で、蘭の不意打ちをうけ流す。
包囲網のなか、白夜は歯ぎしりする。
(なんで。なんでだよ、ミミ)
白夜にねめつけられ、美烏は顔を紅潮させた。
「きゃはっ」
★
HS機関日本支部。
爆破テロの件があって全員集結していた。
「白夜ちゃん、キリちゃんのふたりと連絡がつかなくなった」
益田天がいう。
キリの送ったメッセージは妨害電波によって届いていなかった。
「イグルちゃん、雷牙ちゃん、彼の家にいってもらっていいかにゃ」
ふたりは情報分析、情報収集を中断した。伊藤太郎は作業を続ける。
「了解」
イグルが応じ、バナナの皮をゴミ箱に投げた。見事にゴールを決めた。
そのときだった。
「ケルベロス、神依」
三頭犬の次元霊が次元霊装に変換され、それをまとった狼牙が刻印の描かれたカードをかざした。
「“斬魔装招来・斬魔槍”」
カードが光って槍になった。
最初に気づいたのは益田天だった。白夜とキリのふたりと連絡がつかない。爆破テロの件で送ったメッセージにも既読がつかない。キリになにかあれば、護衛用の部屋にいる白夜がそれに気づくはず。彼女は無断欠席も多いが、キリの護衛を放棄するとは思えない。先に白夜が襲われ、その次にキリがなにかをされた。最低2名以上の組織的な犯行とみてまちがいない。
だとしたら、敵が護衛用の部屋を知っていたのは。
益田天は目を見開いた。
「敵のスパイ」
狼牙が斬魔槍の先端をイグルにむけていた。
「“闘技・弩離炉卍喝”」
槍の先端に次元力が集まり、イグルの胴体を穿った。
雷牙、太郎、華恋、ナーサティヤは反射的にいった。
「紫電」
「シュヴァルツ」
「キュピッピ」
「アストライオス」
四人同時にさけんだ。
「神依」
闘技発動後、斬魔槍は消えた。
生身の胴体を空洞にされたイグルは、声の代わりに血を吐きだした。
狼牙とイグルの視線が交わる。両者のあいだに言葉はなく。
イグルは斃れ、ただの血肉になった。
★
キリは目覚めた。どこかの家のリビング。
手足を拘束され、椅子にしばりつけられていた。巫珠の指輪も奪われている。
「”死霊の刻印“」
大鎌をたずさえた山崎章央が唱えた。大鎌から鮮血がしたたり、血溜まりから怨霊があらわれた。不協和音のようなさけび声がひびきわたる。感情が飛び散り、キリの脳裏にイメージがひらめいた。
彼の仕事は在宅デスクワーク。共働きの妻が帰宅し、小言や文句をいわれる。パパと結婚する、といっていた娘にもキモがられる。そんな日常。
キリは床に視線を落とした。首と四肢がバラバラの男性遺体が視界に入った。テーブルの上にパソコンがあり、直前までデスクワークをしていたことが想像できた。明かりの消えた部屋だが、カーテンのむこうからさす陽光に照らされ、床が真っ赤な鮮血に染まっているのもわかった。
さっき見た日常のイメージと、目の前の現実が重なりあう。
呼吸が乱れ、動悸が激しくなる。
室内に充満する血の香り。
「っ、ぁあぁぁ」
キリのうめき声に章央がふりむいた。
「あ、もう起きたの」
大鎌を消し、章央が嗤う。血濡れの笑みだった。
「そんじゃあ、尋問タイムをはじめよーか」