31話 炎上
養護施設にきた初日。
「同い年じゃん」
最初に話しかけてきた女の子。
「あたしは秀水美烏。そっちは」
「……如月白夜」
「えー名前かっこよ。白夜って白い夜よね」
「そーだけど」
「ヨルってよんでよき?」
「あ、うん。じゃあ、ミミってよんでいい?」
「ミミ?」
「ヒデミの“み”とミオの“み”で」
ミミが吹きだした。
「そこピックアップするー? おもろー」
ミミの笑い声。
白夜もかすかに笑みをこぼした。
★
「ミミ……?」
モニターの女が笑みを深める。
『正解。五年ぶりぐらい?』
記憶の渦に呑まれながら、白夜は声をしぼりだす。
「な、んで、ここに。これまでどうして」
『ヨルのストーカー』
ミミはウインクした。
『ぐうぜん見かけてさ。なんか仮面かぶってたけど、ファッション? にしては奇抜すぎん? ま、それはひとまず置いといて。で、ストーキングしちゃった。一階から順にピンポンしててって今あたったとこ』
「そっ、いうことじゃなくて。どうしてたんだよ。急に失踪とかして」
『ここでする話じゃなくね』
「……ちょい待って」
仮面をつけ、玄関ドアをあける。
目の前にミミがいた。ぽかんとした顔。
「わお、仮面だ。ファッション?」
「なわけねえわ。ちょっと事情。ミミがいなくなってからいろいろあって」
「あーね」
白夜がきびすをかえし、ミミがドアを支える。
「おじゃましまーす」
テーブルをはさんでむかいあう。お茶をいれたコップをふたりぶん用意した。
「で、なんで失踪したの。私になんもいわずに」
「あーそれね」
ミミはのどをうるおして、
「学校でもだけど、施設でも虐待されててさ」
軽い感じでいった。
「失踪したのはそれが理由。あのころは若かったな。生きるために逃げることしかできなかった。今ならどうとでもやりようあるのに」
「……どうやって生きてきたの」
「えーそれきくー?」
「いいたくないならいいけど」
ミミは「うーん」と天井を見つめて、
「テレビつけていい」
「なんで」
「いいから」
「……いいけど」
リモコンの電源ボタンをミミが押した。食レポ番組が流れる。
彼女は笑いかけてきた。
「教えてあげてもいいよ」
★
東京の小さなマンション。その一室。
男子小学生が布団をかぶってマスクをつけていた。おでこには冷たいシート。
「えほっえほっ」
風邪の咳が続く。
マスクをした母親が入ってきた。
「おかゆつくったけど、食べれそ」
「……食欲ない」
「食べたほうが栄養ついて早く治るよ」
「うッさい。頭ひびく」
「でも」
「あっちいってて。あとで食べる」
「いつぐらい」
「一時間ぐらいあと」
母親が時計を見る。
「ん。また声かけるね」
母親が去る。
男子小学生は寝返りを打った。
(頭痛くてきつくいっちゃった。熱下がったら謝ろ)
直後、彼は天井の崩落に呑みこまれた。
★
食レポ番組がニュースに切り替わる。
東京都のマンションで原因不明の爆発があったという。
白夜はあぜんとする。
風邪休み中の男子小学生と、看病のために仕事を休んだ母親も圧死していた。
ミミは、秀水美烏はスマホをテーブルの上に立てかけ、白夜の前で生配信をはじめた。
「ど〜も〜。ただいま日本で爆破テロが起こりました。犯人はあたしで〜す。いえ〜いっ」
再生数とコメント数が伸びていく。
「この動画は無差別に感染させたコンピュータウイルスを使ったブロックチェーン上で配信しているため、途中で切ったり削除したりはできませ〜ん。きゃははっ」
数字が指数関数的に増えていく。
美烏は頬を紅潮させ、鼻息を荒くしていた。
「いいねいいね〜。もっとヘイト集めてよ〜。もっともっとあたしを憎しんでよ〜」
目の前の光景が信じられなかった。
「ミ、ミ……?」
赤らめた顔で美烏が微笑んだ。
「こうやって生きてきたんだ」
配信をとめ、熱っぽい声でささやく。
「だからヨルも、あたしを憎しんでよ」
美烏はふところから人形を投げ、白夜にぶつけた。
「オッケー」
美烏がそういった瞬間、部屋からふたりが消えた。
代わりにふたつの人形が落ちた。
北海道の山奥深くの森林。
白夜と美烏はそこにいた。
困惑する白夜の前で、美烏は巫珠の指輪をはめる。
美烏のうしろに、虹色の飾り羽をひろげた烏天狗ならぬ天狗烏というべき次元霊があらわれた。
「闇鴉、神依」
二頭身平面の天狗烏が次元霊装に変換される。
周りにはほかにも三人いた。
津田まろん、人形をたくさんもった小太りの男。
毛村暁、特徴の薄い中年男。
朝露蘭、騎士のような男。
秀水美烏をふくめ、四人全員が神依していた。
美烏は白夜を見すえる。
欠乏感のことを、次元者はステレシスという。欠乏感に支配された精神状態では神依できない。そのために大きな喪失感をたたみかけた。訓練はしてるだろうけど、今すぐ調子をもどすのは無理でしょ。
四人同時に白夜を殺しにかかる。
(ヨル、おまえが逝クとき、どんな表情をしてくれるかなぁ)
白夜は仮面を放りすてた。
息を呑むような美しさがあらわになった。
幻想的な芸術を前に、四人はわれをわすれた。
刹那のすきに、白夜は調氣法を使う。
(変だとは思った。私が尾行に気づかないとか、護衛用の部屋にくるとか。だけど)
胸に手をあてるルーティン。
(信じたくなかったんだよ)
白い空間にひとりきりの自分をイメージ。
呼吸を調え、ゲーム中の感覚をよび醒ます。
全意識を、今この瞬間に集中させた。
「忍三郎、神依」