27話 ゆるスクール 中
希の周りに中学生たちが集まった。中辛だからか小学生はほとんどいない。
キリは母のほうに近づく。
「母さんはどうすんの」
「ママは昼食買ってから、先に食べて木内さんと話してよっかなーと思ってるけど」
「……わかった」
キリは中辛班にもどっていく。
その背中を、はるひが見つめる。
「ひとりでだいじょうぶですかね」
「だいじょうぶですよ。子どもは大人が想像してるよりずっとよく考えてます。もし困ったことがあっても、周りのだれかがフォローしてくれますし、なにか失敗しても、いい経験になります。手助けしてやろう、なんていう大人の考えは傲慢なんだと思います。子どもからそういう経験を奪うのは、責任感も奪うことになって、自己決定力が育たなくなりますから」
スーパーまで歩いていく。
小学生や中学生たちとゲームやカード、アニメやマンガのことを話しながら。
道端に咲く花や道路を走る車の種類などで盛りあがる小学生たち。
そうしてスーパーについた。
人数分の米、カレールウ、たまねぎ、にんじん、じゃがいも、豚肉をカートにいれる。
買いだしに時間をかける子どもたち。
大人ふたりは先に買って食べていた。
「そういえば」
はるひがつぶやく。
「食費が三百円なのに理由はあるんですか」
「ああ、それは、小学校の食費が三百円だからですね。保護者の方に負担をかけたくないので、公立学校と同じ金額にして、学費も無料にしてるんです。制限された金額をやりくりするのも自己決定力が身につきますし」
子どもたちはあまった金額でデザートを買う。
レジの人が親しげに微笑んだ。
「いつもご苦労さま〜」
「はーい」
小学生たちがいった。
スクールにもどり、2階の調理室で食材をならべた。
希が袖をまくる。
「それじゃあ、レッツクッキング」
キリは包丁をもった。猫の手でたまねぎを押さえる。
みじん切りに苦戦する。翔太が教えてくれる。
「そうやってサイコロステーキ先輩みたいに」
縦に細く切ってから、横から切って小さなサイコロステーキ状にし、最後に芯を切って捨てる。
たくさん切るのがあって手を痛める。手首を押さえるキリに希が気づいた。
「だいじょうぶ?」
「あ、はい」
となりでは翔太がにんじんを切る。
希は鍋に油をひき、ガスコンロの火をつける。
べつのメンバーが米を炊飯器にセット。
「うまく切れなかったかも」
不安げなキリに希が笑いかける。
「いいっていいって。手伝ってくれてありがとね」
最初にたまねぎを、少し炒めてからにんじん、じゃがいも、豚肉の順に投入。
豚肉の色が変わったら水をいれ、鍋に蓋をする。
しばらくしたら蓋をあけ、翔太がおたまでアク抜きする。
やることがなくなった人はゲームしたり勉強したり。
キリはうしろから見学していたが、
「あとは煮込んでルウ入れるだけだから、キリもゲームとかして待ってていいぞー」
翔太にそういわれた。
台所を離れたキリに、三人の小学生が群がってきた。
「ひまならカードやろうぜ。デッキ貸すから」
「リアライズ知ってる?」
「あーなんかきいたことある。アニメやってるっけ」
「そうそう」
「毎週日曜朝7時半」
「健太すごいんだよ。なんかおっきい大会のジュニアクラスで優勝してて」
「地区大会な」
健太らしき小学生がいった。
「家にトロフィーとかあって」
「すごいな。相手になるかな」
「こっちきて〜」
ふたりに両手をひっぱられた。
食卓に料理がならべられた。
「いただきま〜す」
できあがった班から食べはじめる。
「おれ、それほしい。ちょいちょーだーい」
料理の物々交換もおこなわれる。
キリも手をあわせ、みんなといっしょに「いただきます」といってスプーンを手にとる。カレーとライスをあわせて口に運んだ。
自分で料理をつくったのは、小学校の家庭科の授業以来かもしれない。
ゆっくり咀嚼し、飲みこむ。
買いだしについていって、たまねぎを切って、あとは見学してただけだけど。
周りでは子どもたちの会話がきこえている。
スーパーにはいろんなものがあって、そのなかから食材をえらんで、高かったり安かったりするなかから選別して、金額と相談しながら買って。野菜とかの切りかたもいろいろあって、かたちとか大きさがうまくいかないと、味に違和感がでる。煮込む時間とか、米炊く時間とか、そういうバランスも計算しながら調理しなきゃいけない。
カレーとライスの配分を考えながらすくう。
こんなこと、知らなかった。
口のなかでカレーとライスを混ぜる。
こんな大変なことを、母は毎日している。キリの食べるものをつくってくれている。
咀嚼しながら天井を見つめる。
いただきます、とか、おいしい、とか、なにも伝えてなかった。
涙をこらえ、目をつむる。
騒がしい会話が飛び交っている。
いつもコンビニか配達で食事をすませる仮面女が脳裏をよぎった。
(料理をつくれるようになったら、あの人に食べさせてあげたいな)
残り少ないカレーを見つめる。
小学校の給食の時間。給食当番の宮田人形がキリのカレーをよそったあと、マスクをはずし、くしゃみをして、飛沫の入った皿を渡してきた。みんなのぶんには入らないよう、顔をそらして、キリの皿にだけ入るように。
その日の給食は半分以上残し、昼休みと掃除が終わるまで椅子にすわっていた。
気持ち悪くなり、水を飲む。
落ちついてからカレーを完食した。
からになった皿を見つめる。
(明日、実行したら)
脳裏にうかんだのは、白夜にカレーをつくって食べさせる光景と、
(そんな機会は、二度とこない)
四肢や頭をもがれた人形たち。
(それでも)
頭のなかで生徒人形たちが笑う。
(ぼくは)
教員人形たちが怒鳴る。
(あいつらが、この世に生きていることがゆるせない)
もうすぐ午後2時。昼食後の自由時間。
健太とのカードバトルが終わり、再戦の準備をはじめようとしたところに、
「ヒスイくん」
希が声をかけてきた。
「ちょっといいかな」