25話 如月白夜 急
「なんのご要件でしょうか」
対応にでた先生は男を見ていったが、
「“パンドラ”の運営会社の者だよ〜。シュタインブレイドちゃんはいる〜」
応じたのは益田天。幼子にしか見えない。男のほうはイグルだった。
「ミャハ☆」
車にのって支部にむかった。運転はイグル。
「遺伝子組み換えの件、やめるなら今のうちだよ〜」
となりの益田天がこちらを見た。
後部座席にもたれる白夜は目をつむった。記憶をめぐらせた。これまでのすべての思い出。良い記憶も悪い記憶もすべてを思い起こした。
(なんでもいい。これまでの世界とちがう世界にいきたい)
目をあける。景色が流れていく。
(もしヤバい組織に連れてかれたとしても、最悪死ねばいいだけだし)
目をつむってイヤホンする。
(もし超能力とかの話がマジだったら)
視線も音もない世界。
世界から自分だけがいなくなる疑似体験。
(透明になれたら、少しは気楽に生きられるかな)
★
「ってのが、HSに入るまでの経緯。ここに引っ越したのは都会ほど人がいなくて、田舎ほど不便じゃないから。駅も徒歩圏内にあるし」
今の白夜が仮面を押さえる。
「顔見られるのにトラウマあって。あんな感じになっちゃったのは、そういうこと」
静寂がおりた。
「ちょい、なんかいってよ」
「……ごめん。勝手に顔見ちゃって」
「ミセリアくんが謝ることじゃないって。いわなかった私の自己責任。それに友だちなら、いつまでも顔隠したままってわけにもいかんし。いつかは仮面とって遊べるようになんなきゃ、とは思ってるんだけど」
「無理はしなくていいですよ。素顔見えても見えなくてもあんま関係ないし」
「やーそれはさすがに」
「ゲームってみんな仮面かぶってるようなもんだし」
「あったしかに」
白夜は天井を見あげて、
「ゲーム、アバター、仮面……」
ひとりごとのようにつぶやく。
キリは床を見つめる。
「その力で」
ためらいがちに投げかける。
「学校のやつらを殺してやろう、とか、思わなかったんですか」
穴があいたような静寂だった。
白夜はうーんと背中をそらす。
「思ったことがない、といったら、うそになるかもね」
それからキリを見すえた。
「けど、そういう次元者の身勝手に人生をぶち壊された人たちをいっぱい見てきた。罪咎義団の理念は絶対まちがってる。だからか知らんけど、自分がそうなっちゃ絶対だめだって、今は思ってるかな」
キリは益田天と握手した。
「よろピクミン☆」
「お、ねがいします」
白夜に軽く背中をたたかれた。
「進路とかはゆっくり考えりゃいいよ。できることあったらサポートするから」
★
罪咎義団はまちがってる。協力なんかしちゃいけない。そう思った。うそじゃない。そのときの気分では。それが本心のような気がした。気の迷いだったんだって。
十三夜の月下。湯船に浸かりながら白夜との会話を思いだしていた。
友だちっていってくれて、秘密を打ち明けてくれて、うれしかった。
小学校の思い出がよみがえる。
暴力と視線。会話が成立しない教職員。
これからやろうとしてることを知ったら、ゆるしてもらえないだろう。
天井を見つめ、手をのばす。
絶交になっても。
二度と心をひらいてもらえなくなっても。
それがわかっていたとしても。
(ぼくは、同じ選択をするだろう)
こぶしをにぎりしめる。安理真由良の手を思いだす。
――世界に叛逆しましょう。ともに自由を生きましょう。
この世に生まれた意味がほしい。
(ぼくの人生を生きたい。これが最後のチャンスなんだ)
★
同じ十三夜の月下。とある山奥の建物。
「如月白夜……」
安理真由良がつぶやいた。
「そうでしたね。昨日の襲撃者は彼女でした」
「あいつが」
山崎章央が声をあげた。
「たしかに強かったが、特別強いかってェとそうでもなかったが」
「満月の夜ではありませんでしたから」
ほかの三人も安理真由良と同じく認識がもどった。
「これが如月白夜の認識阻害です。昨日は能力も見たというのに、今この瞬間までわすれていました」
「今から殺しにいくか、日付が変わる前に」
「いえ、やめておきましょう」
「なんでだよ。今日は満月じゃねえんだぜ」
「今彼女を攻撃すれば、氷水桐さんは味方になりません」
「あんなやつどうでもいいだろ。あの女を殺すのが優先じゃねえのか」
「彼はイレギュラーです。こちらにひきこめなければ危険かもしれません」
「アレが?」
「エルシャライムの王からなにかきいていませんか」
「さあ、な。んなことに興味はねえ。直接きけよ。居場所は知ってんだろ」
「聖域へのアクセスは権限者の承認を要しますから」
真由良は十三夜月を見やる。
「如月白夜を確実に殺せる保証はありません。対処は氷水桐さんが復讐をとげたあとにしましょう。HS機関にもどれなくなってからであれば、彼が敵方につくおそれはなくなります。われわれの助けを借りずに生きることはできなくなりますから。明日は予定があるようなので、決行はあさってになりそうですね」
「満月の日じゃねえか、おい」
「夜がくる前に終わらせましょう。彼の復讐も日中に終わるはずです。そちらのほうが都合もいいですし」
「都合ォ?」
「如月白夜は満月の日の前後に住まいを離れます。そのためにこれまでは襲撃が困難でした。ですが今は氷水桐さんの護衛についています。居場所の特定が容易なのですよ」
十三夜月に視線をもどす。
「ごめんなさい、氷水桐さん、あなたの大切な人はできるかぎり保護したいのですけれど」
安理真由良は哀しげに眉をひそめた。
「如月白夜は危険すぎるのです」
★
キリの風呂あがり、お茶を飲んでいるところに母が話しかけてきた。
「明日どうする、ゆるスクール」
台所にコップを置く。水滴を見つめる。
やめとこうかな。そんな気分じゃないし。
返事を決めようとしたとき、
――キリといっしょに出かけるの楽しみにしてるよ。
母の言葉が吹き抜けた。
ひらきかけた口を閉じる。
深呼吸する。あらためて口をひらいた。
「いこう、かな」