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24話 如月白夜 破

「今ごろ気づいたんだ」


 施設の女子部屋で、ミミとふたりきりだった。窓の外はどしゃぶりで薄暗い


「だからいったじゃん。あんなとこに希望抱くなって」


 ミミはベッドの上に体操座りしていた。

 ちらりと見えた足の打撲痕が印象に残った。



 私が不登校になってすぐ、ミミは失踪した。



 それから白夜は無感情に日々をすごした。

 学校にいかないのに、なにかに急き立てられるように毎日の顔や髪の手入れは欠かさず、細かい所が気になって時間を浪費してしまった。


 顔や手を過剰に洗うようになった。

 どれだけ時間をかけても前髪のセットが決まらず、パニックになって髪をかきむしり、さけびだして、先生たちが駆けつけることもあった。


 女子トイレで長時間前髪を整えていたある日、白夜より前から施設にいる男子高校生が入ってきた。突然のことに硬まる白夜は腕をつかまれ、トイレの壁に押しつけられた。

 彼の瞳には光が感じられなかった。


「かっ金がねえんだよ。ひっ人よりおぼえんのヘタだし、同じこと何回もいわれて、怒られて。でっでも、おおおぼえらんねえんだからしょうがねえじゃんか。どっどうすりゃよかったんだよ……来年からこっここ出ていかなきゃなんねえ。大学の学費なんてはらえねえよ。し、しょ、奨学金の借金もかえせてねえんだぞ。おおおれを雇ってくれる場所もねえ。親いるやつはどうにか生きられるのにさ。なあ、おおおまえはわかってくれるだろ」


 大きな手で口をふさがれた。


「もう終わりだ。こっこのままおおれは、この世で生きた証とか、なんも遺せないで死ぬ……ふっふざけんなよ。恵まれたやつはのうのうと生きられて、運が悪かったら黙って死ねってのかよ。ああありえねえだろ」


 下半身を押しつけられた。


「おっおまえのことずっといいなって思ってた。ち、ちゅ、中学から、ききゅ急にかわいくなったよな。こっこのままなんも遺せないで死ぬのはいやだ。なあ、そうだろ。おまえだってどうせここ出たら売春とかしねえと生きらんねえんだ、この社会じゃ。だっだったらおれが、さっ最初にヤッてもいいいよな。なあ」


 白夜の脳裏に、学校で見かけたミミのすがたがよぎった。


 人目につかない階段下で、ぼっち飯をしていた。

 晴れなのに髪の毛が濡れていたのを、そのときの白夜は深く考えなかった。


 男の急所に膝蹴りを喰らわせた。


 耳の奥で教室の笑い声がこだましていた。


 ゆるんだ手の拘束をふりはらい、相手の胸を押した。彼はトイレの壁に後頭部を打ちつけた。苦鳴をあげ、尻もちをついて頭を押さえた。

 その顔面を思いきり蹴った。今度は床に後頭部が打ちつけられた。


 夜、布団にくるまっていても離れない学校の目。

 視線。視線視線視線視線。


 何度も何度も顔を踏みつけた。殺しても構わない勢いで。


 遠くでさけび声がきこえていた。

 先生たちが駆けつけてくるまで、それが自分の声だとは気づかなかった。



 施設の高校生、中学生、小学生や先生たちの前でも仮面をかぶるようになった。

 小学生のころ、施設のみんなで夏祭りにいった。そこで買ってもらったお面。


 仮面をかぶってから、前髪を気にする時間が減った。規律も守れるようになった。でも、お面をはずされそうになったり、年齢性別問わず身体的接触があると、先生たちも手に負えないほど攻撃的になった。自分でも制御できなかった。

 施設でも孤立した。なにもしなければ問題ないから先生たちも距離をとった。


 平日の日中、施設のテレビにゲーム画面を映した。

 コントローラをもち、ひさしぶりに“パンドラ”をプレイした。

 ひとりきりの部屋に静かな時間が流れた。


 ゲームに集中するあまり、画面が見えなくなるまで涙に気づけなかった。

 となりに父がいる気がした。母が飲む紅茶の香りも錯覚した。

 三人ですごした日々が、涙があふれるようによみがえった。


 ゲーム内でアバターが死んだ。


「あ」


 その瞬間に初期化され、アバター設定画面にもどった。


 “パンドラ”に没頭する日々が続いた。

 さまざまなクエストに挑み、最初はすぐ死んで初期化していたが、慣れてくると初期化されずにアバターのポリゴン数が増えていった。


「自らの手で世界を変えたくはありませんか。神託教会(オラクリオン)はあなたの理想をかなえます」


 開放されたエリアで勧誘された。

 影の忍者アバターで神託教会(オラクリオン)の祭壇の前に整列した。

 刃物で指を切り、聖杯に血をたらした。アバターの血が聖杯に落ち、光り輝いた。

 ゲーム内に巫珠の指輪があらわれ、二頭身平面の影魔(ダイモン)が視えるようになった。もちろんそのときは現実世界で次元霊(デュナミス)が視えていたわけじゃなかったが。


 しばらくして、現実世界の施設に男と幼児がやってきた。

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