23話 如月白夜 序
ほかのメンバーは奥の部屋にいった。華恋は白目をむいたまま気絶中。
ふたりきりの訓練場。気まずい静寂。
「えと」
静寂をやぶったのは白夜だった。
「とりあえず弁明させてください」
「え」
キリも顔をあげた。
「その、いきなり追いだしちゃったでしょ」
「あ、あーはい」
「あんま気にしてなかった?」
「え」
仮面越しに目があった。とっさに視線をそらす。
「いや、そりゃ、わけわからんって感じで。落ちこんだけど」
「よかった」
「え」
「な、なんとも思われてなかったら、それはさすがに、へこむというか。友だちだと思ってたのはこっちだけなのかな、とか。でも、落ちこんでくれたんなら、ちょっと安心しちゃって」
白夜はひざに顔をうずめた。
「あーもう。なんか性格悪いやつじゃん。べつに落ちこんでほしいとかじゃなくて、ああいう別れになっちゃったからさ、げんめつされてるんじゃないかって不安で。だから安心ってのはそっちで。あの、もう縁切りますとかいわれるんじゃないかっていう、その、あれで」
思わず笑いがこぼれてしまう。
「な、なに」
「いや、ちょっと」
「わ、笑うなって。こっちは本気で」
「まだ2日前だったんだっけ」
「ん? あーそうね。あれは金曜で、今日は日曜だから」
「なんか、もっとめっちゃむかしって感じ」
「まあ、いろいろあったしね」
「情報量ヤバい」
「なはは、そりゃそうだ」
静寂が流れる。
「て、わけで、さ。なんであんなことしちゃったのか、ミセリアくんには話しとこうかなって」
★
二階建ての一軒家。
父がテーブルに昼食をならべる。
たまごとハムとレタスをはさんだクロワッサン。
ほかにもいろんな種類のクロワッサンがならぶ。
「今日はワッサンパラダイスだ」
「パパ天才っ」
小学校低学年の白夜は瞳を輝かせた。
「ワッサンワッサンワッサンサン」
「ワッサンサン」
母と歌声が重なった。母が笑って父を見やる。
「一階を飲食店にしてみる? プログラマーの仕事ってほとんど在宅勤務でしょ」
「いやあ、今の日本で飲食店やるのは無謀すぎるって」
「えーこんなすごいのに。絶対売れるじゃん。ねーママ」
「ねー」
「味いいだけで繁盛するならもっと気楽に生きられるんだけどなあ」
クロワッサンが完食された。白夜は腹をさする。
「ありゃ、食べすぎちゃったね」
「おいしすぎる料理は罪……」
げっぷがもれた。
食器を片づけながら父が、
「じゃあデザートの三色団子は食べられないか」
「別腹!」
母は看護師で、殺人的な料理が得意だった。
料理好きの父はプログラマーで、よくAIやプログラミングのことを教えてくれた。
「最近はアバターの能力をプレイヤー自身がプログラミングするゲームが増えてきたんだ。AIにプロンプトを入力すればだれでもプログラミングできる時代ならではだな」
白夜と父はテレビの前ですわっていた。
母はイヤホンで動画を聴きながら紅茶を飲む。
「なかでもずば抜けてるのが“パンドラ”なんだ」
「ぱんどら?」
「このゲームな。ゲーム性に問題があってアンチも多いんだけど」
父がコントローラを動かす。
「表向きは古代ギリシア風ファンタジーなんだが、裏設定は遠未来SFだと思うんだよ。公式発表はないけど、星遺物とかをわざわざ用意してるからまちがいない。パパは考察クランの幹部もやってるんだ。世界の謎を解明するために」
「ふーん」
「謎なのは世界観だけじゃない。このゲーム自体も現代科学の技術力じゃ不可能としか思えないシステムを使ってる気がするんだよ。世界最先端レベルを超えてるって都市伝説もあるし」
私がゲームにハマったのは父の影響だった。“パンドラ”以外にもたくさん教えてもらった。ゲーム中毒気味で母には叱られたっけ。楽しかったな。
小学三年生の教室。
授業中、全員のスマホが大音量で鳴った。
嵐のような揺れに悲鳴があがる。
九年前の大震災までは。
最初の揺れがおさまり、小学校にいた白夜はみんなと避難した。
スマホの着信音が大合唱を奏でる。
電話をかけたり、かかってきたり、家族や友人の無事をたしかめあう。
白夜のスマホは鳴らなかった。両親につながらず、余震がきた。
『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入って』
線香の匂いと意味不明な呪文がただよう。
喪服姿の人々がならんでいる。
祭壇に飾られた両親の顔写真。
記憶はあんまりないけど、精神的にヤバかったし、ふさぎこんでたか、荒れてたか、どっちもだったのか。親戚の人たちは扱いに困ったらしくて、養護施設に入ることになった。みんな生活も苦しかっただろうし、自分の子でもない小学生を養う余裕がなかったのかもね。
キリの表情が曇ったことに白夜は気づかなかった。
中学生になってから周りが外見に気を遣いはじめた。
女子トイレの鏡で白夜は自分を見つめた。ぼさぼさの髪とボロい制服。
養護施設のトイレでお小遣いを計算した。
スマホで美容品の相場を調べた。安くて良質なものがないかショート動画などでさがし、安上がりで違和感のないメイクのやりかたを動画や図書館本で勉強した。
髪の切りかたも勉強し、夏休みを使って猛練習した。自分だけでなく施設の子どもたちにも協力してもらった。
プロのようにはいかなくても、前髪を整え、清潔にするだけで見違える容姿になった。夏休み明けから白夜は目立ちはじめた。違和感のない見た目にしたい、という白夜の望みとは真逆の結果になってしまった。
養護施設に帰るやいなや、制服のまま女子部屋のベッドに倒れこんだ。
最近ゲームができていない。買う金もやる時間もない。
おすすめ動画や広告も美容関連ばかり。
「疲れるならやめればいいのに」
養護施設の友だちのミミにいわれた。
「そーゆーわけにゃいかんっしょ。がんばんなきゃ学校で孤立すんじゃん」
「でもヨル、全然楽しそうじゃない」
言葉につまる。
「なんのためにそんなことしてんの」
「だ、だから、それは、学校で」
のどに言葉がひっかかる。
ミミは窓の外の木々を見つめた。
「意味ないよ。どうせあたしら施設育ちじゃん」
「如月さん、養護施設から通ってるってホント?」
中学校の女子トイレで、クラスメイトのひとりに話しかけられた。
「え、や、あ」
鏡の前で硬直してしまう。
彼女は胸の前で両手をあわせた。
「すごいね、施設通いとか。かっこよー」
リアクションできない白夜に彼女は笑いかけた。
「ねぇ今日さ、遊びいってい?」
ミミとのトーク画面。
既読『クラスメイトが施設に遊びにくる!!』
『あそ』
『あたしは外で時間潰しとく』
既読『ミミも一緒に遊ぼうぜ!』
『やだ』
『あんま学校に希望持つなよ』
既読『ミミは卑屈すぎなんだって』
最後に腕を組んでえらそうなマスコットキャラのスタンプが送られてきた。
「こ、ここだけど」
「へぇ、自然に囲まれてるんだ。なんか雰囲気よさげ」
施設の中を案内し、おやつをわけたり、小学生たちも混ざって遊んだり。
遠くの空が赤くなってきたころに彼女は帰った。
「って感じでさあ、マジ貧乏臭かったんだけど」
男女混合グループで彼女は笑って話していた。
「ねぇ、におっとらんよね」
「うわくっさぁ」
「えぇ、マジぃ」
教室の入口で、白夜は立ち尽くす。
笑い声が飛び交っている。
彼女は白夜に気づいた。そしてなにもいわず会話にもどった。
「あはは、でさぁ」