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20話 逢魔時の妖精(ミッドポイント)

 氷水家にキリが不在と知り、帰路についた白夜はふと足をとめた。


 ミセリアくんが外出。なんの用事だろう。


 立ちどまって考える。

 歩きながらスマホをだして発信する。


《ミァハ☆》


 幼いような年老いたような声だった。


《だ〜れっかにゃ〜》


「如月白夜」


《うーん? 知らない名前だにゃ〜。なのになぜか連絡先が登録されてるね〜》


「忍三郎」


 白夜は次元霊によびかけ、


神依(エンセオス)


 次元霊装(ダイモニオン)をまとった。仮面をはずし、わざとあくびして涙をだす。


「“繊月の露雫”」


 手のひらに落ちた涙が真珠の耳飾り(イヤリング)となった。それを耳につけ、仮面をもどす。


「HS機関日本支部代表、益田天(ますだあま)。私はそこの次元者(シビュラ)だ」


《ミァハ☆》


 大声がひびいた。スマホから耳を離す。


《あーあー思いだしたよ〜。白夜ちゃん。どったの、めずしいね〜、まだ満月が昇ってないのに自分から連絡してくるな〜んてさ》


「ナーサティヤにつないで。今すぐ居場所を知りたい人がいるんだけど」


《さがし人? キミがね〜。めずしいことは続くもんだにゃ〜》


「今そっちいる? あと伝木雷牙(でんきらいが)も」


《いるよ〜。今あけてるのは狼牙(ろうが)ちゃんとイグルちゃんだけ〜。だ〜けど〜、ストーカー目的じゃないよねぇ》


「……ちがうけど」


《あやしいにゃ〜》


「うしろめたいことはないって」


《そういうストーカーが一番あぶな》


「いいから早くしろ」


《も〜ノリ悪いにゃ〜、ぶーぶー》


 白夜は通話中のままマンションに入った。


《替わりましたが》


 冷たい声色の女。日本語が少し硬い。


「ナーサティヤ、私、如月白夜」


《……このサボり魔が》


「さがしてほしい人がいる」


《人に要求したいならふだんから働きなさ》


「あたらしい次元者(シビュラ)だ」


 無音のまま通話時間の数字が増える。エレベーターの数字も増える。


《どういうこと》


「くわしい説明はあとで。とにかくイレギュラーなかたちで次元者(シビュラ)になった人がいる。いつも家にいんのに今たずねたらいなかった。無事ならいいけど、念のため居場所を確認したい」


《そういうことは先に》


「昨日までうちに泊めてたからDNAは用意できる」


(キャ)? それって》


 エレベーターがひらく。廊下にでる。


「急ぎ伝木を寄こして。DNA運ばせる」


《ちょっと待って。まだ数時間は夜にならない。星空の下でしか探知は》


「それも伝木に頼めばいい。伝木の効力圏に入ればおまえも高速移動できるだろ。現在時刻が夜中の国に移動すれば問題なし。先方への連絡は益田天にしてもらえば」


《でもそれは》


 玄関の鍵をあける。


「頼む。今度かならずお礼するから」


 部屋に入ってドアをしめる。


《アナタが他人にそこまでいうとは。もしかして大切な人ですか》


「あとでぜんぶ話す」


 ナーサティヤの失笑がきこえた。


了解(ティケ)





 通話がきれる。

 インド系白人のナーサティヤがふりむく。彼女の髪にはアストランティアの花飾りがあった。


「きいていましたか」


「たっくよォ」


 髪の逆立った男が、寝ていたソファから立ちあがる。


「人使いが荒えやつだ」


 伝木雷牙は神依し、野外にでた。


「“疾風迅雷”」


 唱えた瞬間、彼は消えた。


 マンションの前に雷牙があらわれ、白夜からキリのDNAの付着したものが入った密封パックをうけとり、HS機関支部にもどった。密封パックをナーサティヤに渡し、彼女を『情』=共感性の要素の自己効力圏にいれる。神依したナーサティヤはいやそうに手をつなぎ、雷牙の“疾風迅雷”が自分と彼女を夜の世界に連れていく。


 海を渡って陸地につき、星空がよく見える丘の上に到着した。

 ナーサティヤは木の枝で大きな円を描く。


「“星宮(アステル)”」


 ナーサティヤが唱えると、円形にそってドーム状の透明な膜が形成された。

 彼女はふりむいて雷牙に手をかざす。


「कभी मत आना(絶対入るなよ)」


「わってるよ」


(なんていったかわかんねえけど、入るな、とかだろ)


 雷牙はドームを見あげる。


(こんなかに本人以外が入っちゃ能力は使えねえかんな)


 ナーサティヤはドームの中心にすわり、密封パックからだしたDNA付着物と水晶玉をくっつけてならべた。


「“सितारे, मार्गदर्शन करो”(星よ、導きたまえ)」


 透明な膜がチカチカと輝きだす。


「“इकट्ठा हो जाओ, सितारों के बच्चे”(集え、星の子らよ)」


 それらの光が水晶玉に集まる。


「“占星座標(エオスポロス)”」


 水晶玉が輝き、ナーサティヤにのみわかる座標を示した。





 森のなかにある建物の前。

 次元霊装(ダイモニオン)をまとった白夜と雷牙が立ちならんでいた。

 真珠の耳飾りをつけた白夜が“月剣”をふるう。


「“掩蔽星蝕”」


 建物が斬られる代わりに透過する。そこからふたりは突入した。

 次元力(エネルゲイア)をたどり、人が密集している部屋からとびだす。

 部屋には七人。五人の次元者(シビュラ)のほか、キリと彼に手をさしのべる中性的な美人。


「“爆雷”」


 雷牙が放電し、部屋中が爆ぜる。

 煙に覆われるなか、白夜はキリの手をつかんだ。


「ミセリアくん」


 真珠の耳飾りがゆれる。“繊月の露雫”は新月から満月、満月から新月のあいだに各一度だけ使える。このイヤリングをつけて会話した相手の認識阻害をその日だけ解く。

 キリは仮面の奥にある顔を思いだした。


「白夜さん」


「ごめん、ひどいことした」


 キリの手をしっかりにぎる。


「事情はあとで説明する。だから今は、帰ろう」


 キリは迷っていた。躊躇しているあいだに真由良が近づいてくる。

 白夜がキリの腕をつかんでひき寄せ、真由良に剣を突きつける。


「おまえはなんだ」


 真由良の顔には曇りなき微笑がうかんでいた。


「わたしは安理真由良と申します。そちらの氷水桐くんをスカウトしていたところです」


次元者(シビュラ)じゃない人間。まさかこいつ、罪咎義団の日本支部代表か。だとしたら連行すべきか。いや、今はミセリアくんが最優先)


「ミセリアくん、早くいこう」


 白夜に手をひっぱられる。キリは真由良と視線を交わす。

 大鎌が煙を切り裂いた。ふりおろされた大鎌を月剣がはじく。


「たっははははァア」


 次元霊装(ダイモニオン)をまとった章央の高笑い。

 怨霊たちの不協和音に白夜は歯を噛みしめる。そのすきに大鎌がふりおろされる。白夜は床を蹴り、キリを連れて距離をとった。怨霊たちの声には、生前を思わせる言葉もきこえた。

 頭を押さえ、白夜は章央をねめつける。


「おまえ、おまえは……おまえが死神か」


「たははっ、ピーンポーン。正解したアナタには、こいつらの仲間に加わる権利を与えまァす」


 大鎌を月剣でうけ流す。


(なんつう威力。極端な外向性の『纏』か。ただでさえ大鎌はふせぎづらいってのに。しかも)


 怨霊たちの不協和音。


(アレがこっちの動きを阻害しやがる)


 ふわふわと人形がキリに近づく。霊感(ロゴス)でそれを探知した白夜が斬り落とす。


(べつのやつの次元法式(エンテレケイア)か)


 ちらりとキリを見やる。


(守りながら闘るのはきびしい。逃げるすきもない……しかたないか)


 白夜は呼吸のリズムを変える。冷たく章央を見すえた。


(こいつはここで殺す)


 ゴスロリギャルも神依し、


「“天狗の空気銃”」


 と唱えて空気をあやつり、破壊された壁から部屋の煙を排出していく。

 白夜は焦る。


(くそっ、視界が晴れたら五人の次元者(シビュラ)に囲まれる。今は伝木が暴れてひきつけてくれてるが……このままじゃヤバい)


「フェンリル、神依(エンセオス)


 背後でキリが唱えた。次元霊装(ダイモニオン)をまとう。


「“叢雨(スコール)”」


 剣状の水をだし、その剣先を迫る章央にむけた。大量の次元力(エネルゲイア)を投じて瞬発的な威力を強化。


「わぷっ」


 放たれた水圧が章央を押し流した。


「“(ネーベル)”」


 水の剣を解除し、その水分もふくみ、濃密な霧が煙に代わって視界を覆った。キリ以外は霊感(ロゴス)の探知能力も封じられる。

 白夜は無線機を通じて伝木に「この霧は味方の。こっちは対象連れて先逃げるから、もうちょい敵ひきつけてからおまえも撤収しろ」とだけ伝えた。

 キリと白夜はならんで建物からでる。


 霧のなか、騎士のような男が抜刀の構えをとる。神依したあとも空洞の鞘は消えず、


「“不滅剣(デュランダル)”」


 唱えると、まるで最初からあったかのように空洞の鞘に光剣があらわれた。


 爆発的に高まる次元力(エネルゲイア)を背後に感じた白夜は眉毛を一本抜く。


「“月剣”」


 剣をもちながらさけぶ。


「今すぐ思っきりジャンプ。私を信じて」


 地面を蹴る。一瞬遅れてキリもとんだ。


 騎士のような男が不滅剣(デュランダル)を抜刀。


「“聖王剣閃(エクスカリバー)”」


 白夜は自身とキリに刃をむける。


「“掩蔽星蝕”」


 月剣の刃はふたりを斬る代わりに透過効果を付与。

 自由落下するふたりを“聖王剣閃(エクスカリバー)”の光線がすり抜ける。光はそのまま木々の連なる森林を切り拓いた。

 ふたりは無事着地。白夜は冷や汗をかく。


(喰らってたらヤバかった。次元力(エネルゲイア)をぜんぶけずられて逃げきれなかったかも)


 そのまま森を走り、雷牙も“疾風迅雷”で合流した。





「手ごたえがない」


 騎士のような男がつぶやく。

 追おうとした章央を、


「追わないほうが賢明ですよ」


 真由良がとめた。


「あァ、なぜだ」


「おそらく援軍が近くにきているでしょう。逃げなければならないのはわれわれのほうです。ここは捨てなければなりませんね」


 人形に囲まれた小太りの男を見やる。


「津田まろんさん、“妖精大移動(スカンディナヴィア)”で全員を移動させてください」


「了まろ」


 まろんは面倒くさそうに応じた。

 真由良は地平線に近づく太陽に微笑みかける。


「また逢いましょう」





 黄昏の空。

 森を抜けたキリ、白夜、雷牙をむかえたのは、車からおりた二人組の男だった。

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