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2話 仮面女の家でゲームする

 エレベーターは最上階の1個下でとまった。

 好奇心と不安で胸がドキドキする。


「ここが、シュタブレさんの部屋ですか」


「……今さらだけど、ストーカーじゃないよね」


「い、いや、ちがいま……ストーカーの定義によります。自己申告だけじゃ意味ないですよね。凶器はもってないので、確認しますか」


「んーや、いい。凶器なら問題ないから」


 どういう意味だろう。

 たずねようとしたところで玄関の鍵がひらく。ドアをあけてくれた。


「最後のチャンス。今ならぎりぎりまにあうよ」


 そういって彼女はエレベーターのほうを指した。

 キリは一瞬ふりかえり、部屋のほうにふみいった。

 うしろから彼女もくる。

 とびらが閉ざされる。自動で明かりがつく。

 部屋のなかは、めちゃくちゃ汚かった。


「どした。怖気づいちゃった? おかえりはあちらです」


「靴ってぬいだほうがいいですか」


「文字通り土足でふみこむ気か」


「靴下汚れませんか」


「だれの家が汚部屋じゃこら」


「え、これで汚部屋じゃない認識ですか」


「え」


「え」


 ふたりのほかにはゴミと沈黙だけがあった。


「……手本見せるから、ついてきて」


 この惨状は(トラップ)の多い迷宮(ダンジョン)を思いださせた。


「あ、はい。やっぱり靴は」


「ぬいでいただけるとさいわいでございます」


「わ、かりました」


 探索者(シーカー)についていく気分で廊下を歩く。

 リビングはもっとひどかった。畳んでいない衣類、本棚から氾濫した小説やマンガ、食べっぱなしのピザ箱。いろんな臭いが混ざりあう。鼻をつまみ、顔をしかめざるをえない。


「ちがうんだって。あの、えと、だから、ちゃうねんて」


 なにがちがうんだろうか。


「あ、そうだ。で、体質ってなんですか」


 彼女はスペースをあけた。


「かんたんには教えられないねぇ」


「うちにくるなら教えるって」


「ぼうし、とらないの」


 キリは少し逡巡し、おそるおそる、ぼうしをとる。

 銀色の髪があらわになった。


「……その髪」


「生まれつき、だと思います」


 静寂が流れる。彼女はキリに背をむけた。


「私は、ある組織に所属してる。んで、あるべつの組織にねらわれてる」


「……まじめな話ですか」


「大まじめです。妄想じゃないからね。信じるも信じないもあなたしだいです」


「それで」


「キミが敵対組織から送られたスパイかもしれない」


「え、スパイなんですか」


 キリは自分の顔を指さした。


「九割一般人だと思ってるよ。でも会ったばかりで秘密は打ち明けられない。無自覚なスパイもいるしね」


「無自覚なスパイ」


「末端の受け子は荷物の中身を知らない。オレオレ詐欺以外にもそういうのはざらにある」


「なるほど」


「知りすぎるとあぶないよ。おかえりはあちらです」


「……ゲームしませんか」


「はい?」


「あーや、ふつうに、シュタブレさんとゲームしたいっていうか。これもなにかの縁っていうか。あの、まあ、親しくなれば教えてくれるかな、とかもありますけど」


 沈黙がおりる。

 チ、チ、チと時計の秒針が進む。

 彼女は小首をかしげた。


「なにやる」


 貸してもらったノートパソコンを操作する。フレンドにログイン時間がバレないようプライベート設定にし、シュタインブレイドのアカウントとだけ連携した。


「ハンドルネームは、ミセリアっていうんだ」


「あ、はい」


「ミセリアくん、“パンドラ”なんていつ知ったの」


「シュタブレさんの動画きっかけで」


「あーさっきそんなこといってたっけ。でも私、ほかのゲームも配信してるよね。よりにもよってなんで“パンドラ”を。たしかに私はメインでやってるけども、ほかのゲームのがよくない?」


「んーでも、一般ウケはしないけど、ぼくはこれが一番好きなんですよね。グラフィックとかもやばいし、完成度のわりに無料だし。母子家庭にもやさしいっていうか」


「ふーん。ま、私もこれが最推しなんだけど」


「ですよね。どこが好きですか」


「まずリアリティ。オープンワールドでモブAIの自律活動によってプレイヤーと無関係に世界情勢が変わるのとか、端末情報をAIに食べさせればプレイヤー本人の活動傾向から性格を分析して総合的な人格データに基づいてパラメトリック最適化されたステータスがアバターに反映されるのとか。攻撃力とか防御力とかは基礎能力値(サブステータス)で、メインステータスは心理学に基づいて設計され」


 早送り▷▷▷


「自由度だってメインステをオリジナルに設計(プログラミング)できるし、プログラミング技術なくてもプロンプトさえ覚えればだれだってAI使って設計(プログラミング)できるし」


「ただMP総量はかぎりあるから、初心者にオリジナル設計の調整は無理ですよ」


「おすすめAIとプロンプトのコツ教えよっか」


「いや、設定変えたいなら攻略サイトのプロンプトをコピペすればいいし、初期設定の『六素性(ヘクシス)』は使いづらいけど、慣れれば一番使い勝手いいから。シュタブレさんもメインステ『六素性(ヘクシス)』に設定してますよね」


「うん。『六素性(ヘクシス)』よりバランスとれた設計(プログラム)は知らん」


 黒い影のような忍者に金髪イケメンアバターがやられた。


「まったく勝てねえ」


「なはは、世界ランク4位は伊達じゃねえぜ」


「ちょっとは手加減してくれません」


「オレの辞書に接待プレイという文字はねえ」


「中学生相手にひどい」


 中学校に一度もいっていない人間を中学生とよべるのかはおいておいて。


「ゲームではいつでも全力プレイだぜ、じっちゃんの名にかけて」


 そうだった。この人はシュタインブレイドだった。


 時刻は午後2時近く。おなかがすいてきた。


「あ、昼どうしよう」


「食べてく?」


「つくれるんですか」


「なわけないじゃん」


「ですよね」


 さっきコンビニで買いこんでいたのを思いだした。


「ウーバーでなんか頼んでいいよ。奢っちゃる」



 時計は午後4時近くを示す。


「あ、そろそろ帰らなきゃ」


「おーもうこんな時間か」


 キリは立ちあがった。


「昼ごはん、ありがとうございました」


「ええんじゃよ。金はあまっとるし」


 キリは仮面を見つめる。

 結局、素顔は見せてくれなかった。


「あの」


「ん」


「あ、また、きてもいいですか」


 チ、チ、チと秒針がまわる。仮面の奥の表情は見えない。


「ミセリアくん、キミはもうここにはこれないよ」

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