18話 罪咎義団
とっさに立ちあがって構える。
早く伝えなきゃ。だれに。警察にいってもわかんないだろうし。あれ、なんだっけ、伝えるべき人がいたような気がするんだけど。いや、今はそんなことより。
神依を唱えようとするが、ここが自宅だと気づいて躊躇する。
「神依は感情の理性のバランス。そんなんじゃあ無理だぜ」
おびただしい数の怨霊を前にキリの手はふるえていた。
「そう警戒すんなよ。なんであえて正体を明かしたと思う」
「……今から殺すから」
「ちげえよ。勧誘だってさっきいったろ」
「勧誘」
「オレを次元者にしてくれた組織にな」
「組織」
章央が笑む。
「罪咎義団ってんだが」
手をさしだされた。
「なあ、オレらの仲間になれよ」
「……断ったら」
「なぜ断る?」
「連続殺人犯にさそわれて断らない人間がいる?」
「たっははは、そりゃそうか」
するどい眼光がこちらを射る。
「なあ、おまえはこの世界が生きづれえとは思わねえか」
「……なんの話」
「自由に生きてえとは思わねえか。社会のしがらみにがんじがらめにされたまま死にたかァねえだろ」
言葉につまる。
「しばられる必要はねえんだよ。オレもオマエも次元者だろ。人間のルールにとらわれんな。生きてえように生きりゃいい。オレらにはその力がある。力をねじ伏せられる力が」
沈黙。互いの視線がぶつかる。
「仲間になれ、ミセリア」
みたび手をさしだされた。
「キリくんよ、もしなにをしても罪に問われなかったら、オマエがほんとうにしてえことはなんだ」
ドクンと鼓動が鳴る。胸を押さえる。
「は、犯罪はだめだろ。と、とくに人殺しなんて」
「知らねえだれかが勝手に決めたルールだろ。犯罪ってのは捕まんなきゃ犯罪じゃねえしな」
「へ、屁理屈だ。自分の家族が殺されても同じこといえんのか」
「たははっ、そりゃ家族がいねえやつには関係ねえともいえるな」
「……家族じゃなくても、自分の大切な人が」
「あァ、おまえはまだ幸せなんだな」
「なにを」
「デスゲイズ、神依」
章央が次元霊装をまとう。
「フェンリル、神依」
キリも同様の構え。しかし乱れてうまくいかない。
「“死神の鎌”」
章央が唱え、人の背丈を超える大鎌があらわれた。
「こいつが」
章央が親指で背後霊たちを指す。
「こいつら全員の首を斬った。次のニュースはどうなるだろうな」
キリは青ざめる。
「キリくん、有名人になってみるか」
その瞬間、ふるえがとまった。神依が完成する。
鎌をもった死神をねめつける。
「たはは冗談だって」
死神は笑って大鎌を消した。
「コミュ障っぽいもんなァ、キリくん、カメラに囲まれて目立つのはいやだよな。わかったよ、無理やりテレビに売りこみはしねえ。代わりといっちゃあなんだが、今からちょっとオレと散歩してくんねえかな」
キリは沈黙を続ける。
「たまには気分転換も大事なんだよ。ずっと家に閉じこもっていると心もふさぎこんでしまうからね。散歩をすれば学校にいくハードルも低くなるかもしれない」
突然スクールカウンセラーの顔になった。
「どうだろう、いっしょにそこらへんを歩きながら話さない。ついでに学校にもいけたらいってみよう。今日は人がいないから気楽だと思うよ。お母さまにはそう伝えればいい」
今となっては胡散臭い微笑みをたたえていた。
「キリをよろしくお願いします」
「はい、お任せください。もし帰りが遅くなれば、かならずご連絡いたしますので」
玄関で母と章央が話す。章央もキリも神依を解いていた。
今、背後から奇襲しても反応される。なんとなくそういうのがわかるようになった。
母がキリを見る。
「じゃあ気をつけてね」
なんでもない言葉。だけど。
「うん」
これは誓いだ。絶対生きて帰ってきます、略して。
「いってきます」
いつも挨拶なんてしない息子の言葉に、母は少し驚いたように、うれしそうに笑った。
「いってらっしゃい」
昼間の道路をならんで歩く。
「どこいくつもり」
「すぐそこ」
小学生の通学路にある空き家で立ちどまった。
「こんなかだ」
「え、ここ」
キリから先に侵入させられる。
おんぼろの床に人形が落ちていた。
あとから入った章央がキリの手首をつかみ、落ちていた人形を拾った。
「連れてきたぜ」
人形に話しかけた。
気が狂ったのかと思ったが、人形と章央とともにキリはその場から消えた。
べつの人形があらわれ、ぽとりと落ちた。
突然景色を替えられ、脳が混乱する。こみあげてきた吐き気をこらえる。
「きゃはっ、マジで連れてきた、ウケる〜」
二十歳前後の女だった。メイクやネイル、つけまつ毛やその他装飾品を全身に装備し、雰囲気とミスマッチなのに妙に似合ったゴスロリ衣装。装飾品が多すぎて目立たないが、右手の中指に巫珠の指輪もつけている。頭には画風の異なる二頭身平面の、クジャクのような虹色の飾り羽をひろげた、天狗のようなカラスがのっていた。
どこともしれない室内に、ほかにも三人。全員が巫珠の指輪をつけている。
鎧のない騎士みたいな無表情の男。次元霊は腰にある剣不在の二次元鞘。
ぷかぷかうかぶ人形に囲まれ、人形と話している小太りの男。次元霊は二頭身平面の妖精。
目立った特徴のない不安げな中年男性。次元霊は二頭身平面のコウモリ。
ぜんぶで五人。勝ち目も逃げ場もない。
背中を強めにただかれた。
「きゃははっ、なぁに陰気くさい顔してんの。ウケる〜」
「まだ警戒してんのか。オレらは敵じゃねえって」
連続殺人鬼がなにいってるやがる。
「オマエはかならず仲間になる」
そんなわけ。
足音がひびいた。
「はじめまして、ミセリアさん。あるいは氷水桐さん」
六人目。服装から肌までが純白に統一された、年齢不詳の中性的な銀髪美人だった。その手に巫珠の指輪はなく、近くに次元霊も見あたらない。
「罪咎義団の日本代表をしております。安理真由良と申します」
安理真由良はやわらかく微笑んだ。
「日本代表といっても、めざしているのはオリンピックでなく、世界の終焉なのですけれど」
★
空が赤くなる前の夕方。
チャイムが鳴り、はるひがインターホンにでた。
「はい」
《あ、あの、ここって、その、氷水さんのお宅でまちがいないでしょうか》
室内機の画面に映っていたのは、仮面をかぶった白夜だった。