17話 スクールカウンセラー
キリは握手に応じず、章央は手をさげた。
「はは、まだ警戒されちゃってるかな」
「どうぞ、あがってください」
「ああ、ありがとうございます」
章央が靴をぬぐ。
キリは先にリビングにむかう。
(ぐうぜん? ぼくが次元者だと知ってる?)
ポケットの指輪を意識する。これをはめなきゃこっちの次元霊は視えないはず。どうやって知ったんだ。やっぱりぐうぜんか。敵か味方か。
母が右隣にすわり、その正面の席に章央がついた。
とりあえず隠す。出方を見る。
最近学校はどういう感じか、といったことが母と章央のあいだで話されたあと、
「お母さん、もしよろしければ席をはずしていただけないでしょうか」
章央がキリを見やる。
「お母さんがいると話しづらいこともあるでしょうし」
母もキリに目をやる。
「ひとりでいい?」
キリは少し考えてから、うなずいた。
「たぶん」
母が章央を見る。
「わかりました。わたしは部屋にもどります」
それからキリにいった。
「無理そうだったらよんで」
「ん」
母がリビングをあとにする。
章央がキリを見すえる。
「では早速、本題に入ろうか。キミも次元者なんだよね」
動揺を緊張の裏に隠す。
「なんですか。シビュラ?」
「隠す必要はない。すべて知っているよ、ミセリアくん」
思わず目をみはった。
「ダーウィーズという名前にききおぼえは」
――エルシャライムの王ダーウィーズの名において。
この指輪を渡したNPCがそういっていた。
「彼は私の友人なんだよ」
「……相手はNPCですよね」
「キミは、あの世界の真実を知らないのかい」
顔がこわばる。
「そのようすだと知っているようだね。“パンドラ”のNPCがある意味で本物の人間だということも」
「……でもAIです」
「AIと人間のちがいはどこにある。自由意思とか魂なんていう虚構はなしだ。AIが深層学習したデータをもとに意思決定するように、人間も遺伝子と経験から深層学習したデータをもとに、刺激に応じて神経伝達物質やホルモンを分泌し、それによってあらゆる行動が決まる。“パンドラ”のNPCに関しては遺伝子などのデータもそなえる。ふつうのAIとは生まれかたが異なり、われわれと同じく両親から生まれているからだ。しかも彼らの血をたどれば、われわれの先祖と同じ遺伝子にたどりつく。さらにいえば、もしこの世界もシミュレーションだとしたらどうする。キミも私も人間でなくなるのか」
キリは黙す。
「とにかく、キミのことは彼からきいている。ただわからないこともあるんだ。ダーウィーズがキミを見つけるには、キミがフルダイブでログインしなければならなかった。この家にフルダイブ機器があるとは思えない。どこからログインしたんだい」
「……そんなの教える必要ないですよね」
「はは、スクールカウンセラーにはね。だが私は今日、キミを勧誘しにきたんだよ」
「勧誘……」
「指輪をはめてみるといい」
警戒しながら指輪をとりだし、右手の中指にはめる。
二頭身平面のフェンリル。同じく二頭身平面の、四本の鎌をもったサソリに似た次元霊が視えた。大きな口がニィと笑み、左眼はにっこり、右眼は五芒星のかたち。
「視えたようだね、デスゲイズが」
「デスゲイズ?」
「私の次元霊の名前だよ。じゃあ霊感を使ってみたまえ」
おそるおそる霊感の眼で章央を見る。
その瞬間、彼の背後に禍々しい怨霊たちがあらわれた。おびただしい数の怨霊たちの不協和音が霊感の耳にひびく。年齢性別バラバラな彼らの怨念が、その感情の波が、キリの脳裏を駆けめぐる。
呆然としたキリは、真っ白な思考のなかでひらめいた。
まさか。
答えあわせをするかのように章央が笑んだ。
「オレが『死神』だ」
連続殺人鬼。