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16話 喧嘩別れ、そして……

「ぐぅっ」


 尻もちをついたキリと対照的に、立ちあがった白夜は落ちた仮面を拾った。憤怒に満ちた表情は覆われたが、全身からほとばる殺気は隠しきれていない。

 キリはふるえながらなんとか声を発する。


「あ、わ、わ、わかりました。わかりました。で、でてきますから」


 声に少し涙がにじんだ。涙をこぼすのはこらえた。本気で殺されるかと思い、会話の試みは断念した。部屋にもどって荷物をまとめた。


 玄関にむかう途中、リビングに立ったまま動かない白夜のうしろすがたを見た。


 カチャリと玄関ドアが閉じる。

 エントランスから外にでる。オートロックの自動ドアが閉ざされた。

 高層マンションの影が覆いかぶさる。それを見あげる。

 空には太陽が輝いていた。





「お、どうした、もう帰ってきたんか」


 ソファにすわって刑事ドラマを観ながら祖父がいった。


「おかえり。早かったですね」


 といったのは椅子にすわる祖母だった。

 キリはどちらにも視線をあわせない。


「キリ、おばあちゃん、おかえりっていっとるがね」


「ほんなんいいって」


「キリぃい」


 無視して階段にむかう。祖父は続ける。


「おい、昼食はこっちで食べるんか。はよ帰るんなら先にいっとかんと。おばあちゃんご飯の用意せにゃかんのわかっとるんか」


「っせぇ」


「うぉい、聞いとんのか。少しは太陽を見習ったらどうなんだ、ん?」


 頭が沸騰した。


「っせえんだよ老害がっ」


「なっなんだその口の利きかたは。おい、キリぃい」


 部屋に駆けこんで鍵をしめた。ドアをたたかれる。


「キリぃい。そうやってすぐ閉じこもる。いいたいことがあるならはっきりいわにゃかんだろう」


 いってもわからねえだろうが。

 ドアを強くたたかれる。


「きいとんのか。うぉい、出てこぉい」


 キリはヘッドフォンをつける。大音量でスマホゲームをはじめる。


 ――だれにも見られず、ふれられず、雑音に悩まされることもない。静かな世界。


 月のように、透明に。





 はるひは玄関の鍵をしめた。キリの靴があった。


「はるちゃん、おかえり」


 ふたりぶんの夕飯を準備しながら母がいった。


「ただいま。お母さん、キリ帰ってきてるの」


「部屋でゲームやっとるんだろ」


 不機嫌そうにいったのは父だった。

 こりゃなにかあったな、とはるひは察する。ひそかにため息をもらす。


「そうなんだ。帰るの早かったんだね」


「昼前に帰ってきたぞ」


「え、そうなの」


 このふたりがいるかもしれないのに帰ってきた。あっちでもなにかあったのかな。もしトラブルがあって帰ってきたとして、落ちこんでるところに小言をいわれたら。

 はるひは父母を見つめる。


(ほんと厄介だわ、この人たち。すぐいらんこというもんなあ)


 荷物をおろして手洗いうがい。着替える前にキリの部屋へむかった。

 コンコンとドアをたたく。


「キリ、ただいま」


 返事はない。


「今いい。明日のことなんだけど」


 返事はない。


「キリ、起きてる。でてこなくてもいいから、なにか返事してほしいんだけど」


 スマホが鳴る。キリからのメッセージだった。


『なに』


 とだけ。起きてはいるらしい。


「明日のことだけど、中学からあたしいスクールカウンセラーの人がきてくれるっていうんだけど、どう?」


 スマホに通知がきた。


『スクールカウンセラー?』


「先生とか生徒の心理面をサポートする人。前に保健室で話した眼鏡の人おぼえてない? あれは感じ悪かったけど、今回の人は電話で話した感じ、いい人そうだったよ」


 沈黙がかえってくる。


「無理そうなら断ってもいいからね。くるの昼過ぎにしてもらったから、明日の朝に『やっぱり無理そうです』って連絡すればいいから」


 返事はない。


「夕飯はいっしょに食べれるかな、ママと太陽と」


 返事はない。

 はるひは大きなハートをもったスタンプを送った。


「用意できたらよびにくるね。またあとでね」





 母の足音が遠ざかる。

 キリはベッドで寝転がり、無表情でゲーム実況動画を見つめる。



 月がしずみ、闇夜がきて、太陽がのぼる。


 ――3日前――


 カーテンの隙間から朝日が射す。

 キリは大きくあくびした。カーテンをあける。


「あ、アラームセットしわすれてた……ん。いや、いつもアラームなんかセットしてないじゃん」


 寝ぼけてるんだろうか。頭をふり、スマホを見る。まだ8時になっていない。

 昨日はゲームする気分じゃなかったから、動画を流してるあいだに寝落ちしたんだっけ。


 トイレにいき、一階におりる。

 リビングには祖母と太陽がいた。


「おはよう」


 祖母がいうと、太陽もこちらに気づいてスマホから目をはずした。


「あ、はよ、キリ兄。今日は早いな」


 無視してお茶を飲む。


「おじいちゃんは散歩いってます」


 祖母がいった。

 きいてねえし。どうでもいいし。


「キリくん、りんごいりますか」


「……いらん」


「おにぎり小さめでよかった?」


 うなずくだけで答える。

 アニメを観ながらソファでおにぎりを食べる。

 祖母の視線を感じる。


「これなんてアニメですか」


「うっさい。きこえなくなる」


「あーこれは」太陽が教えた。「っていう漫画原作のやつなんだけど」


 視聴中に母がおりてきた。


「はるちゃん、おはよう」


「おはよう」


「母さん、はよっす」


「はよっす」


 母の視線に気づかないふりをする。


「キリ、はよっす」


 きこえないふりをする。


「どう、今日」


「はるちゃんはりんごいりますか」


「うん、いる」


「おにぎり温めますか」


「あーもう自分でやるからちょっと静かにして」


「ばあちゃん、お口チャックタイム」


 太陽が口をしめるしぐさをした。

 はいはい、と祖母は不服そうに口を閉じ、眼鏡をかけて新聞を読みはじめた。


 冷たいおにぎりに海苔を巻いた母がとなりにすわってきた。


「で、キリ、どう。きてもらっていいならいいけど、もし断るなら、昼すぎからいいですよっていってあるから、早めにいってもらったほうがいいんだけど」


 沈黙を続ける。


「太陽は、今日も友だちと遊ぶ約束してるんでしょ」


「まあ」


「だから太陽もいないし、おじいちゃんとおばあちゃんは部屋にいてもらう。おーい、聞いてる?」


「ちょっと黙って。考えてる」


「それなら早くそういってよ」


「だから今いったんじゃん」


 ムカついてきた。一回話してみようと思ってたけど、やっぱりやめたくなってきた。


「きてもらうだけきてもらう? 話すかどうかはそのとき決めればいいから」


 からになった皿を見つめる。


「それでいい?」


 キリはしぶしぶうなずいた。


「どっち」


「だからそれでいいって」


「ちゃんといわなきゃわかんないよ」


「だから今いったんだろうが」


 空気がピリつく。これ以上はけんかになると思った。


「ちょっとトイレ」


「なんで急に怒ってんの」


「そっちが先に怒ったんだろ」


 母がなにかいっているのを無視してリビングをあとにした。



 影のむきが変わる。

 チャイムが鳴った。キリは緊張で硬くなる。


「はーい」


 母がインターホンにでた。


「あーはい、はいそうです。少々お待ちください」


 インターホンをきる。

 母の視線。心臓がバクバクする。深呼吸。


「キリ、いけそう?」


 鼓動がうるさい。いやだ。やめろ。そうささやく。

 やっぱりやめよう。今回もどうせ無理だ。学校にいこうとして、やっぱ無理ってことをくりかえしたみたいに。そう思っていた。なのに。


 一時停止したアニメのエンディング曲。

 夜の星空に三日月のイラストが描かれていた。

 なぜだろう。それを見ていると、


「……いける」


 どこからか勇気がわいてきた。



 母が玄関をあけた。


「こんにちは」


「こんにちは。どうも、はじめまして」


 若いスーツの男は視線をこちらに移した。


「そちらがキリくん、ですかね」


「あ、はい、そうです」


 母が答えると、スーツの男は笑みをたたえた。


「こんにちは、キリくん、新しく弥生中学のスクールカウンセラーに赴任した山崎章央(あきお)です」


 キリは答えない。動揺を押し隠す。

 さっきまでの緊張は消え、べつの緊張に置き換わっていた。


「今日は話をうかがいにきました。よろしくね」


 山崎章央と名乗った男が右手をさしだす。

 その中指には、巫珠の指輪がはめられていた。





 白夜はトイレで吐く。

 流したあと、鏡を見ないように手洗いうがい。

 暗い眼差しで顔を押さえ、痕が残らない力で、ひたいから頬にかけて自分をひっかく。


 キリのおびえた表情がひらめいた。


 自分の頭を自分でなぐる。


「くそ。バカタレが」

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