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15話 月影

 霧に包まれた白夜は『刻』の要素の霊感(ロゴス)を使うが。


次元力(エネルゲイア)を探知できない。霊感も妨害するわけね、やるじゃん)


 キリは背後にまわりこんだ。


(技名を詠唱すれば霊感妨害が付与される。逆にこっちは霧に身体拡張してるから、肌にふれるみたいに相手の位置がわかる。地味な水属性でも応用すれば)


 そのとき背中を押されたようにつんのめった。転倒はまぬがれたが、急速に霧が晴れていく。


「強力だけどそのぶん効力圏をせまくしたわけね」


 白夜が弓をもっていた。


「“弦月の秤動弓”」


 足もとに矢が刺さり、その矢に霧がひき寄せられ、視界の曇りは消えた。


「この矢が強い引力を生じさせる」


 弓矢を消した白夜は、ふりかえって床を蹴った。キリの至近で手に次元力(エネルゲイア)をまとう。


 ――『纏』は外向性。外向的だと攻撃力、内向的だと防御力が高い。脳の最適覚醒度って知ってる? 外部刺激を感覚器官が受容して、快を感じると中枢神経が覚醒する。そしたら報酬系の神経伝達物質ドーパミンとかねが分泌されて、そっちに身体を動かせって指令するんだけど、鈍感な人は覚醒度が足りなくて強い刺激を求める。だから外向的になる。敏感な人は刺激に対して大脳皮質が興奮しすぎる。だから内向的になる。


(私もミセリアくんも内向寄り。けっこう強めになぐってもだいじょうぶなはず。加減ミスっても神依してるし、あんま痛くないし怪我してもすぐ治るっしょ)



「ごめんなちゃい。私、手加減苦手だったわ」


 仰向けのキリは天井を見つめ、ため息をつく。


「全然試合になんなかったじゃないですか。もうちょい手加減してくださいよ。次元力(エネルゲイア)?ってやつごっそりけずられて立てなくなったし」


「マジごめんて。おわびに膝枕してあげてるじゃん」


「べつに、こんなの、ふつうだし」


「んー? おやぁ、なになに、ミセリアくん、まんざらでもないんじゃないのぉ」


 キリは寝返りを打って視線をそらす。


「中学生からかって楽しいですか。学校いってないけど」


「うん楽しい」


 白夜の脇腹をつかみ、くすぐり攻撃をしかける。


「ひゃうっ、うひっ、ひゃ、ちょ、やめっ、んっ」


 蹴り落とされた。

 白夜は呼吸を調える。キリは床で仰向けになる。


「……帰るの明日なのに、まだなにも教えてもらってないですよ」


 キリは天井を見つめる。


「なんでそんな強いんですか。いつから次元者(シビュラ)になったんですか」


 沈黙。


「その強さって他人に認識されないのと引き換えなのもありますよね。デメリットでかすぎませんか。強さと引き換えにしてもさすがに。なんでそんな設定にしたんですか。思いだせるようになってきたけど、それは泊まりにきてるからで、帰ったらわすれる気がするし」


「あえてそうしたわけじゃない。次元法式(エンテレケイア)には次元者(シビュラ)の無意識がそのまま投影される。技名とか効果とかは心理状態に左右される。意識的に決めたっていうのは錯覚。だからこの代償は、私自身の望みのあらわれってこと」


「望みって」


 仮面を見すえる。感情は読みとれない。


「透明になりたかったんだ。月影みたいにさ」


「月影?」


「月って自分じゃ光れないでしょ、太陽の光を反射してるだけで。だからさ、みんなは月を見てるんじゃない。月影なんだよ。月自身は透明。暗闇のなかでひとりぼっち。だれにも見られず、ふれられず、雑音に悩まされることもない。静かな世界をただよっている」


 このときの彼女は、どんな顔をしてたんだろう。


「なはは。変な話しちゃった。そろそろ立てる? 続きはまた明日、回復したらやろ」



 夜、ふたりは部屋でゲームをしていた。


「あ、そうだ。ちょっとこっちのエリアきて」


 シュタインブレイドからプライベートエリアの招待メールがきた。


「え、なに」


「いいから」


 HS機関支部で招待をうけ、転送された。


「で、なんですか」


「これあげるよ」


 忍者アバターから栞のようなものをもらう。


「なにこれ」


「押し花、ってわかる?」


「保育園でやったことありますけど」


 よく見るときれいな花だった。


「なんの花ですか」


「翡翠葛」


「ひすい……」


「ミセリアくんの苗字、ヒスイ、だったよね」


「え、あ、はい」


「だからちょうどさ、帰る前にプレゼントっていうか」


「……押し花って、なんかちょっと意外」


「おばあちゃんが好きだったんだよね、押し花」


「あー」


「翡翠葛も好きだったんだけど、翡翠葛って押し花にできないらしくて」


「え、なんで」


「なんかすぐ色落ちちゃうらしい」


「へえ……ん、じゃあなんでこれ」


「“パンドラ”のオーバーテクノロジー。劣化せずに保存できるやつで押し花やってみたらできた」


「あー」


「だからちょっと特別な思い出っていうか、ヒスイつながりなのもなんか運命的だし、なんとなくキミにあげたいなって思ったんだよね」


 キリはゲーム画面の押し花を見つめた。


「あ、ありがとう」





 ――4日前――


 目覚ましアラームをとめる。金曜日。

 キリは目をぱちくりする。知らない部屋。


「あーああ、そうだ、ゲーム友だち……シュタブレさん、ここは白夜さんちだ」


 小刻みにセットされたアラームをすべてオフにする。


「かんたんに思いだせた。免疫ついてたりするのかな」


 リビングにいく。


「あれ」


 白夜のすがたがない。最初の朝以降、わすれていても思いだせるように、キリより先に早起きするようにしていたはずなのに。

 お茶を飲み、彼女が起きてくるまでアニメを観てようとソファにむかう。


「どわ」


 ソファで白夜が寝ていた。


「びっくりした」


 ドキドキと鼓動が鳴る。

 連続で早起きしすぎて寝不足だったんだろうか。ふだんは遅起きしてそうだし。

 起こすため肩に手をかけようとして、仮面に目がとまった。

 呼吸にあわせて肩が上下している。


 ……今なら。


 おそるおそる手をのばす。仮面をとる。

 時が止まるような感覚に襲われた。


(これまでだれかを、三次元の人間を、カワイイとか、カッコイイとか、思ったことはなかった)


 静かな寝息。


(生まれてはじめて)


 瞳がひらかれる。まるで世界がはじまるように。


(人を、キレイだと思った)


 眠たげな翠眼がキリを見やった。


「んーあぁ、寝ちゃってたかぁ」


 その視線が、キリの手にある仮面でとまった。

 はっとして白夜は自分の顔に手をやる。仮面をつけていないことがわかる。瞳が見開かれる。


「あ、あの、これは」


「……てけ」


「え」


 翠色のするどい眼光に射られる。


「出てけ」


「や、ちょっと待っ」


「出てけえええっっ」


 薙ぐようにこぶしがふるわれ、とっさに腕で防御したキリをなぐり飛ばした。

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