13話 ぼくの能力は水属性でした
脳の処理が遅れる。
理解が追いつくのを待たずに白夜は続けた。
「で、最近だれかがウェブバースの存在に気づいて、どういう経緯なのかゲーム化して、加速がとまって、あっちとこっちの時間は平行になった。数万年間で文明は滅んだり再生したり変容したりしたらしいけど、こっちの世界に存在しないテクノロジーも生まれたわけで、そういういわくつきのゲームだから、まあゲーム内の設定が現象化するのもありえなくはない」
「……マジな話ですか」
「らしいよ。私もきいた話だから断言はできんけど」
「ゲーム化したのはなんでですか」
「んーなんかいろいろあったらしいけど、くわしいこと知ってる関係者はみんな死んじゃったらしい。計画発案者に伊藤って日本人もいたらしいね。HS機関日本支部の代表はなんか知ってる可能性もある。生前の伊藤さんを知ってるっぽいし」
「HS機関日本支部?」
「あーうん、私の所属してる組織」
「現実にもあるんですか」
「まあ。ゲームみたいに支部間の転移とかは無理だけど」
「あ、そうなんだ」
「所属してるといっても信頼してるわけじゃないけどね」
「え、なんで」
「……深い理由はないよ。満月の日以外会うことないし」
ぽっかり穴のあいたような静寂が流れた。
白夜はとっさに口をひらく。
「あーと、だから要するに、あの世界は本物なわけ。だからNPCは勝手に動くし、プレイヤーがいないあいだにクエストが発生したり終わったりする。キミを召喚?して巫珠の指輪を渡したNPCも自分の意思で動いてる。どうやったか知らんけど、なんかしらの目的があってキミを次元者にしたってわけね」
「てことは、え、ぼくもゲームみたいな力が使えるってことですか」
「えっ、あ、うん」
「おおお。どうやったら使えるんですか」
「んーと……力の流れみたいなものは感じない?」
「力の流れ」
「次元力っていうんだけど、次元霊から巫珠の指輪を介して今も全身にめぐってるはず。じゃなきゃ次元霊は視えないからね。次元霊が種だとしたら、巫珠の指輪がそれを植える土で、開花したものが次元力って感じ」
キリは目をつむった。イラストみたいな生きもの(かどうかもわからないもの)が違和感すぎて意識しないようにしていたけど、そっちに集中してみる。
「あ、たしかに、なんか感じます」
「でしょ。そんでその力の行使が次元法式。花でたとえると、だれかに贈ったり、虫に蜜を吸わせたり、花粉を飛ばしたり、二酸化炭素を吸って酸素を吐いたり。まあ存在意義っていうか、目的達成することね。この世のすべては相互作用しあってるから、ほかのものに影響を与えない存在はありえない。次元法式はその影響力みたいなもん」
存在意義。影響力。
そんなもの自分にはないんじゃないか。
いや、今はそんなこと関係ない。考えるな。それに。
まぶたに力をこめる。こぶしをにぎりしめる。
特別な力があれば、その力で存在証明できるかもしれない。
「ここ室内だからいきなりぶっ放さないでね」
「あ、はい」
じゃあ、チョロっとだすイメージで。
だれもいない広い空間に手をかざす。
なんとなく感覚でわかる。手のひらにむかって次元力を次元法式に集束して。
キリは目をひらいた。
(生まれてきた意味がほしい)
チョロっと水がでた。床をぬらす。
ベランダに小鳥がとまり、チュンチュンと鳴いた。
白夜が仮面を押さえ、身をふるわせる。
「ふっ、くく」
「おいそこ笑うな」
「なはははは、だって水鉄砲……ふっ、くふふっ」
「それは抑えたからだし」
キリは口をとがらせる。ため息をつく。
「でも水属性か。ハズレじゃん」
「はぁあ、はらいた」
白夜は腹をさする。
「やーけど心配いらんよ。能力自体に優劣はないから」
「え、そうなの」
「能力を活かすも殺すも使い手しだい。ノーフリーランチの定理だよ。無料の飯はない。どんなことにも相応のコストはかかる。大きな力には大きなコスト。今ある資源からふりわけた費用が結果と等価交換される。強い能力がほしいなら相応のリスクを覚悟しなきゃね。資源を増やすには心身を鍛えること。心身が光や水みたいな栄養素だとして、良質な栄養素をやれば良質な花が育つわけで、綺麗になったり蜜がおいしくなったりするでしょ。それと同じで心身の質が次元力の質を高めて次元法式を強くするわけ」
「どうやって鍛えたら」
「からだは地道な筋トレと有酸素運動。ウォーキングとかジョギングとか」
「うえぇ」
「強くなりたいなら苦労から逃げないことだね。努力せず逃げ続けて現状維持することも否定はしない。結果的に努力と現状維持のどっちが楽かは自分で決めることだし」
「現実は残酷だ」
「んで、心は力技で成長するもんじゃないから、できることは心理学を知って自分のパーソナリティに最適な能力設定をすることだけ」
「え、なんて」
「自分のパーソナリティ。性格を構成する要素」
「それって」
「端末情報をAIに読みこませて、プレイヤーの活動傾向から人格データを構築して、パラメトリック最適化された“パンドラ”のメインステータス。六素性に基づいて能力設定する」
「六素性ってことは」
キリはパソコンをひらいて“パンドラ”のメインステータス画面をだした。
「これですよね」
①『纏』=外向性(外向的⇔内向的)
②『殻』=繊細性(楽観的⇔悲観的)
③『絆』=同調性(社会的⇔個人的)
④『情』=共感性(同情的⇔自閉的)
⑤『律』=堅実性(感情的⇔理性的)
⑥『刻』=開放性(開放的⇔閉鎖的)
「そそ。まずは『刻』――技名とかを決める要素」
「おぉ、技名」
「人間は名前を定義しないとモノを識別できない。感覚器官が受容した刺激をタグづけして、ある構造物として認識することをゲシュタルトという」
「ゲシュタルトタグとかゲシュタルト崩壊ってそれか」
「だから次元法式に技名をつけて、次元力をゲシュタルト的に認識すれば」
白夜は自分の眉毛を一本抜いた。
「“月剣”」
その眉毛が剣になって現象化した。
「こんな感じよ」
「おおすげええ」
「あぶないから消すね」
剣が粒子となって消えた。
「わお」
「『刻』はPCのフォルダみたいなもの。なにも決めてない状態の次元力は、PC画面にファイルが散らばってるのと同じでゲシュタルトの形成が不充分。だからフォルダをつくってファイルをグループ化、レイヤー化する。そうすればすぐにひっぱってこれて、作業が効率化するでしょ」
「ですね」
「同じように技名を定義して、具体的なイメージを形成しておけば、とっさに技がだせる。技名とか呪文を唱えるか唱えないかで威力や効果のレイヤーもつくれるし」
「ほお」
「ただゲシュタルトは固定観念でもあるから、増やしすぎると思考の自由度が減っちゃう。そしたら想像力が低下して、想定外に対応できなくなるから注意ね。思考の不自由はレッテルを強めて差別とか迫害になる。効率化は盲点を増やすことでもあるんだよ」
「なるほど」
「よーし」
白夜がピースした。
「それじゃあ今日から、私と夜の運動をしよう」
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