12話 ウェブバース
からになったコップを置く。
ダイニングキッチンのテーブルをはさんでキリと白夜はむかいあっていた。
「で、これなんですか。それも」
二頭身平面の狼とカメレオンを指さす。
白夜はひじをついて仮面を押さえた。
「こっちもききたいことあるんだけど、先にそれ説明したほうがいいよねぇ」
「そりゃ」
「んーとねぇ……こいつらは次元霊っていう精霊みたいなもので、“パンドラ”の影霊と同じやつ」
「影霊と同じ」
「犠式によって影霊界とリンクした人間にとり憑いて巫子の力を与えるやつ。影霊界は知ってるよね」
「人間の『思う』から生まれた生成的実相次元だっけ」
「そそ。実在的実相次元の真界が投影されたやつ」
「それゲームの設定ですよね」
「ゲームなんだけど、特定の条件がそろえば現実世界にも適応されるんだよね」
「は?」
「だからキミは現実世界でも次元者になったわけなんだけど」
「い、いやいやいや」
「性質的には巫子と同じだけど」
「ちょっと待って。どういうこと」
「それはこっちのセリフなんだよねぇ」
「は?」
「現実世界で次元者になる方法はひとつしかない。ゲーム内の神託教会で犠式して、影霊に名前をつけて契約したあと、現実世界で遺伝子組み換え手術をうける。DNAの塩基配列に特定のパターンをプログラムして、決まった分子配列をコードしないと巫珠の指輪は現象化しない」
「巫珠ってなんですか」
「影霊と巫子をつなぐインターフェース的なの。現象化すれば次元霊と次元者をリンクさせる。それね」
白夜がキリの指輪を指す。宝石がきらめく。
「じゃあ、はずせば視えなくなる」
「うん」
試しにはずしてみた。
「わ、マジで視えなくなった」
つけなおす。
「おわ」
二頭身平面の狼とカメレオンがあらわれた。
「ビビった。なんじゃこりゃ、すご」
「それを現象化させるには、さっきもいったけど遺伝子組み換えしなきゃいけない」
「え、でも、なんもやってないですよ」
「だからどうなってんのってわけ。ゲーム内で影霊とリンクして巫子になるのは巫珠の指輪を現象化しなくてもできる。けど次元霊とリンクして次元者になるには遺伝子組み換えが必須のはず。なんで巫珠の指輪もってんの」
「さ、さあ。犠式とかもしてないし」
「さっき消えたあとしたんじゃなくて」
「あーなんかあれ、フルダイブ専用クエスト、とかいうやつらしくて、転移先で変なNPCに会って、この指輪をもらったんですけど、それだけです。そのあとすぐ強制ログアウトして」
白夜はなにかを考えこんでいるようす。
「……今からいうことは覚悟してきいてほしい」
「まだなにかあるんですか」
「けっこうショックかもしれない。けどこうなった以上、話さないわけにゃいかんし」
キリは黙りこむ。なにを覚悟すればいいんだろうか。
沈黙を白夜がやぶった。
「じつは“パンドラ”はゲームじゃないんだよ」
「……というと」
「まあゲームなんだけど」
どっちだよ。
「あの世界は“パンドラ”ってゲームが生まれる前から存在するんだよね」
「……どゆこと」
「キミや私もまだ生まれてないころ、過渡期の量子コンピュータとメタバースを融合して、世界全体をシミュレーションしてみようって計画があったらしい。それがあの仮想世界の起源。計画を進めていくうち量子AIが指数関数的に進化して、人間の手を離れて仮想世界の時間が加速していった。その会社の人たちはあわててシミュレーションをとめたけど、生き残った量子AIはひそかに時間加速シミュレーションを続けた。
つまりあの世界“ウェブバース”は、今から数万年後のパラレルワールドってことだね」