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1話 昼間の三日月

 ――12日前――


 レースのカーテンを朝日が透かす。

 時刻は11時すぎ。ダイニングキッチンのテーブルの上、三日月型に切られたりんごとおにぎりが皿にのせられ、ラップをかけられている。

 テレビをつけたら、ちょうど連続首切り殺人事件のニュースがやっていた。


《またしても異なる県で発生しました。県をまたいであいつぐ凄惨な連続殺人事件。ネットでは『死神』などとよばれていますが、果たしてほんとうに単独犯なのでしょうか》


 食欲がなくなる前にあわてて消し、スマホで『シュタインブレイドのひきこもりゲーム実況』の動画を流す。殺伐とした語彙が居心地の悪い静けさをふきとばしてくれる。それなのにプレイヤースキルは見惚れるほど美しい。映像と声の温度差で心身がととのえられる。


 ガスコンロをつけ、残りの味噌汁をあたためる。

 生ぬるいりんごを先に食べて、おにぎりはレンジに入れる。


 ピーピーとレンジが鳴った。チンするっていうけどチンじゃなくない?と思いながらおにぎりに海苔をつけ、湯気の立ちのぼる味噌汁をすする。

 ため息がこぼれた。今日はマンガを買いにいかなきゃ。


 氷水(ひすい)(きり)。14歳。


 キリは半袖に薄い上着をはおり、長ズボンに着替え、鏡の前で顔を洗う。何度も洗う。

 銀色の髪。

 紫色の瞳。

 男っぽくない顔。

 うすく生えたひげ。


 すべてが気持ち悪い。

 目をつむって鏡を見ず、旅行先のホテルでもらった業務用カミソリでひげをそる。

 そうしても、自分の顔が気持ち悪いことに変わりはなかった。


 マスクをして、ぼうしをまぶかにかぶる。

 玄関の鍵をしめる。

 ちゃんと閉まっているか何度も確認し、小さくも大きくもない自宅をあとにした。


 長袖長ズボンが残暑と手を組み、攻撃される。日光をぼうしのつばでふせごうとしたら、水たまりに反射して目がやられた。雨のタイミングが悪い。目をしばたたき、片目をあけたり、薄目をあけたりしながら歩く。白い門壁にカタツムリがいた。


 猫背を自覚する。変に見られてる気がして、姿勢を正すために雨のあとの晴天を見あげてみる。遠くにうっすら三日月が見えた。月って日中でも見えるんだ。

 姿勢を意識しながら歩く。


 前方から、変な仮面をつけた女が歩いてきた。トランプのジョーカーみたいなお面をつけている。下はデニムパンツ、上はTシャツに上着をはおっただけ。青みがかった黒髪をなびかせる。耳たぶに真珠の飾りがみえた。

 周りにはキリ以外にも人がいる。なのになんで、だれも変に思わないんだろう。

 それになぜか、どこか既視感もおぼえた。


 仮面女とすれちがう。彼女はそのまま歩いていく。

 キリは足をとめた。まっすぐいけば書店のあるショッピングモールだが、ほかの通行人になぜか違和感をもたれない謎の仮面女のあとをつけることにした。


 仮面女はコンビニに入った。キリは物色するふりをしながら観察する。

 女はレジにミニクロワッサン5個入、チョコクロワッサン5個入をのせ、チョコクリームクロワッサン、ハムチーズクロワッサン、バターたまごクロワッサンのほか、シャケおにぎりと三色団子を買った。クロワッサン星人だろうか。

 店員は女の仮面に驚いたそぶりすらない。


 仮面女は自動ドアをくぐる。変に思わなかったのかレジの人にききたいが、話しかける勇気はない。マンガを見るふりし、いい本がなかったというていで、キリもコンビニをあとにした。

 さすがにおかしい。なにが起きてるんだ。


 仮面女のあとをつける。ストーカーという言葉が頭をよぎるが、こっちは未成年だし凶器もない。大事にはならないだろう。念のためマスクはとる。少しでもあやしさを軽減するために。ぼうしはガスマスクのようなものなのでとれないが。


 仮面女は近くの高層マンションに入ろうとする。セキュリティ万全で、二重の自動ドアを許可された人しか通り抜けられないシステム。その自動ドアをくぐろうとしている。むこうにいかれたら話しかけられない。


「ぁ」


 うまく声がでない。仮面女の足はとまらない。

 キリは覚悟を決めた。


「あの、仮面の人」


 自動ドアが閉ざされる。仮面がこっちをふりむいた。

 仮面女は自動ドアにぶつかった。こっちにこようとして、ドアがひらかなかったもよう。離れてからあらためて近づくと自動でひらいた。


 身長はキリより少しだけ高いぐらい。高校生か大学生ぐらいだろうな。右手の中指には、真珠のような宝石のついた指輪がはめられてきた。


「キミ、今、仮面の人、っていった?」


 ジョーカーに見おろされる。


「や、あの、あ」


 キリはうつむく。気づいちゃダメなやつだった?


「私のこと、どう思う」


 仮面の奥から見られている気配。

 どう思う、とは。


「正直にこたえろ。どんな印象をもった」


「し、しょ正直にいって、いいんですか」


「正直にいってくれなきゃ困る」


「あ、えーあの……変な仮面つけた人」


 仮面女は腕を組んだ。なにか考えこんでるようす。


「キミ、日中の月を見た?」


「え。あっ、あー、あ、はい」


 なんで知ってんだろう。

 仮面女はうなって息を吐いた。表情は見えない。


「あ、てかキミ、学校は。まだ木曜だよね、たしか」


 返答に詰まる。なんていっても不正解な気がして。


「なるほどね」


 全身が硬直する。なにをいわれるのか身構える。


「さてはキミ、自宅の守護者だね」


「……なんですか、それ」


「自宅警備員ともいう。あるいは不凍港」


「漢字がちがう気がする……」


「こんなとこでサボりかい。まあ、こんなやつがいればそりゃ気になるか、なはは」


 既視感があった。その笑いかたでやっと気づいた。


「シュタインブレイドさん?」


 仮面の奥の瞳が見開かれた気がした。


「……配信観てる?」


「あっ、あ、はい。ファンです。シュタブレさんの配信観て“パンドラ”はじめました。あ、だから、声とか、笑いかたで、もしかしたらって」


 またしても考えこんだ。なにかを気にしているようす。


「……ま、こういう偶然もあるか……えっと、ファンなのはうれしいよ」


「あ、てかそれより、や、あなたがシュタブレさんだったのも驚きなんですけど、それより、その仮面、なんなんですか」


「ふっ、これは世をしのぶ仮のすがた」


「ぼく以外のだれも変に思わないのはなんですか」


「そういう体質なのさ」


「体質」


「この世には知らないほうがいいこともある、ってきいたことないかい」


「どうせ最後は死ぬんだから、知らないことはぜんぶ知りたい派なんですけど」


 彼女は腕を組んだままうなった。

 沈黙のなかに信号機の音がひびく。車の走行音が流れる。


「んーじゃあ、うちくる?」


 信号機が黄色くなり、走行音が静かになった。


「うちにくるなら少し教えてもいい。けどこのまま帰ってもいい。今ならひきかえせるよ」


 美人局、というか仮面局、という言葉がうかぶ。

 ……ちがうか。そんな次元の話じゃない。

 中学生相手に仮面局しても意味ないだろうし。


「いきます」


 そよ風が木の葉をゆらす。

 車前方の窓に反射した日光がまばゆい。


「知らない人にはついていっちゃだめ、って先生やお母さんに教わらなかった?」


 キリは足もとのコンクリートを見つめる。


「だれもぼくの心配なんてしないですよ」


 視線を感じる。仮面の奥から観察されている。自虐的すぎてキモかったか不安になる。


「ま、好きにしたらいいんじゃない。私はなにも強制しないから」


 彼女はきびすをかえし、自動ドアをくぐった。あわててキリも小走りで追った。

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