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食事会

 食事の席にはオーギュストとマリアンヌ、そしてガブリエルが座っていた。ルイの姿は見当たらなかった。

 食堂へと入ったとき、オーギュストとマリアンヌはすでに食前酒を口にしていた。ガブリエルにはミルクだ。哺乳瓶を自分で持って飲んでいる姿が愛らしい。おかげで少し緊張がほぐれた。

 ニーナが席に着くと、事前に用意されていたグラスに王たちと同じ色の酒が注がれた。

 オーギュストがグラスを大きく傾け酒を飲み干し、上機嫌な様子で言った。


「では、改めて。ザフィーラへようこそ。こちら側の急な婚約の申し出で、ニーナさんはさぞ困惑していることだろうと思う。我が国によく来てくれたね」


(お二人はまだ婚約破棄のことをご存知ないのね)


 婚約破棄のことを言うべきだろうか。

 返事を悩んでいる間にマリアンヌが口を開いた。


「それなのにルイったら、忙しいなんて言って食事の席に来ないなんて。ごめんなさい」

「いえ……」


 曖昧な笑顔を作り、ニーナは答えた。

 ルイがこの場に来ないのは当然だった。ついさっき婚約破棄をしたばかりなのだから。ニーナと顔を合わせたくないのだろう。

 しかし、顔を合わせたくないのはニーナも同じだった。ルイに会えばまた泣いてしまうかもしれない。

 今でさえ、婚約のことが少し話に出ただけで泣きそうになっているのだから。


(ダメだわ。今はまだ婚約破棄について二人に話せそうにない)


 何も知らないオーギュストが手を叩いた。


「さあ、料理を運んでくれ」


 壁に控えていた数人の給仕が一斉に動き出した。王、王妃、ニーナ、ガブリエルの順に料理が運ばれてくる。

 最初に置かれたのは赤い色をしたスープだった。


(こんなに鮮やかな色の料理は初めて……一品目は冷菜のことが多いけれども、スープなのは何か理由があるのかしら)


 赤いスープの中に小さめにサイ切りされた肉や野菜が浮いている。


「我が国の伝統料理の一つだ。食べてくれ」

「ありがとうございます」


 オーギュストにうながされ、ニーナはスプーンを手に取った。

 ガブリエルの方を見ると、ガブリエルには大人三人とは違った色のスープが出されていた。介助人がガブリエルの口にスープを運んでいる。どうやら普通のコンソメスープのようだ。

 対してこちらは全く味の想像がつかない。

 皿の端の方からスープをすくい、ゆっくりと口に運んだ。


「どうだね、味は」


 オーギュストが真剣な様子でニーナに問いかけた。マリアンヌも料理に手を付けず、期待を込めた眼差しをニーナに向けている。

 スープは変わった味だった。酸っぱいような辛いような、今まで食べたことがない味をしていた。正直少し苦手だ。


「初めて食べる味ですが、おいしいです」

 

 けれども、感想を期待している人に対しておいしくないとニーナは言えなかった。

 ニーナの言葉を聞いて、王妃が胸を撫で下ろした。


「ああ、よかった。外国から来た人にとってうちの食事は辛すぎるかもしれないと思っていたの。でも、このスープが食べられるなら、きっと大丈夫ね」

「ご心配いたみいります」


 マリアンヌが鳥がさえずるようなくすぐったい声で笑った。


「私も他国から嫁いだの。ほら、肌の色が違うでしょう? だから、最初は少し大変で」

「そうだったんですね」


 思い返してみれば、褐色の肌をしているのはルイとガブリエル、王妃であるマリアンヌだけだった。オーギュストもその他の使用人の人たちもみんなニーナと同じ白い肌をしていた。


(だから一品目をスープにしたのね。自分と同じように外国から来た私のことを思いやってくれだんだわ)


 王妃に心配をかけるわけにはいかない。苦手だけれど、ニーナはおいしそうに食べる努力をすることにした。残すなどもってのほかだ。

 その後は他愛のない話になった。

 その中で最もニーナの興味を引いた話題はザフィーラの季節に関する話題だった。オーギュスト曰く、ザフィーラにはこれから雨季が来るらしい。雨季の間は満月のとき以外、城から出られなくなるという。どうやら普通の雨季とは違うようだったが、詳しく聞くことはできなかった。オーギュストは国の秘密に関わることだから、そのうちルイから説明があるだろうと言った。

 デザートが運ばれてくる頃には、ニーナとルイの出会いについて話が及んだ。


「ルイが急に婚約したい人がいると言い出したときにはどうなることかと思ったが。ルイとは知り合って間もないのだろう?」

「はい」


 とうとうこの話題になってしまった、とニーナは思った。婚約者として呼ばれた初めての会食である以上、避けられない話題だ。

 けれども、すでに婚約破棄をされているのに、どう話せばいいのかよくわからない話題でもあった。婚約について思い出すだけで胸が痛む。


(だとしても、せめて聞かれたことには答えないと)


 王妃がカップの柄に指をかけながらニーナに尋ねた。


「妹君のパーティーで出会ったのですってね」


 それは、あの噴水前での出会いを言っているのだろうか。


「はい。……月が綺麗な夜でした」


 あの夜はいい夜だった。


(今日会った殿下は私に厳しかったけれど、あの夜の殿下は違った)


 優しく手を取って踊ってくれた。見つめあってくれた。白バラが咲く庭園で、共に夢のような時間を過ごした。

 それなのに、今日はひどい剣幕だった。偽物とまで言うのだから余程ニーナのことが気に障ったのだろう。

 あの夜の自分と今の自分、一体何が違うのか。ニーナにはわからなかった。

 オーギュストがふむ、とニーナに相づちを打ちながら、髭を撫でた。


「ルイからも同じように聞いている。一目で恋に落ちたようだ」

 

 ニーナの手が止まった。


「そんなわけ、ないわ」


 思わず呟いてしまってニーナは下を向いた。失敗だった。今、オーギュストの前で言うようなことではない。変に思われるに決まっている。


(聞かれたことにだけ答えればよかったのに)


 一目惚れしていたのなら婚約破棄などされるはずがない。

 私が美しくないからこうなった、という卑屈な気持ちが抑えられず、いらぬ一言を言ってしまった。


「何か言ったかね?」

「いいえ」


 ニーナの否定の言葉にオーギュストは鷹揚に頷いた。どうやら大事にならずに済んだようだ。


「あの子は少しばかり……傲慢で、パーティーやお茶会といった場が苦手だ。このままでは結婚相手を見つけられないのではないかとやきもきしていた。ニーナさんがルイの心を射止めてくれて、私は安心したよ」


 マリアンヌが少し悲しそうにニーナに向かって微笑んだ。


「あの子は、ずっと、国のために魔法の訓練ばかりの日々だったの。運命に打ち勝つためにね」


 オーギュストが顔をしかめた。

 

「マリアンヌ、その話はまだ話す時期ではない。ニーナさん、私たちとしてはまずここでの生活に慣れてほしいと思っている。アメリ、こっちへ来い」


 オーギュストが呼びかけると、給仕の一人が王の隣に並んだ。その給仕は食事が始まってからずっとニーナの食事の世話をしていた者だった。赤毛に茶色の瞳をした、利発そうな印象のある女性だ。


「ルイはあなたに世話役の侍女も紹介していないと聞いてね。すまない。さっき言った通り、女性に対して経験不足だから、気が利かないだけなんだ。彼女は侍女のアメリだ。不便があったら遠慮なく彼女に言ってくれ」


 アメリがニーナに向けて深々と頭を下げた。

 オーギュストが席を立った。


「では私と王妃は仕事に戻る」

「ぱっぱ! まっま!」

「かわいいガビー。また後でね」


 オーギュストとマリアンヌが食堂から出て行った。


『お疲れさま。まあ、色々不安に思うことはあると思うけど……』


 ガブリエルがわけ知り顔でニーナにウインクをした。


『楽にしなよ。きっと全部うまくいくよ』


 (ガビーは何をどこまでわかっているのかしら)


 ニーナは皿に残ったデザートにそれ以上口をつける気になれず、フォークをテーブルに置いた。


 * * *


 部屋に戻ると、勢いよくベッドに飛び込んだ。もう全部の状況を投げ捨ててしまいたい気分だった。


「これからどうなるのかしら」


 結局、婚約者として振る舞ってしまった。


「本当のことすら言えないなんて、私ってダメね」


 しかし、よく考えてみると、ニーナの口から二人に婚約破棄のことを伝えていいのかもわからなかった。息子であるルイが話していないのだ。婚約者だったとはいえ、他人であるニーナが告げるのは、事を荒立ててしまう行為だった。


(殿下は三ヶ月経ったら去れと言っていた)


 オーギュストの話と合わせると、その三ヶ月の間には雨季が来るはずだ。

 雨季は移動するのに向かない季節だ。だから、ルイも今すぐ帰れとは言わなかったのだろう。


「婚約破棄されたというのに、三ヶ月もお世話になるのね。何かこのお城で私にできることはないかしら……」


 三ヶ月が経つうちには、ルイが本当のことを二人に話すに違いない。そうすれば婚約者のふりも終わりだ。


「私があの方に選ばれるわけなんてなかったのよ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 ニーナは枕に顔を押し付けたまま瞳を閉じた。

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