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王妃の采配

 ニーナはマリアンヌを城門前で見つけた。


「呪いにかかっていない人はこちらへ。仕事を割り振ります」


 城門前では避難民の仕分けが行われていた。怪我人には客室を割り振り、避難民には家族ごとに寝泊まりする場所を案内している。マリアンヌが避難民を、彼女の秘書が怪我人を割り振りしていた。

 王妃の後ろで書記をしている男にニーナは話しかけた。男が名簿の記入を行なっていた。


「すみません。その名簿を少し見せていただいてもよろしいでしょうか」

「こちらは部外秘のものになりますので、一般の方には……」


 その時、マリアンヌがニーナの姿に気がついた。


「ニーナさん、どうしたの? こんなところに。あなたには部屋にいてもらいたいのだけれど」


 やはり邪魔だと思われているようだ。それは、近衛兵から部屋にいるように言われた時点で想像できたことだった。

 しかし、邪険にされたからといって、今は引き下がるわけにはいかない。アメリの家族の安否確認がかかっているのだから。

 ニーナは王妃に向かってカーテシーをした。


「お仕事中に申し訳ありません。お願いがあって参りました」

「何かしら」

「避難民の名簿を見せていただいてよろしいでしょうか。確認したいことがあるのです」


 マリアンヌはニーナの後ろに控えるアメリの方をちらりと見た。


「いいでしょう。でも、彼の手を止めることはできないわ。記載済みの名簿だけにしてちょうだい」


 男が記帳している名簿の隣には既に二冊分、完成した名簿があった。


「かしこまりました」


 ニーナは名簿をアメリに渡した。


「探してみて」

「ありがとうございます」


 マリアンヌがニーナに笑いかけた。


「驚いたでしょう。急なことで」

「少し……」


 ニーナはうなずいた。


「お城の中は安全だから、人が多くて騒々しいかもしれないけれど、我慢してね」


 それだけ言うと、マリアンヌは仕事へ戻っていった。

 アメリが名簿を確認する間、ニーナは暇だった。仕方がないので、マリアンヌが指示を出す様子を眺めていた。


(王族が表に立って指揮を取るなんて……帝国とは全然違うのね。民と王族の距離がとても近い)


 帝国で王族にあたる人々といえば皇族だったが、貴族のニーナですら彼らを直接目にしたのはミーナの婚約式のときだけだった。あまり人前に出るような人々ではないのだ。

 外から帰ってきた近衛兵がマリアンヌの元へ駆け寄った。

 ニーナは近衛兵のつけているマントに見慣れた意匠を見つけた。月桂樹の意匠だ。マントは少し雨に濡れていた。雨を浴びると呪われるという話だったが、この近衛兵にそういった様子は見られなかった。


(雨を浴びても呪われない人もいるのかしら……それとも月桂樹の意匠の効果? アメリは呪いから身を護ると言っていたし、だからマントに施されているのかも)


 よく見ると、城の外で作業している人は皆、月桂樹の意匠が刺繍された上着を羽織っていた。

 近衛兵がマリアンヌに向かって敬礼をした。


「少々よろしいでしょうか」

「よく戻ってきてくれたわ。状況を教えてちょうだい」


 彼は救援状況についてマリアンヌに報告し始めた。

 漏れ聞こえてきた報告によると、どうやらルイは城の外で建物の下敷きになっている人の捜索にあたっているようだ。天幕の損傷が激しく、呪いで二次被害が出る可能性が高いらしい。早めに救助要員を交代した方がいいという。


「報告ご苦労様。少し休んでから、荷運びの作業に加わって」

「かしこまりました」


 近衛兵はマントを脱いで、城壁にかけると、城の中へ消えていった。

 王妃はすかさず近衛隊長を呼び、新たな救助要員を出発させるよう指示を出した。

 城内で他の作業をしていた近衛兵が隊長によって集められた。もちろん、近衛兵が減った分、その他の作業を行う人手は減っていた。そして、作業の流れが滞り仕事が溜まっていく。


「王妃殿下」


 指示出しが一息ついたところを見計らって、ニーナはマリアンヌに話しかけた。


「私にも何かお手伝いできることはありませんか?」


 少しニーナが見ているだけでもわかった。ニーナには部屋で休んでいるようにマリアンヌは言うけれど、本当は猫の手も借りたい状況のはずだ。

 マリアンヌがニーナの肩に手を置いた。


「いい子ね。でも気持ちだけ受け取っておくわ」


 そして、小さい子に言い聞かせるように言った。


「あなたはまだこの国に来たばかりじゃない。結界の中と言っても体調をくずせば呪いに罹りやすくなるわ。私はあなたに無理をしてほしくないの」


 ニーナはマリアンヌに頭を下げた。


「頼りないのはわかっています。それでもお願いします。私にも何かやらせてください」


 このまま部屋に引き下がることなど、ニーナには到底できそうになかった。口には出せないが、本来、王妃の気遣いを受ける価値などニーナにはないのだ。ニーナはルイの婚約者ではないのだから。


「困ったわね……」


 マリアンヌは頰に手を当て、少し考えるようなそぶりをしたあと、そうだ、と何か思いついたように両手を合わせた。


「だったら、子ども部屋に行ってもらおうかしら。ガビーとも仲がいいみたいだし、きっとうまくできるはずよ」


 そう言うと、紙に簡単な地図を書き付けてニーナに渡した。


「十歳以下の子どもは日中、ここに集まって過ごしてもらうことになったの。詳しい仕事の内容はエステルに聞いて。この部屋の責任者よ」

「わかりました」


 紙には子ども部屋の場所が書かれていた。ニーナの部屋がある階と同じ階だ。


「ありがとうございます」

「服は着替えていきなさい。作業着はあそこに置いてあるから」


 マリアンヌが城門の隣にある木箱を指差した。


「報告してもよろしいでしょうか」


 白衣を着た男がマリアンヌに話しかけた。

 マリアンヌはまだ何か言いたそうにしていたが、無理はしないでね、とだけ言って、再び仕事に戻っていった。

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