町いちばんのクッキー
ムダラおばさんのクッキーは町いちばんの人気のお菓子です。丘の上に建つ真っ赤なとんがり屋根のお店の前を通ると、おいしそうなあまいにおいがします。あんまりいいにおいなので、みんな通り過ぎることができなくてお店のドアを開けるのでした。
お店の中はクッキーがいっぱいならんでいます。星形やハート型の型抜きクッキー、メレンゲクッキー、アイスボックスクッキー、ほかにもたくさん。それでも毎日すぐに売り切れてしまいます。売り切れたら閉店です。
その日もお昼にはお店をしめました。お店の扉と窓をしめて、カーテンを引いたら、もうお客さんはだれも来ません。
「今日はもうおしまいだよ」
ムダラおばさんは、お店の奥にある部屋に向かって声をかけました。すると小さな女の子がおそるおそる出てきました。
「もうお部屋を出ても平気?」
「ああ、好きにおし」
女の子の名前はクークといいます。クークはカーテンの隙間から外をながめました。
「わたしもお外に出たいなぁ」
「なにをいってるんだい。おまえは体が弱いのだから、外に出てはいけないよ。しかも今日は雨がふりそうだ。ぬれたら大変だ。庭にも出てはいけないよ」
「わかってるよ。いってみただけ」
クークは残念そうに口をとがらせて、窓から離れました。
カランカラン。
カウベルが鳴りました。お店のドアが開いた音です。
「お客さん、すみません。今日はもうおしまいなんです」
ムダラおばさんはそういいながらドアに向かいましたが、とちゅうで「まあ!」とうれしそうな声をあげました。
大きなほうきを持った女の人が立っていました。
クークはお客さんに走り寄りました。
「ヘックスさん、こんにちは」
「こんにちは、クーク。元気にしてるかい?」
「うん。元気だよ」
ヘックスさんは魔女です。
「ムダラも元気そうだね」
「はい、先生。ちゃんとまじめに働いていますよ」
ヘックスさんはムダラおばさんの魔法の先生です。薬草を使って病気やけがを治す薬を作るのが得意な魔女です。ムダラおばさんも薬の作り方を教えてもらいました。だけど、今はもうムダラおばさんが魔法を使うことはありません。
むかし、ムダラおばさんは悪い魔女でした。ヘックスさんにないしょで、町の人から高いお金をもらって毒を作ったりしていたのです。
あるときヘックスさんに知られてしまって、ムダラおばさんは二度と魔法を使わない約束をさせられました。一度でも使ったら粉々になって消えてしまう魔法をかけられてしまいました。
だから、ムダラおばさんは魔法を使わずにクッキーを焼いてお菓子屋さんをしてくらしているのでした。
ムダラおばさんはすっかり反省してまじめにくらしているので、魔法を使わなくても幸せでした。かわいいクークもいます。
クークはムダラおばさんがまだ魔女だったころにやってきました。それからずっといっしょにくらしています。ムダラおばさんはクークのことが大好きでしたし、クークもムダラおばさんのことが大好きです。
ヘックスさんがときどきやってくるのは、ムダラおばさんがまじめに働いているのを確かめるためと、クークが元気にしているかを確かめるためです。
ヘックスさんは、クークの頭から足までじっくりと見て、満足そうにうなずきました。
「よし。どこもけがをしていないようだね」
「うん。ねえ、元気なのにお外に出ちゃいけないの?」
「そうだねぇ。晴れた日にお庭に出るのは構わないよ」
「今日は出ちゃだめなんだって。ムダラおばさんがそういうの」
「雨がふりそうだからね」
ヘックスさんもムダラおばさんと同じことをいいました。
「じゃあ、また来月、ようすを見に来るよ」
そういって、ヘックスさんはほうきに乗って帰って行きました。
ヘックスさんが帰るとすぐに雨がふりはじめました。
「さてと。明日の分のクッキーを焼こうかね」
「お手伝いする!」
「ありがとね。だけど重い物を持ったらいけないよ。卵や牛乳もだめだ。そうだねぇ……小麦粉をはかってもらおうか」
「うん! まかせて!」
ふたりがクッキーを作っているうちに雨はどんどんはげしくなっていきました。風も強くなってきて、窓がガタガタ鳴っています。
「おっと、いけない」
ムダラおばさんが生地をこねていた手をとめました。
「おばさん、どうしたの?」
「店の看板をしまいわすれたよ。このままじゃ飛ばされてしまう」
ムダラおばさんが店のドアをあけると、雨がふきこんできました。
「嵐になりそうだ。クークは奥にいっておいで」
そういわれても、クークは外に出て行ったムダラおばさんのことが心配で、ドアから離れたところでムダラおばさんがもどってくるのをまっていました。けれどもいっこうにもどってきません。
「おばさん? だいじょうぶ?」
声をかけますが、外はビュービュー風が鳴っていて、クークの声はとどきません。
バターン。ガラガラガラ。
大きな音がしたかと思うと、いつもお店の前に立てかけてあった看板が飛んでいくのがみえました。
「おばさん!」
クークはお店を飛び出しました。お店の前の道にムダラおばさんが頭から血を流して倒れています。看板がぶつかってけがをしたようです。
「おばさん! おばさん! しっかりして!」
雨がふきつける中、声をかけましたが、気を失っているみたいで返事がありません。
クークはムダラおばさんの服をつかんでひきずりました。小さな女の子が大人の人を運ぶのはたいへんでした。
「うんしょ、うんしょ」
パキッ。
ドアにたどりついたとき、クークの足がおれました。腕もおれました。それでもどうにかムダラおばさんをお店に引き入れると、ドアをしめました。そして、クークはその場にたおれてしまいました。
朝になると、嵐はすっかり去って、きらきらとした朝日がさしこみました。ムダラおばさんは、まぶしさに目をこすりながら起きあがりました。
「おや。あたしはどうしちゃったんだろう。ああ、そうか。嵐の中、看板が飛んできて気絶しちゃったんだっけ。それならどうして店の中にいるんだろう」
ムダラおばさんは店の入口に目をやって、びっくりしました。
「クーク!」
ムダラおばさんはクークに走りよりました。
「クーク。おまえ……」
そこには人の形をしたクッキーが落ちていました。片足と片手が割れたクッキーです。抱え上げようとしましたが、雨に濡れたせいで触れるだけで形がくずれてしまいます。
クークはクッキーでできた女の子でした。ムダラおばさんが魔法使いだったころ、魔法で命をふきこんだ女の子なのでした。
ムダラおばさんは、クークがいてくれたから悪い魔女をやめることができました。魔法が使えなくても幸せでした。
ムダラおばさんは迷いませんでした。
割れてぬれてクッキーですらなくなってしまったクークの上に手をかざし、目を閉じました。それから、長い長い呪文をとなえました。久しぶりの魔法なのでとても時間がかかりました。それでもどうにか成功しました。ムダラおばさんは、眠ったままのクークを優しくなでて、となりで眠りました。
カランカラン。
カウベルが鳴りました。お店のドアが開いた音です。
「ゆうべの嵐はだいじょうぶだったかい?」
ヘックスさんがようすを見に来てくれたのでした。
「ううん……」
クークはのびをして起きあがりました。
「あれ? ヘックスさん。おはようございます」
「クークや、いったいなにがあったんだい?」
「えっと、嵐がきて、ムダラおばさんが看板をしまおうとしたらけがをして、だからわたしが助けにいって……あれ? けがしたのに治ってる」
クークがゆうべのことを話すと、ヘックスさんはかなしそうにうつむきました。
ムダラおばさんが禁じられている魔法を使ってクークを助けたことがわかったからです。一度でも魔法を使えば粉々になると知っていたのに。
クークはすぐとなりに小麦粉のような粉が山になっているのを見つけました。
「なんだろう? とってもきれい」
クークは粉をすっかりかきあつめて、瓶につめました。
「おばさん、どこにいったんだろう? わたしが代わりにクッキーを焼いてあげよう。きっとよろこんでくれるよね?」
ヘックスさんはなんどもうなずきました。
「うんうん。クークが元気にしていれば、ムダラはきっとうれしいだろうよ」
クークのクッキーは町いちばんの人気のお菓子です。丘の上に建つ真っ赤なとんがり屋根のお店の前を通ると、おいしそうなあまいにおいがします。あんまりいいにおいなので、みんな通り過ぎることができなくてお店のドアを開けるのでした。
お店の中はクッキーがいっぱいならんでいます。星形やハート型の型抜きクッキー、メレンゲクッキー、アイスボックスクッキー、ほかにもたくさん。それでも毎日すぐに売り切れてしまいます。売り切れたら閉店です。
その日もお昼にはお店をしめました。お店の扉と窓をしめて、カーテンを引いたら、もうお客さんはだれも来ません。
「今日はもうおしまいだよ」
ムダラおばさんの声が聞こえた気がして、クークはにっこりほほえみました。