食の革命
「数年後には地球の総人口が百億人を突破する」
これが2030年に提唱された人類の未来予想図だった。衰えを見せない世界的人口の増加に伴い、各国で深刻さを増すのは食糧面の問題だった。この惑星に暮らす全員の飢えを満たすため、人間は食事の在り方を革新しなければいけない。
それは先進国でも同じことで。
このまま人々に料理を提供し続けると調理食材にかかる費用が大きな負担になる。それが日本の抱える食糧問題だった。どんな飲食店もファミリーレストランから高級料亭にかけて例外なく、店の存続のために使用する食材を見直す必要があった。
従来の調理方法の改善として、天然の食材を人工の食材で代替して料理にかかる費用を抑えるという意見が研究者の間で議論されるようになった。
「これからは合成食材の時代だ」
こうしたスローガンの下で施行された策。それを【食の革命】と人は呼ぶ。
今まで料理に使用されていた天然の食材が合成食材に代替される時代の始まり。
元より食の水準が高かった島国の技術力で、国外からの材料輸入に頼らずとも民衆の舌に受け入れられる料理を提供する。
合成食材の例を挙げると。
牛肉や豚肉は、大豆から作られる合成肉で。
マグロなどの刺身は、アボカドなど味の似ている果肉から抽出したエキスを固めたジェルで作ったイミテーションの切り身を皿に盛り付けて。
21世紀の序盤から合成食材として名を馳せていたカニカマ、これも技術の向上により天然の蟹の味にも負けず劣らずの味を再現できるようになっていた。高級料亭の蟹しゃぶにカニカマが抜擢されるまでに。
チェーンの牛丼屋、ハンバーガーショップ。回転寿司。和風の高級料亭。
その他諸々の飲食店を含めて。
天然の食材を用いない調理でも、大衆に受け入れられる料理を再現することが可能となった。
コオロギやミドリムシなどを材料に用いた昆虫食よりは口に入れる心理的ハードルが低いことも、これらの合成食材が受け入れられた理由の一つである。
もちろん天然の味と比較すると若干見劣りする合成品もあったが、食材コストの削減に比べれば些細な問題と切り捨てられた。
これならば天然の食材を使うよりもコストを抑えながら、大量の料理を提供することが出来る。人口増加による食糧不足問題に光明が差した。
しかし光が差せば、その反対側に影もできるのが自然の摂理。
これまで天然の食材を活かすために己の腕を磨いてきた料理人。匠という料理人の立ち位置は【食の革命】が導入された後、どのように変化しただろうか。
合成食材との共存を選んだ者。
オーナーの意向に反発して追い出された者。
2030年に生きる料理人は、自らの望む職場で生き残るために自らの在り方を変革する必要があった。