犬猿の幼馴染の婚約発表④【SIDEレオナール】
◇◇◇
時と場所は、レオナールの記事が、貴族新聞に載る三週間前の夜会である──。
俺は離れた位置にいるエメリーの背中を見つめ、ごめん、枯れ木ではないからと、心の中で呟く──。
エメリーのことが大好きなのに、彼女の前に行くと、超絶にあがってしまい、思ってもいないことをつい口走ってしまうのだ。
この夜会の少し前にも、彼女に嫌われるようなことを言ってしまった。
俺のパートナーとして、一緒に夜会へ参加して欲しかっただけなのに、「令嬢避けの防護壁代わりに付き合え」と口走り、拒絶された。
今さっきだって彼女をダンスに誘いたくて、腕を伸ばしたはずなのに、いざ触れそうになると恥ずかしくなり、手を払ってしまった。
──何をしているんだ俺は!
エメリー以外の令嬢となら、会話をしながらでも余裕で踊れる。
なんなら気の利いた言葉の一つや二つ、さらりと言えるだろう。
だとしても彼女以外に言う気はないが。
エメリーにこの気持ちをぶちまけたい。早く伝えたい。一緒にいると、このうえなく幸せを感じると。
──それなのに、肝心のエメリーの前では全くもって、うまく振る舞えない。
それどころか、真逆のことばかりが次から次へと口をつく。
どうして毎回こうなんだと、考えていれば、横にいる王太子のウスターシュが口を開く。
「レオナールは『エメリーヌ嬢と踊る』と宣言していなかったか?」
「そのつもりだったが、失敗した……」
「いい加減、素直になればいいのに」
「そうしたいのは山々だが、彼女のことが好きすぎて、一緒にいると緊張するんだよ。彼女以外であれば、なんてことはないのに……」
「じゃぁ、素直になるのではなく、役になりきって演技でもしてみればいいだろう」
「もちろん試したさ。『天使のように可愛いね』と、俳優になったつもりで伝えた」
「どうだった……」
「気持ち悪いと、秒で白い目で見られた」
「いくらなんでも、『枯れ木』から『天使』はないだろう。レオナールは言葉選びのセンスもないな」
「どうしてだ? エメリーは天使だろう。せっかく役者になるなら、思っていることを伝えてやりたいと思うのは当然だ」
「全く分かってないな……。レオナールは一度に欲張りすぎるから、うまくいかないんだ。物事には段階があるだろう」
「それは分かっているが……。エメリーだって十七歳なんだ。そろそろ結婚だって意識しているはずだし、早く何とかしたいと焦るんだよ。もう、どうしたらいいのか分からなくなってきた」
「エメリーヌ嬢も、案外レオナールのことを意識していたり、告白を願ったりしているかもしれないぞ」
「いいや、それは絶対にないな。俺が婚約すると言えば焦るかと思ったが、全く興味を持たないどころか、『願い下げだ』と却下された」
「くくっ、それは残念だな。じゃあ、一気にプロポーズでもすればいいだろう。結婚すれば、その後で何とかなるって」
プロポーズ‼︎
無理だ。無理がありすぎるだろう。
プロポーズなんて、壁が厚すぎるし高すぎる。到底、突破できるとは思えない。
「エメリーの前に行けば、うまく言えないんだ」
「それなら宰相に頼めばいいだろう。いくらエメリーヌ嬢だって、レオナールの父から婚約の申し出があれば、断れないでしょう」
「いや、エメリーのことだけは、人の手を借りたくないんだ。そんなことをしても、初夜で取り返しのつかない大失敗を犯す気がするから」
「くくっ、やりそう」
「二度と関係修復ができなくなる前に、何としてでも自分自身で彼女に想いを伝えたいから」
「こうなったら『結婚する』って、新聞で言えばいいだろう。それから彼女の元へ迎えに行けば、いくらレオナールがエメリーヌ嬢に余計なことを言っても結婚してくれるって」
「それは本当だろうな!」
「まあ、大丈夫だろう。他の令嬢と話すときみたいに、レオナールが普通にしていれば悩む問題でもないんだけど。どうしてエメリーヌ嬢にはできないんだろうな」
「エメリーが、可愛いのが悪い」
「ははっ、これでは当分無理だな。まあ失敗してもレオナールと結婚したい令嬢なんて山のようにいるし、当たって砕けろ」
その言葉に、すでに心が折れてしまい肩を落とす。
「そんな言い方をするなよ。万が一にも砕けたら……。立ち直れる気がしない」
「レオナールはどうして、エメリーヌ嬢のことになると駄目男になるんだろうな。それ以外は完璧なのに。農民への意識改革で、今年の農作物の収穫量は軒並み上昇しているのを陛下が高く評価していたぞ。レオナールが普通に接すれば、エメリーヌ嬢だって、すぐに惚れるだろう」
ウスターシュは、げらげらと笑っているが、うまくできたら煩わしい日々を何年も過ごしていない。
世間では俺のことを最後の優良物件と呼んでいるが、事実はただの売れ残りだ。
俺がエメリーに想いを伝えられないまま月日が過ぎ去ったせいで、最後までパートナーが定まらず、残っているだけにすぎない。
俺の心の中では、とっくにエメリーに売約済みなのだが。
心から愛する女性にはうまく向き合えないにもかかわらず、どうでもいい令嬢たちから、執拗なまでにつけ狙われ、もはや身の危険さえ感じる。
「新聞か……。試してみる価値はあるな」
「一つだけアドバイスをしてやろうか?」
「聞きたくない」
「そう言われても、レオナールなら変な啖呵をきって撃沈しそうだから、見ていられないんだけどね」
「言うな……。本当にそうなる気がしているんだから、変な予言をするなよ」
「エメリーヌ嬢がレオナールの婚約者だと、世間に広めるまではへまをするな」
「あのなぁ……。俺はいつだって、へまをするつもりは毛頭ない。エメリーへ、真剣に全力で当たった結果が、全戦全敗でいつも大喧嘩だ」
「それなら少しは学習しろよ」
「学習も深い反省も毎回しているさ。だけど、エメリーの前で緊張した俺が、彼女の気を引く方法を変えると、そのたびに、余計おかしくなっていくんだよ」
そう言うと、気の毒なもを見るような目を向けられた。
「いいか。エメリーヌ嬢に素直になれないレオナールは、目標を一つに絞れ。無理に好かれようとするな」
「他人事だと思って悲しいことを言うなよ。俺はエメリーから愛されたい」
「それは後から考えろ。とにかくエメリーヌ嬢をレオナールの婚約者にするんだよ。『婚約者のふりを頼む』でもいいから、適当な理由で社交界中に二人の関係を公表すれば、あとは何とかなる。第一段階はそれだ」
「何とかなるって言ってもな……」
「一度世間に広げてしまえば、婚約破棄をしなければいいんだ。婚約の解消は、子爵家の彼女から公爵家へ言い出せないだろう。いくらレオナールでも、『婚約解消する!』と、啖呵は切らないでしょう」
ウスターシュは、いつにも増してあくどい王子スマイルを見せた。
なるほどなと頷く。
エメリーを目の前にすると、悪い意味で別人に変わる俺だが、この作戦はいける。
そうして俺は、以前から決まっていた我が家主催のパーティーで、自分の婚約者を披露する準備を始めた。
◇◇◇