犬猿の幼馴染の婚約発表②
「まあ本当ね。お相手のご令嬢のことは書かれていないけど、どなたかしらね?」
「安心しろ。エメリーでないことは確かだな」
「酷いわね! 言われなくても知っているわよ!」
「まぁ俺だって、末席の戦力外令嬢のエメリーが、レオナール様を射止めるとは誰も期待していない」
「なによ! 私がモテないのはお兄様のせいでしょう!」
「そうやって人のせいにするなよ。どうせずっと俺のすねをかじってこの家で暮らすつもりだろう。『よろしくね、お兄様♡』って、可愛く言えんのか?」
私が社交界の紳士たちから見向きもされない大半の原因は、兄にあるのに、肝心なことは棚に上げるんだから。
ちなみにエメリーとは、私、エメリーヌ・トルイユの愛称である。
「最後の優良物件のレオナール様を射止めたのは、どこの美人令嬢だろうな?」
その言葉に「一悶着ありそうね」と、考えながら兄を見つめる。
レオナールに群がっていた令嬢たちは、数えきれないくらい存在するのだから……。数多の令嬢の恨みを買う可能性だってある。
そんなことを考えていると、兄が言った。
「いや安心しろ。熾烈な女の争いに、エメリーが巻き込まれることはないからな。エメリーの立ち位置は、野次馬の最後尾だ」
「あのねぇ。どこの誰が『私が婚約者かも』なんて言ったのよ! レオナールなんて、こっちから願い下げよ」
子爵家の娘が、公爵家の嫡男を呼び捨てとは、失敬だなと思うだろう。
普通に考えて、幼馴染になることもないし、ましてや呼び捨てにするなど、許されることではない。
ちょっと事情のある私たちの関係を話し始めたら、彼がひた隠しにする唯一の汚点に辿り着くから、それは今度にしておく。
まあ、とにかく大っ嫌いな人物であるのは確かだ。お互いに。
「端っから論外のお前と違って、この記事を見たご令嬢たちは、今ごろそわそわしているか、泣き崩れているだろうな」
「ちょっとその言葉は聞き捨てならないわ。ちゃんと訂正してよね。彼にとって『論外』じゃなくて、私がレオナールなんかに興味がないのよ!」
「はい、はい、言ってろ、言ってろ。向こうもきっと、同じことを思っているだろうさ。『エメリーなんかに興味はない!』ってな」
「まあ、そうでしょうね」
「彼に選ばれなかったご令嬢は、この後どうなるんだろうな……」
「レオナールをつけ狙っていた、数多の令嬢たちが、次のお相手を探し始めるのよ。お兄様にも奥さんを手にする、砂粒くらいの可能性が出てきたんじゃない?」
「いよいよ俺の時代か~」
兄が嬉しそうにニヤリとした。
「ま~た調子に乗って! 残念だけど、レオナールが結婚してもお兄様の時代は絶対に来ないから安心したら。私はなにも『お兄様の時代』とまでは言っていないわよ」
「俺に運が向いて来たからって、そうやっかむなよ」
「は? やっかんでいないわよ」
「モテない妹を構うのはやめて、そろそろ本気で俺の嫁さんを探すときがきたようだな」
「どこの口が言っているのよ、全く呆れるわね」
「俺が結婚しても、美人な妻に嫉妬しないでくれよ。モテない妹の面倒は、しょうがないから最後までみてやるから」
「そのセリフ……。お嫁に来てくれる人が見つかってから言えば? ……聞いているこっちが虚しくなるわ」
こいつは完全に阿保だな。もう勝手に言っていればいいと思う私は、そっぽを向いた。
レオナール・ラングランが、どうして最後の優良物件かというと、まあご想像のとおり。
その理由は単純である。
うら若き乙女の結婚相手。
年頃が合致するという意味では、彼以外の高位貴族の嫡男は婚約者持ち、もしくは既婚者だ。
むしろ、今日の今日までレオナールが、婚約者を決めていない方が、よほど異常だった。
特定のお相手のいない筆頭公爵家の次期当主。
公爵家の領地経営は健全そのもので、財力よし。
ましてや王太子の親友で将来の展望性も、限りなく良好!
そのうえ顔もいい。別に私は、そんな風には感じないけど。
彼が紫の瞳を細めて微笑めば、思わず目を奪われるくらい形の整った目!
低くて色気のあるイケボを聞けば、私以外は思わずうっとりするだろう。
しまいには、風がなくてもサラサラと爽やかに揺れている錯覚を起こす、しなやかな金髪。
大半の令嬢はその錯覚で、くらくらしているようだが、私は絶対に騙されることはない。
おまけに彼は性格もいい!
但し、その優しさを向ける相手は私以外に限る。
自分を抜かすのは、これで何度目か忘れたけど、これが一番重要なところだっ!
私以外の令嬢の前では、爽やかイケメン公爵令息だから、それは大層モテる。モテモテだ。おかげで女性陣の猛アピールが続いていた。
特に侯爵家のご令嬢の心酔っぷりが抜きんでており、レオナールを何とかものにしようと、ウトマン侯爵家のご令嬢が必死なのは、周知の事実だ。
かねて、『勝者は誰か?』と高い注目を浴びている、レオナールの婚約者のポジション。
とうとう彼も、ウトマン侯爵令嬢のアネットに陥落したのか……。
言っておくが彼の本性は悪人だ。
何も知らないアネット嬢に、ご愁傷様と手を合わせたところで、ドアのベルがカランカランと大きな音を立てて鳴り響く。
「誰か来たみたいだな」
と言って、すくっと立ち上がった兄が、自らエントランスへ向かったにもかかわらず、すぐに戻ってきた。