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その願いは

作者: 葵さいか

強風の止まない砂漠を一人の青年とラクダが行く。

巻き上げられた砂で視界を遮られ、行く手を阻んだ。

熱風はジリジリと熱く、通気性のよい衣服を纏っていても肌を刺すようだ。

汗を拭い、青年…アスランは街を目指していた。

運よくオアシスを見つけたので、水の補給と休憩を取ることにした。


「ふぅ、生き返るな。」


やはりオアシスは違う。砂漠はあんなに強風なのに、ここは穏やかで心地好いのだ。旅の相棒であるラクダ、ルーンも穏やかな表情で口をモゴモゴしている。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






アスランは"あるもの"を探している。

その噂を聞いたのは二週間前。いつものように、清掃の仕事をしていたときだ。


『マンナンに何でも願いを叶えるランプがあるらしい。』

『首都ラバに詳細を知る者がいるとか…しかし胡散臭いな。誰か行ったことあるやついないのか?』

『さぁな〜。たまにランプの話は聞くよなぁ〜。』


マンナンは、アスランの住むタオヤ国の隣国だ。話し声に聞き耳を立てていたが、それ以上の情報は得られなかった。

しかしたったこれだけの内容で、アスランは旅に出ようと決意したのだ。


「ただいま!」

「お帰りなさい、お兄ちゃん。」


足を引きずりながら出迎えたのは、十九歳のアスランの六歳下の妹モルジアナだ。五年前、両親と巻き込まれた事故の後遺症で杖なしでは歩けなくなり、両親はそのときに儚くなった。アスランは友だちと遊んでいたので無事だった。


「聞いてくれ!モルジアナの足を治せるかもしれないぞ!」

「…!!だって、お医者様ももう治らないって…。」

「さっき仕事をしてたら聞いたんだ。何でも願いを叶えるランプがあるって!それを手に入れるんだ!」


そんな夢のような話があるのだろうか。モルジアナは納得いかないが、この兄は妹のためならば何でもするのだ。反対はしなかった。


「兄ちゃんが旅に出てる間は、隣のダリアおばさんを頼ってくれ。…ランプのことは秘密で。」

「わかったわ。気をつけてね。」


ダリアおばさんは亡くなった両親と仲がよく、幼い頃からよく知る女性だ。

モルジアナは困ったように笑い、アスランを送り出した。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





オアシスを出発し、再び街を目指した。故郷を出てもう二週間経とうとしている。そろそろ着いてもいい頃なのだが…。

すっかり夜になり、諦めて野宿しようかと考えていたとき、街の灯りが見えた。星のようにキラキラと輝き、まるで別世界だ。

ルーンを走らせ、ついに目的の場所…マンナン国の首都ラバに到着した。夜市はとても賑やかで、美味しそうな匂いがあちらこちらからする。ルーンをラクダ小屋に預け、夜市を見て回った。

アスランは、肉とたっぷりの野菜をモチモチの生地で挟んだサンドを頬張った。かなりボリュームがあるのに銅貨三枚なのだからお得だ。

腹を満たすと、次は宿探しだ。それなりに資金は持ってきたが、あまり贅沢はできない。

うろうろしていると急に人気のない場所に入ってしまったらしい、夜市の賑わいと打って変わって、薄暗く気味悪い雰囲気になった。


「もし。宿を探しているのかね?」


急に声をかけられ驚いて振り向くと、ターバンを被り髭を生やした男が立っていた。足が悪いようで、杖をついている。アスランは故郷に置いてきたモルジアナを思い出した。


「はい、どうやらここに迷い込んでしまったようで…。」

「今日はどこも満室だ。よかったらうちに来るかね。」

「え、それはありがたい!でも、いいのですか?」

「遠慮することはない。きみのような若い旅人は大歓迎だ。」

「ありがとうございます!でも、なぜ僕が旅人だと…?」

「衣服が砂埃にまみれたことを物語っておるからなぁ。あの強風の砂漠を来たのだろうと思ってな。」


男はカラカラと笑った。そういうわけで、男の家に泊めてもらうことにしたのだった。宿泊代はいらないと言われたが、さすがに申し訳ないので男の手伝いをすると申し出た。すると男に、驚くべき提案をされたのだ。


「魔法のランプを知っておるか?わしはその在処を知っている。しかしこの足だ、一人では行けんのだ。アスランよ、手伝ってくれるか。」


驚いたアスランは、自身も妹の足を治すために魔法のランプを探しにきたと話した。兄妹で生活していること、両親を亡くしていることを聞いた男は、涙を流しアスランの手を取った。願い事はアスランに二つ、男は一つという条件で、陽が昇ったら二人出発することになった。


翌朝、アスランは男をルーンに乗せ、魔法のランプを探しに出発した。街を出てひたすら砂漠を行くと、地下へ続くであろう洞窟の入口に着いた。ルーンを入口で待たせ、アスランと男はゆっくりと先へ進んだ。


「大丈夫ですか。」

「なに、この程度ならまだ歩ける。」


洞窟の中はひんやりとしている。砂漠にあるなんて想像できないほどだ。しばらく行くと神殿らしき建物が見えてきた。しかし入口は瓦礫で歩きづらく、とても男が進めるものではなかった。


「すまん。どうやらわしはここまでのようだ。あとは頼んだぞ。」

「はい、行ってきます!」


軽やかに瓦礫を越えるアスランを、男はジッと見つめていた。


ところどころ崩れている神殿内を真っ直ぐ進むと、大きな祭壇に突き当たった。そこには黄金のランプが供えられていた。ゴクリと唾を飲み、そっと手に取った。そしてゆっくりと後退り…神殿入口で待つ男のもとへ向かった。

ところが急に天井や柱がボロボロと崩れ始めたではないか!アスランは走り出した。大きな岩や瓦礫が降ってきて思うように進めない。

ようやく神殿入口と男が見えたそのときー…


「早く!早くランプをこっちに寄越せ!!」


杖を放り出し、恐ろしい形相で両手を伸ばし催促する男の姿。引きずっていた足は難なく動いていた。しかしあっという間に天井が崩れ、男もアスランも飲み込まれてしまった。



ーーー…。

真っ暗な中に漂っている…何か声が聞こえる。懐かしい、温かい声。


『…スラン…アスラン。まだこっちに来てはだめ。やるべきことがあるでしょう?』

『しっかりしろ、アスラン。お前に渡したコインが、きっと役に立つーー…』


この声は……そう思いかけたとき、目を覚ました。いつの間に外へ出たのだろうか。砂埃と熱風を感じると、誰かに抱かれていた。黒髪に、真っ白な肌の美しい娘が微笑んでいた。紫のベールが風になびき、飾りがシャラシャラと音を立てる。


「…き、み…は……。」

「わたくしはナスリーン。はるか昔、一族の罪と罰によりランプに閉じ込められました。喚び出した者に三つの願いを叶えます。さあ(マスター)、願いをどうぞ。」


穏やかな美しい声でナスリーンは言った。

擦ってもいないのになぜランプの精が出現したのか。

ランプを抱えて無我夢中で走っていたから、そのときかもしれない。アスランは体を起こし、ナスリーンに向き合った。


「一族の罪と罰とは?」

「…わたくしの一族は、このあたりを支配する有力な一族でした。しかし欲にまみれ、人々を苦しめ、更にはこの地の神まで冒涜したのです。当然、神の逆鱗に触れ、たくさんの災いが起きました。結局自分たちの力ではどうすることもできなくなり、神に赦しを乞うたのです。そのとき、ランプに一人閉じ込め、喚び出されたらその者の願いを叶える…という条件を出されたのです。」

「それできみが選ばれたのか?勝手な想像だが、きみよりも相応しい者はいただろうに。」

「…わたくしは(おさ)が踊り子に産ませた子どもで、辺境の屋敷で暮らしていました。母と、二人の使用人とひっそり生活していたのです。それでも幸せでした。」


ナスリーンによると、長の正妻や側室その子らを始め、近くにいる血族は皆嫌がり、擦り付け合う事態となった。そこにナスリーンの存在を思い出した長が、母親にナスリーンを差し出すよう命令してきたのである。抵抗するも虚しく、ナスリーンと母親は引き裂かれた。宮殿は災いなど関係ないような贅沢ぶりで、そこの人間たちはナスリーンを逃すまいと猫撫で声で近付き、上っ面の心配をしてきた。何をするにも使用人がついて回り、常に監視されていた。そして最後の日、薔薇をふんだんに使った湯に入り、高貴な色である紫の衣装を身に纏い、神殿へ向かったのである。付き人はなくたった一人で。そのあとの記憶はなく、喚び出されるたびに願いを叶え、ランプに戻るを繰り返してきた。欲に塗れた願いに、感情はどんどんなくなっていった。一族がどうなったかは知らない。


「…なんだよ…それ…生贄じゃないか…」

「そうとも言えますね…さぁ、願いを。」


アスランは少し考え、願いを口にしようとしたそのとき。


『そうはさせんぞぉ!一族の復活をぉぉぉぉ!!』


()()()だが、潰されたせいで見るに耐えない姿だ。しかも様子がおかしい。重症とは思えないスピードで襲ってきたのである。


「あれは…一族の亡者が取り憑いている…?!」


恐怖で震えた声でナスリーンは言った。願いは喚び出したアスランでなければ叶えられない。()()()()()()()は、アスランを押し倒しギリギリと首を絞めた。


『願え!一族の復活を今すぐ!そして無限の富を手に入れるのだああああ!!!』

「ぐっ…がっ…」


願わなければ殺される。しかしナスリーンから聞いた限りではとんでもない一族だ。アスランは思い切り蹴飛ばしたが、びくともしない。もうおしまいだ…と思ったそのとき、アスランの胸元から眩い光が放たれた。


『ギャーーーーーー!!!!』


光を浴びた男は瞬く間に灰のようになり、砂漠の彼方へと散った。


「ゲホッ!ゴホッゴホッ!…一体…どうして…」

(マスター)の胸元から光が…」


ハッとして襟元に手を突っ込み、ペンダントを取り出した。

コインをペンダントにしたものだが、かなり古いものだ。父から受け継いだもの。父もまた祖父から受け継いでおり、その祖父も…とずっと続いているらしい。コインを見たナスリーンは涙を流した。


「それは…一族が冒涜した神のコイン!持っている人がいるなんて…」

「ナスリーン…」


その昔は誰もが持っていたお守りだったという。しかし、一族の手によって取り上げられ、私利私欲のために遣われてしまった。アスランの先祖は、取り上げられる前にタオヤ国へ来たのだろう。


「コインを見られるなんて思いもしませんでした。ありがとうございます。この先も頑張れますわ。」


三つの願いを叶えたら再びランプに閉じ込められ、この砂漠のどこかで途方もない時間を過ごすのだろう。


「ナスリーン、待たせてすまない。願い事を言おう。」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





「お兄ちゃん、どうかな。」

「うん、よく似合ってるよ。綺麗だ。」


五年の時が流れ、十八歳になったモルジアナは今日、結婚する。

美しい婚礼衣装に身を包んだ妹は自身の足でしっかり立ち、その手に杖はない。


「こんなに用意してくれて…本当によかったの?」

「いいんだ、生活するには困らないんだから。モルジアナに我慢させずに済んで嬉しいよ。」

「お兄ちゃんのおかげで足も治って、こんなに素敵な結婚式もできるだなんて、私は幸せ者だわ。ありがとう。」

「父さんと母さんも喜んでいるよ。幸せになれよ。」

「お兄ちゃんもしっかりね!」


アスランは妹の部屋を後にした。もうすぐ夫となる相手が迎えに来る。二人が過ごした小さな家は、祝いの装飾に包まれていた。ぐるっと見渡し小さく息を吐くと、隣家のダリアの元へと向かった。


「アスラン!今日はおめでとう。いよいよじゃないか。」

「ダリアおばさん、ありがとうございます。」

「あのモルジアナがねぇ…本当に涙が出るよ。花嫁姿を見られる日がくるなんてさ!あの子の将来を心配していたことが嘘のようだよ。」


両親が儚くなってからはダリアが親代わりだった。優しく、時に厳しく見守っていてくれた彼女が喜んでくれて、アスランも嬉しかった。


「モルジアナの足がすっかりよくなったことはもちろんだけど、アスランが可愛い娘さん連れて帰って来たときは驚いたね!お前もなかなかやるじゃないか!」


ワッハッハと豪快に笑い、背中をバシバシ叩かれ、危うく顔面から倒れ込むところだった。愉快に笑うダリアに見送られながら、奥の部屋へ向かう。

コンコンとノックをし扉を開けると……


「いらっしゃい。もうすぐ時間でしょう?私もモルジアナの晴れ姿を見たかったわ。」

「ここに寄ってくれるよ。モルジアナもぜひ、きみに見てもらいたいからって。恩人で大好きなお姉さんだからってさ。」

「まあ…」


生まれたばかりの赤ちゃんを抱いているナスリーンは幸せそうに目を細めた。二人は二年ほど前に結婚した。

あの日、ナスリーンの解放を願うと、ランプは塵となり消えてしまった。託されたコインも、だ。

そして連れ帰り、足が治って驚くモルジアナを更に驚かせたのだ。それから三人で生活してきた。

十分な財産があったが、ここぞというときにしか遣わず贅沢などもせず清掃の仕事に励んでいる。


「可愛いなぁ、僕たちの天使は。…ナスリーン、ちゃんと休めてるか?顔色は悪くなさそうだけど…。」

「おばさまがとってもよくしてくださるの。だから大丈夫よ。」

「よかった。式から一週間は家に祝いの飾りを飾っているから、落ち着いたら迎えにくるよ。」


アスランはナスリーンの額にキスをし、可愛い我が子・ラナの頬に指先で触れた。ちょうどそのときダリアに呼ばれ、アスランは家へ戻った。






美しい花嫁とその夫と共に再び訪れたアスランは、目の前の幸せな光景をしっかりと目に焼き付けていた。

愛するナスリーンとラナ、妹のモルジアナを中心に笑顔と幸せに満ち溢れた、その光景を。





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