ゴブリンになどなりとうない!
人から魔物へと異世界転生して生まれ変わってしまったのに、俺の魂や心はまだ人間のまま…
だが精神がどんどん魔物に引きずられていってこのままじゃ完全に魔物になってしまう!
人間が好きだったわけじゃないが、このままゴブリンは嫌だ!
そうだ!同族をボコりつつ隙を見て旅に出よう!そして進化とかして人間とかになるしよう!
こうして生まれた1/2ゴブリンは、果たして心を保てるのか!?そして人間になれるのか!?
唐突に質問するが、人を人に至らしめるものと聞いて何を思い浮かべるだろうか?
ある宗教家は、大いなる存在から作られた『魂』を持つ存在を人間であると言った。
ある哲学者は、思考し物事を感じ取ることができる知能と理性である『精神』が獣と人間との違いであると言った。
ある生物学者は、一般的に言うホモサピエンス由来のDNAを組む『身体』引き継ぐ生き物を人間であると言った。
なるほど確かに皆それぞれの見解によって意見は違うが、どの意見も人間から生まれたものであるのだから、どれもきっと正しいのだろうし、少なくとも私にはどれも否定できないものだ。
ではその『魂』『精神』『身体』の内どれかが、人間ではない別のものになってしまえば、それは一体「何」になるのであろうか?
「俺たちの勝利だ!」
「群れのボスをダニエルが打ち取ったぞ!」
「これで町の平和は守られたんだ!」
「うおおおおおおおおお!」
人がいまだ踏み入ることができない広大な森と、平原との境界線で 数百はいるであろう『恐ろしい魔物の群れ』と、武装し陣地を構築していた『勇敢なる人間』二つの集団が接触、ぶつかり合い、そして今まさに雌雄が決した。
人間達はボロボロになりながらも生き残り、群れのボスを失った化け物たちは統率を失い、我先にと逃げ出していった。
お互いの生存権を賭けた戦いにおいて、恐ろしい魔物たちを倒し、人間達が勝利した瞬間だった。
町を守るべく飛び出した勇敢なる英雄達は皆喜び、あるものは歓声と勝鬨をあげ、またある者は親しい仲間たちと抱擁しあっていた。
そして、冒険者と呼ばれる者たちは勝利を喜んだのも束の間次の行動に素早く移った。
「殺せェエエエエええええええええええええええええ!」
「根絶やしだああああああああああああああああああ!」
「金になりそうなものだけ奪えぇえええええええええ!」
「ヒャッハー!」
そう掃討戦 の始まりである。
動きやすい軽装や、魔物の素材で肩や頭に棘がついた鎧など、どこか統一感が無いような集団が、陣地から飛び出し各々の得物を持って、敗走していく魔物たちに襲い掛かった。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA」
「火球」
「雷撃」
「岩弾」
我先に逃げ去るゴブリンの集団に火の玉が炸裂し、吹き飛んだ。元来利己的な化け物である彼らはボスの損失によって既に混乱状態となっており、その集団へと容赦なく降り注ぐ魔法がとどめとなって恐慌状態へと陥る。
「逃がすか!」
我先に逃げるゴブリンの背中に冒険者の狩人達から放たれた矢が次々と突き刺さり、1つまた1つと死体が増えていく。
「ダニエルにだけスコアを持っていかれてたまるか!」
「上位個体だな!首と身包みおいてけ!」
「この討伐で装備が壊れたじゃない!その剣で弁償してよね!」
「GOBUAAAAAAAAA」
戦いながら必死に退路の確保を試みている上位個体には、複数人の剣士や戦士が群がり羽交い絞めにし、ゴブリン達の僅かな反撃の芽も摘んでいく。
そして逃げ遅れたゴブリン達は…
「やった!初めて魔物を倒したぞ!」
「俺なんか4匹目だ!これで今日はいいものが食えるな!」
「おい、そこちゃんととどめを刺すんだぞ!」
若い冒険者やその教官によって万が一も無いよう丁寧に丁寧に、槍や短剣で処理されていった。
冒険者たちは、平原から魔境の森の中奥深くまでゴブリン達を追いかけ、森の奥深くまでゴブリン達が消え去ったのを確認しようやくその追撃をやめた。
「よし!お前らよくやった!今回の報酬はギルドと辺境伯からしっかりと支払われるぞ!」
「「「よっしゃあ!」」」
こうして、数年にわたって繰り広げらていた魔境の森における人類対魔物達の争いは、人類の勝利によって一端の幕を閉じたのであった。
その後、魔物の脅威から解放された辺境伯では、冒険者ギルドもその功績から信頼と影響力を高め、領地を荒らしまわったゴブリンキングを倒した英雄ダニエルは貴族へと昇進、辺境伯にはその功績と期待から、王族との婚姻が結ばれ、魔境の森辺境伯領は大きく発展し賑わったのであった。
冒険者の猛攻を掻い潜り、魔境の森へ逃げ込み半日も過ぎた頃には、数百いたゴブリン達はその数を散り散りとなったうえに半分以下としていて、すでに生息域を巡って人間達とすら戦った恐ろしいゴブリンの群れはその面影もなくなっていた。
魔境の森には多くの魔物が生息しており、その生態系の中でゴブリンは最低層に位置する。そんな彼らが群れの機能を失えば、たちまちのうちに他の魔物達の餌になるだろう。
「GAAAA!」
「GAGAGA!」
その本能がさせるのか、来るべき生存競争のためなのか、ただ利己的なだけなのか、あの争いからまだ一日と過ぎていないうちに、ゴブリン達はすでにグループ内で牽制しあい、そして争いを始めようとしていた。
そんな中一匹ないし一人の私がいた。
一目散に人類との戦闘から逃げ出し、そして散り散りになった集団からも距離を置いていた私は、事前に用意していた荷物を担いで、森の奥へ早々に逃げようとしていた。
「なんで俺がこんなことになっているかだって?それは俺がこの世界に生まれ変わったあの日に遡る…」
「GOA?」
そして逃げ出そうとした俺が、いずれ群れのボスとなるゴブリンに見つけられるまで時間はかからなかった。
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