イレブン・ヴィン領②
第59章
今回、二つの領土が閉鎖され、身元確認がスムーズに行われてのは、駐留している軍隊が役立った。
「前回、すべての家庭を回り、不審人物の特定をしていたのが、功をなしました」
エフピイ部隊、ジン部隊、役場の人間は、この軍人が言葉にした意味が、理解できるまで時間がかかったが、最後まで、理解できないサチスタは、首をかしげる。
ルイ陛下は咳をして、
「しかし、その労働者は、サルベーセン嬢に、助けられている事が理解できないのか?」
サチスタが、役場の代表として、陛下に答える。
「はい、現在、イレブン・ヴィン領の労働者は、月給制に変更が進んでいて、この事が、引き金かと思われます」
エフピイが、
「サルベーセン様が、わたくし達の仕事量を減らす為に、考えて下さった給金支払い方法です。王宮で働く人間は、1年間の給金を前払いで頂く制度で、勿論、途中で解雇や転籍などになった場合は、返金します。しかし、こちらのように、労働した分を支払う方法では、毎日の事務手続きに人手が要ります」
「イレブン・ヴィン領は、働いた分を支払う、それが労働の給金です」
「サルベーセン様は、お優しいお方で、どのような仕事も、同一賃金で領民を雇っていました。女性も、男性も、同じ賃金で、ベーグン領の人々もです。しかし、役場の人数が減り、負担が大きくなり、将来の事も考えて、月給制に移行する事を奨励したのです」
「月給制に移行した労働者には、毎月、利子と言うお金が付き、少しだけ得をします」
「おお・・、それはいい案だ」
「その後も、給金を受け取らないと、信託という制度に移行する事も発表されました」
「受け取らないと、お金が増える制度か?」
「そうです。その制度が、発足するには、後2年位は、かかるとサルベーセン様は、おっしゃっていましたが、それは、勿論、イレブン・ヴィン領の人々の為だけの制度です」
「ベーグン領の人々には、今まで通りに、キチンと、毎日、支払いをしていましたが、あの、ビッパ伯爵の遠縁の娘に、不公平だとそそのかされ、車輪に細工したようです」
「日中、そのトロッコと言う乗り物は、キチンと保管していなかったのか?」
「はい・・、トロッコは、子供達に、大人気で、大勢の子供、大人も、良く広場に置かれたトロッコを見ていまして、・・・置きっぱなしでした」
「トロッコが走り出して、まだ、数日で、初日から数日は、入念に点検も行っていたのですが、その日は、本当に、たまたま・・・」
「軍長、市場に来ていた他国の商人たちは、今、どうしている?」
「はい、それぞれの国に、身元確認をお願いしていて、開港後には、身内の人間が書類を持って、引き取りに来ることになっています」
「軍長、今回の暗殺計画に、他国は、絡んでいないと、思っているか?」
「はい、今まで調べた状況では、他の6カ国は、まず、その可能性はないと思いますが、海の向こうの隣国の可能性は、消すことが出来ません」
軍長は髭をいじり、首を傾げながら、
「しかし、サルベーセン様は、なぜ、あのような高台に病院や薬局を建設なさるのでしょうか?」
「それは、何かあった場合、すべての領民は、あの緩やかな、高台を目指す為だと、サルベーセン様は、おっしゃっていました。そこには、灯りがあり、薬品、医師、食料なども用意されていて、災害に備える為だと・・・」
「しかし、あそこに明かりが灯れば、隣国からも目印になります」
ルイ国王は、立ち上がり、
「薬局以外の工事は中断し、ベーグン領の労働者たちは、今後、イレブン・ヴィン領に働きに来る事を禁止する。当面の領主は、コウシャが務め、軍隊は、そのまま駐留して、隣国の動き、他国の情勢に、気をつけながら、今回の、身柄引き渡しに尽力する。以上だ! 」と告げた。
ルイ陛下は、そのまま、この地を離れてから変貌したテン・ヴィンの町の視察に移った。
コウシャが、側で説明する。
「どうですか?驚いたでしょう?彼女、何年も前から、人の道と馬車の道を分けています。石やレンガで、色分けをして、どの道を歩けば、子供でも、迷うことなく、今いる場所がわかる仕様になっています」
「舗装されていない土の道の店は、誰でもわかるように・・・・」
「はい、悪徳商会です」
「それに、ジンが言うには、あの土、3日間、水で洗い流さないと、汚れが落ちないらしいですよ」
「フフフ・・、しかし、こんな仕返し、思いつきませんよね」
「そして、キレイな商売をしている店は、木製の屋根をつけてあります。偶然のようですが、それだけで、お客は集まり、儲かるのです」
「その証拠に、ほら、キルトを売っている女性たちの店も、屋根が有ったり、なかったりしています」
「これも、ジンたちに指示していて、ジンたちも内偵に手間取ったと泣いていました」
「今回、トロッコの道も、主に、リカの国からの為と、大勢集まる他国の大使の為に作ると、言っていましたが、私は、もっと、深い考えがあるように思えます」
「陛下、こちらが、薬局です。後ろに公園、そして、病院になりますが、病院は、ほんの一部です。後は、この港に訪れる他国の商人たちの宿屋にする予定らしいです」
「病院と宿屋なのか?」
「はい、もしも、流感が流行った場合は、すべてこの病院で隔離して、ここで病気を封じる事が出来る為と、後は、領民が、海からの水害、雪などの土砂崩れなど、災害で家などを失った場合も、ここを使うようです。しかし、空き部屋にしておくには、勿体ないので、各国の商人たちにも貸し出し、お金も稼ぐつもりみたいでした」
「そして、その部屋は・・・、彼女の家の僕たちの部屋と、まるっきり同じです」
「あの変な部屋か?ーーシンプル過ぎるだろう?」
「あの大工達は、あの部屋しか作れないように調教されていて、今では、リカの国にまで、あのような部屋を作りに行っています。おかしいでしょう?」
「ハハハハ・・・」厳しい顔のルイ陛下は、肩を震わせて笑い始めた。
緩やかな高台の坂を登り、たどり着いた薬局の屋上は、想像をはるかに超えていた。
「隣国が、丸見えだ! 」
「はい、病院が建設されると、もっと高くなり、その屋上からは、もっとよく見えるでしょう」
「軍長が心配していたように、ここは、隣国から標的になりますが、こちらからは、見下ろせます。それも、軍人の目だけではなく、病人、各国の宿泊客、そして、この屋上を訪ねる領民、商人たちも、絶対に、海の向こうを見るでしょう」
「子供も、大人も、女性でも、ここで休みながら、異変を知らせる事が出来ます」
「しかし、今、ベーグン領の労働者を入れる事は出来ない。コウシャ、あの領土で、サルベーセン嬢のように、無料の麦を探してくれ」
「国王、そんな幸運、彼女しか持っていません」
「ハハハハ・・・、でも、近くにいい見本がいる。立て直して、発展させてくれ」
「もしかすると、サルベーセンが、何か仕事をくれるかも知れないぞ! 」
高台から見ると、隣国も見えるが、テン・ヴィンの町も一望出来て、正面には、サルベーセンの屋敷に続く道がはっきりとわかる。
「セメントと石で出来ている道が、トロッコが走る道です。この位置からだと、はっきりと、見えますね・・・」
「ああ、段々、細くなって、糸のようになって、緑の森の中に入って行く、そして、その反対には、広大な麦畑です。すごいですよね。この国、すべての領土に行き渡る位の収穫量ではないでしょうか?」
「何年も離れていて、この発展、流石に頭が下がります」
「ああ、だから、心配は尽きない。さぁ、見舞いに行くか・・・」