1年が過ぎようとしていた。
第37章
サルベーセンが、執務室で、リリアールと当時の記憶を擦り合わせていると、エフピイが、やって来て、「ジン様がお見えです」と告げた。
「エフピイ、もう、毎日、来なくても大丈夫だよ。そんなに出かけないから・・・」
「いいえ、仕事ですから・・」
「はぁ~~~」
ジンは、久しぶりにやって来て、丁重に挨拶をして、
「予算の入金ありがとうございます。こちらが計画案になります」
サルベーセンは、その予算案を見て、道路の改修工事、今年の村の屋根修理、サルベーセンの家の管理費、保存食やクッキー産業の経費なども書かれていたので、
「これで大丈夫です。今、サインします」
「そうだ。イレブン・ヴィンからでもいいですし、王都の人でもいいのですが、大勢の労働者が欲しいのですけど、頼めますか?」
「屋敷の修繕ですか?それなら、随分、きれになったと思えますけど・・」
サルベーセンは、手元の地図を広げながら、ジンに説明する。
「いいえ、庭のすべてを耕して、種を撒いてもらいたいのです。今は、冬で、大根や菜っ葉ぐらいしかできませんが、鶏小屋や馬小屋、馬車が止まる場所、以外全部です。裏の日の当たらない場所も、すべて種を撒いてくれる人間を雇いたいのですが、出来ますか?」
「それでは、この屋敷は、野菜に埋もれてしまいます」
「ええ、それでいいです。それが望みです。どうせなら白と緑のコントラストがいいですね。交互に撒いてもらいましょう」
「??????」
「イレブン・ヴィンからですと、交通費もかかります。ここは、王都の人間に頼む方がいいでしょう」
「そう、そうね。出来たら急いで、お願いします。楽しみに待っています」
「??????」
数日後、ジンが手配した、労働者は、20人以上やって来て、一斉に土地を耕し始めた。それに伴い、新しく2本も水道を引き、去年の秋以来久しぶりにヴィン家の大きな門が開いた。
「水道が、痛手でした。植物を育てるには、水は不可欠でした。リリアールの屋敷の庭は、水をあげなかったの?」
「まさか、大勢の庭師を雇っていました」
「そうだよね」
工事が始まって、イカルノが訪ねて来た。
「サルベーセンさん、また、大掛かりな農園を作るのですね。しかし、もう飢饉はありませんよ。王宮も作物調整を始めましたから、何を企んでいるのでしょうか?」
「別に、何もありません。大根と菜っ葉を大量に作る事にしただけです」
「それにしても、このような広大な畑・・・・・。王都のお屋敷で初めて見ました」
「ええ、手広く農業を始めます」
「誰が買うのですか?」
「それは、りっぱに大根や菜っ葉が育ってから考えます。今は、それ以上は考えていません」
3週間以上かかって、すべての土地に種を撒き終わり、サルベーセンとリリアールは、発芽を待つばかりになった。
「まずは、芽が出ないとね」
マリヒューイが、二人の所にやって来て、「どうして、屋敷中に種を撒いたのですか?」
「この屋敷の、呪いの検証をしています。リリアールの住んでいたお屋敷は、植物が育たなかったらしいの、だから、種を撒いて、芽が出て来ない所は、呪いが残っていると思って・・、そうだとしたら、不気味でしょ?そこには、わたくし達も、立ち入らない方がいいと思いました。最初に作った畑は、偶然にも呪いのかかっていない場所だったのよ」
「先生、でも、私が初めてこの屋敷に来た時に、その魔法は、解きましたけど・・」
『へ?』
「解いたの?」
「あれは、呪いではなく・・、結界の様で、この慰霊の地を汚すことを禁じてる為のモノでした」
「・・・・・・」
「では、もう大丈夫なの?」
「はい、もしも、その境目が知りたいのであれば、この屋敷でしたら、きっと、北側のあの二部屋あたりが、元リリアールさんの屋敷の敷地内です。庭は・・・公園より5mも有りません。そうですね・・・後は・・」
そう言いながら、マリヒューイは、ヴィン邸の見取り図に線を引いて教えてくれた。
「最初から、マリヒューイに聞けばよかった。どうする明日から毎日、シスター増員で、水まきを頼みました」
「それより、大量に収穫した大根や菜っ葉を、どうすかを考えるのが先でしょう。子供達もそんなには食べないわよ。その後、多分、嫌いになると思う・・・」
春先、大量に出来た大根と菜っ葉は、王都の孤児院や恵まれない人々に配られ、それでも余った分は、強引に船に乗せ、イレブン・ヴィンのジンの元に届けられた。
「春ね。気持ちいい~~!」
「良くこんな荒れ果てた庭を見て、呑気にお茶が飲めますね」
「ええ、収穫が終わり、やっと、悩みの野菜がなくなり、呪われていない庭を前に、何を作るかを考えている事が、素晴らしく気持ちいい」
「しかし、どうするのこの庭?」
「当分は、自宅用の小さな畑だけで満足です。今までと変わりません。一面の土色・・」
「そうだよね。また、水まき部隊を頼む事になるしね」
「ええ、彼女たちには、本当に申し訳ないわ~~」
「大丈夫よ、それが仕事だから・・・」
「そうだね。ハハハハハハ・・・・!」と二人で大笑いをした。
それから、毎日、のんびり過ごしていると、既に、王都に来て1年が過ぎようとしている。
その出来事は、あまりにも突然起こった。
ケンティが、学校から忽然といなくなったのだ。考えてみれば、マリヒューイが、誰よりも仲良くしている人物は、ケンティで、心を許している友達もケンティだった。
「どうして、そんな・・・」
学校から連絡があって、急いで学校に向かうと、既に、ルイ王太子たちは、到着して、学校関係者や、子供達に事情を聞いていた。
サルベーセンは、イカルノの胸ぐらを掴んで、泣きながら聞く。
「どうして、どうして、ケイティなの・・、わたくし達が何をしたの?学校の警備は・・・どうしたの?」
「サルベーセン嬢、落ち着いて下さい。警備は万全でした。勿論、ケイティの事を守る事もその中に入ってました。しかし、誰かが、ケイティを、男子トイレから連れ去ったのです」
「いつ、何時にそれがわかったの?」
「1時間くらい前です」
「どうしてもっと早くに教えてくれなかったのですか?」
「探し出せると思った」
「マリヒューイ?マリヒューイは、大丈夫なの?」
「はい、彼女は、大丈夫です。今は、ルイ王太子たちと一緒にいます」
「マリヒューイならわかるはず。ケンティが、今、どこに居るのか!」
サルベーセンは、大急ぎで、マリヒューイとルイを探し、ケンティの居場所を聞く。
「マリヒューイ、大丈夫?ーーーーケンティは?ケンティは、どこに連れ去られたかわかる?」
「はい、わかります。これから、わたくし達は、そちらに向かうつもりです」
「ごめんなさい、先生、・・・・ケンティ・・・」
「わたくしも行きます。ケンティは家族同然です。一緒に連れて行って下さい。お願いします」
王太子たちは、既に、サルベーセンの到着を待っていたようで、エフピイの部隊に、サルベーセンの馬車の警備を任せ、連れ去られたケンティが向かっている場所を目指す。
サルベーセンの馬車は、シスターが馬を引き、外の椅子にもう二人警備に就き、馬も2頭引きに変え、客車の中には、エフピイとリリアールが、サルベーセン、寄り添う。
「一体、ケンティは、どこに向かっているの?」
「王太子たちから、詳しい情報は入ってきませんが、私は、多分、マリヒューイ様のお国だと思います。彼らは、その道を進んでいます。この道は、非公開の道で、王室の許可なく進めません」
「船で行くの?」
「いいえ、その国は、我が国とは陸続きで、丁度、イレブン・ヴィンの隣に面しています」
「イレブン・ヴィンの隣って・・・、そんな・・・」




