マーチン公爵
第33章
会場は、割れんばかりの拍手の中、サリーサリー王女は、その場の人々に笑顔で手を振り答え、王太子は、そんなサリーサリー王女を優しく抱きしめて、二人の席へ誘導して行った。
「君は、素晴らしい。カオ国で覚えたのか?」
「はい、毎日、暇にしていたので、メイドさん達に教わり、歌って、踊っていました。それに、サリーサリー王女より、お土産に、ババロンを頂いていて、屋敷でも、たまにケンティと引いていました」
「ああ、ここまでカオ国に染まっていれば、マーチン公爵も疑う余地はないだろう・・」
「王太子陛下、彼ですね?彼が・・父の商会の後始末をしたのは?」
「どうしてそう思う?」
「彼を、屋敷で見かけた後、直ぐに、父と兄は収監されました」
「・・・・・・」
「そうか、わかった。しかし、今日のように、彼を挑発してはいけない。わかったか?」
「はい、わかりました」
その時の王太子は、厳しい表情で、眠っているトラを起こしてはいけないと、鍵を刺しているようだった。
飲み物を運んできたメイドは、感激している様で、涙を流しながら、サルベーセンに言う。
「サリーサリー王女、ありがとうございます。素晴らしい演奏で、本当に心に沁みました。このように大きな宮殿で、我が国の音楽が流れ、わたくし達も踊る事が許されました。ありがとうございます」
「いいえ、あなた方は、本当に素晴らしいです。あのようなきれいな踊り、見たことがありません。ねぇ、王太子?」
「ああ、感動しました。それに助けられました。ありがとうございます」
その後も、宴は続き、サルベーセンは、背中に限界を感じながらも、どうにか長時間のパーティーを終えようと安心した瞬間、何者かによって、意識を失った。
リリアールが、大声で、「サルベーセン!!! サルベーセン!! 」と何度も呼んだが、誰にも気づかれる事はなく、王太子の近くにいたイカルノに、ボーイが、囁く。
「サリーサリー王女が、少し酔ったので退席なさると、伝言がありました」
その場にいた、従者4人と王太子は、『酔うはずはない』と同じように考え、イカルノは、直ぐに、エフピイに連絡を取り、サルベーセンの危機を知らせ、近衛兵たちは、王宮と外回りを、静かに探し始めた。
王太子は、まず、マーチン公爵の居場所を探すことを指示し、全員が、仕事を終えるまで、10分もかからなかった。
外の暗闇の中、馬車に乗り込もうとするマーチン公爵に、王太子は、
「裏も表も今宵は、私の許可なく終了まで、開門しません。パーティーが、始まってから、門も部屋もすべて鍵をかけてあります。すべての馬車には、見張りもつけました。おわかりでしょう?他国の王女を迎えているのです。警備には、全力をいれています」
「何を言っているのですか?私を誰だとお思いですか?王太子、妻が少し体調を崩しまして、連れて帰る所です」
「では、王宮内の宮廷医に見せましょう。さぁ、奥様を渡して下さい! 」
その時、マーチン公爵は、ピストルを王太子に向ける数秒前に、一斉に小さなナイフが、マーチン公爵の背中に無数に刺さった。その後、マーチン公爵は、あっと言う間に連れて行かれ、何事もなかったように、その場は収まった。
「王太子、ご無事ですか?ナイフは、死なない程度に刺してあります」と、報告したエフピイたちは、駆け寄り、救出されたサルベーセンは、仕方がなく立ち上がり、マーチン公爵が触ったところを叩いて清めた。
「ええ、皆さん、本当に早かったですね?私も一瞬、意識が飛びましたが、あの程度のアルコールでは、数秒で目が覚めました」
ルイ王太子は、本当に怒り、
「愚か者!! 君に何かあったら、・・・・」
「・・・・・?大丈夫ですよ。私、シスターたちやイカルノさん達も信じていました」
「これで、あの人が、ヴィン家について、真実を述べてくれるのを待ちます」
「さぁ、パーティーに戻りましょう。最後まで、この誕生日パーティーを行う事がわたくしの役目です。さぁ、メイドさん達も、今頃、心配しています」
「サルベーセン嬢、心配する人がいるのがわかっているなら、今後、このような事は止めてくれ」
ルイ王太子は、本当に怒ったようにその場をさり、サルベーセンは、使用人のように後をついて行った。
「そんな怖い顔しなくても・・・」
二人は、この時、わからない感情が、芽生え始めた事を互いに知らなかった。
(恋か?恋なのか?)
カオ国のメイド達によって、もう一着のドレスに着替えて、誕生パーティーは、最終段階に入った。
「お二人で、今宵、最後のダンスをお願いします」
その後、もう一度、二人は、ゆっくりとダンスを披露したが、王太子は、無言を貫き、ただ、二人の握った手は、いつまでも離れる事がなく、パーティーは無事終了した。
エフピイは、「この後、王宮でお休みになりますか?」と聞いてきたが、サルベーセンは、どんなに遅くなっても、屋敷に戻りたいと伝え、夜明け前に、静かに王宮を去った。
「王太子、サルベーセン嬢が、王宮を出ました」とイカルノは、王太子に報告して、
「マーチン公爵の方はどうだ?」
「はい、時間の問題だと思われます」
「あのナイフ、1本ずづ抜いて、さて、昼までに、真実が聞き出せるか?」
「今回、彼の家族はどうしますか?」
「・・・・・・」
「王宮で、マーチン公爵が亡くなったと伝えてくれ、それで彼の家族もわかる事だろう・・、もう、サルベーセンのような国民を増やしたくない。その為にもマーチン公爵には、早く話して欲しい」
「はい、わかりました」
ルイ王太子は、サルベーセンと話した時に、『彼らは善人でした』の顔が忘れられない。
「サルベーセン嬢、どのような結果でも、君には今後も協力してもらう。君には、それ意外に道はない。すまない」
サルベーセンは、明け方、戻り、湯舟に浸かり、ケンティとマリヒューイを学校に送りだしてから、爆睡に入った。
「リリアール・・・。本当に眠い・・・、私、やり切ったよね。王太子を攻略して、ヴィン家の悲劇の真相が証明される。・・・どう?これで良かった・・・・?」
リリアールは、何も言わずに、静かに、サルベーセンに寄り添い、一緒に眠りについた。
次の日から、数人のシスターと子供達が、やって来る普通の日常が戻り、イレブン・ヴィン領にも無事に、予算案を提示して、その使用目的は、ジンに一任すると書類に添えて送った。
「先生、マリヒューイは、年末は、王宮に戻るそうです」
「では、年末はケンティと二人だけだね。雪も降らない穏やかな天気だとイイね」
「年始にかけて、変わった食べ物を作ってみるから、それを食べましょう?」
「先生、それは美味しいですか?」
「美味しいけど、少し力が要ります」
「?」
サルベーセンは、外国産の米があったので、ダメもとで、お餅を作る事にして、手製の棒を二人で持ち、大きな切り株を臼に見立て、二人で何度も叩いて、お餅を作って行く。
「先生、これ、本当に美味しい食べ物ですか?」
「う~~ん、なんとも言えないけど、もう少し、頑張りましょう」
初日は、五平餅、次の日は、きりたんぽ?二人は何度も挑戦して、年末までに、お餅を作る事ができた。良くわからない黒っぽい豆を煮て、小豆に仕立て、ケンティに振る舞う。
「先生、良くわからないですが、甘くて美味しいです。それに、お餅は伸びます」
「そうでしょう?この伸びが、欲しかったのよ。いっぱい出来たから、これでお正月は大丈夫ね」
「しかし、シスターたちが、キレイに掃除して下さって、このお屋敷、本当に貴族の屋敷のようですね」
「ええ、庭さえ見なければね」
「でも、僕が、馬車の練習ができるので、助かりました。年が明けたら、街に出てもいいって、エフピイさんにも許可を頂きました」
「そうなの?助かるね」
「そうだ、先生、新聞が届きましたよ」
新聞の購入を始めたサルベーセンは、新聞を手にし、その新聞に、
『マーチン公爵、病に倒れ死去、世継ぎ不在の為、爵位返上となる』と、言う記事を見つけ、サルベーセン、リリアール、ケンティは、その新聞を、黙ってみていた。




