準備は整った。
第31章
万能シスターは、本当に優秀で、くたびれていたヴィン邸を仮想の王宮に仕上げて行った。
「王太子が、こちらにお座りになります。サルベーセンさんは、こちらの椅子に腰かけて下さい。背筋は伸ばして、あまり王太子の方を見ないようにしましょう」
「はい、ゆっくり腰掛ける事から始めます」
「座る前に、鼻息を出すことはお止め下さい」
「今日は、歩く、座るの動作を完璧に覚えて下さい」
「それが出来ましたら、明日はお茶を飲むを始めます。夜は、教養の勉強をご自分で初めて下さい」
サルベーセンは、涙目でリリアールを見上げるが、リリアールは、シスターたちよりも厳しい顔で、サルベーセンを見て、頷くだけだった。
「リリアール、酷い、全然、助けてくれなくて、死にそうなくらい辛いのに・・・」
「何言っているの、本当に、あなたには基本が必要です。王女の代わりに王太子の隣に立つのですよ。彼女の気品は、物凄い物でした。その彼女の・・・身代わり・・・なんて、本当に無謀ですが、カオ国には、何か事情があるのでしょう。顔見知りのあなたに頼むくらいな事情が・・・」
「その気持ちを思うと、気の毒でなりません」
「そうだよね。カオ国は、首都移転とい大きな問題を抱えているからね・・」
「しかし、今回のレッスンは、将来、必ず役に立ちます。わたくしが教えていたダンスの授業は、少し簡単に思えるのではないでしょうか?」
「しかし、立ち位置や歩き方、座り方やお茶の飲み方がこんなに大変なんて・・・。OL生活で、身に着けて置けばよかった。パソコンばっかりだったから・・・・」
「嘆く暇があったら、宿題に目を通して!」
「うううう・・、意地悪・・」
しかし、サルベーセンは、負けてばかりではない。
「そろそろ、財務計算の仕方を教えた、決算書の書き方や、計算の仕方などを皆さんにお教えして、年末までに、イレブン・ヴィン領の仕事を片付けたいと思います」
「わかりました。サルベーセンさんが、必要だとおっしゃっていた机や椅子、黒板などを揃えてお持ちしています」
夜に、リリアールが、
「大丈夫なの?レッスンをサボりたいのが見え見えだけど・・・?」
「大丈夫よ。そこは前職で、自信があるし、ジンもどの位の予算が使えるのか、早く知りたいだろうから・・・・。何とかする! 」
その日は日曜日で、ケンティとマリヒューイのサルベーセンの授業に参加する。しかし、参加者は、王太子と従者4人も同時に参加して来た。
「どういう事?」
「そう言う事でしょう! 」
講義は順調に行われ、子供達以外の人間は、簡単に理解して、簡単に計算して、ほどなくサルベーセンの講義は終了して、午後は、サルベーセンの確認に入った。
カオ国からどのようなドレスが送られてくるかは、わからないが、顔にはベールの着用が絶対にある事がわかっていたので、貴族用のドレスを着用して、王太子と並んでみた。
「いかがでしょうか?」
二人が、並んでみると意外にお似合いのカップルで、マリヒューイやケンティは、びっくりする程に変わったサルベーセンに驚いていた。
「先生、お姫様みたいだよ。キレイ~~~だ」
「ええ、先生、とてもお綺麗です」
「そう?良かった。サリーサリー王女のように見える?」
「見えません」とケンティはきっぱい否定した。
「だって、先生は、先生だから、でも、今日は違う人みたいだ」
「ええ、お二人でそのように並んでいらっしゃると本当にお似合いです」
サルベーセンは、少し顔が赤くなって、リリアールとマリヒューイは、ニコニコしてみていた。
「ここから、彼女たちが音楽を奏でます。ダンスのレッスンを始めましょう」
ルイ王太子とサルベーセンは、初めて一緒にダンスをするが、
「どうも・・、サルベーセンさんの動きや仕草が古臭く感じます。この点は、どうなさいますか?」
サルベーセンは、リリアールを見て笑った。
「ああ、二人で登場してから挨拶までの一連の動作も古い格式だが、これは、これでいいだろう。ダンスは、僕がサルベーセン嬢に合わせる様にしよう」
「ここまで随分と頑張ってくれて、助かりました」
珍しく優しい王太子に少しドキドキしながら、
「いいえ、シスターたちの指導が素晴らしかったからです」と答えた。
シスターたちは、一列に並び、王太子からお褒めの言葉を頂き、深く頭を下げた。
その時、ビンエムーが、
「しかし、彼女たちだけで大丈夫でしょうか?」
エフピイは、先頭に立って、
「まさか、わたくし達だけでは、不安があるのでしょうか?」
どうやら話を聞くと、シスターたちは、王宮のA級女官で、知識、警備、勿論馬術、剣術などもこなしていた花形職業だったらしい。しかし、マリヒューイが、王宮内で襲われ、犯人は、A級女官の一人だった事が発覚し、彼女たちは、外に出された。
その後、マリヒューイは、王宮内に滞在する事が少なくなり、今では、身元がしっかりしたメイド達だけが、王宮内に、存在している。
エフピイは、膝をついて王太子に懇願する。
「ルイ王太子、わたくし達は、サルベーセン様の為に、全力で当たっています。どうか、信じて下さい。お願いします」
エフピイのその姿を見て、サルベーセンは、王太子に言う。
「今回の誕生日パーティーに、わたくしは全力で臨みますが、もしも、不都合な事が起きても、絶対に、彼女たちの責任ではありません。まして、今後の彼女たちへ影響がある事を望みません」
「それで、よろしいでしょうか?これが、わたくしが、今回、誕生日パーティーへ参加する条件です」
「ああ、いいだろう。君のその正しい姿勢が、数時間、続く事を祈るよ! 」
「え?この姿勢まま、数時間も・・?」(さっきのドキドキ感、返して欲しい! )
その場にいた人間すべてが、「そうです」と答えた。
「・・・・・・」
それから、数週間、厳しいリハビリセンターで指導を受ける様に、歩く、立ち止まる、座るを心掛け、何とか仕上がった頃に、カオ国からドレスが届いたと連絡があり、サルベーセンは、生まれて初めて王宮に入った。
「リリアール、スゴイ、足が震えて来た。リリアールは、ここに来たことはあるの?」
「いいえ、この王宮には来たことはありません。随分と変わりました。交易が進み、街並みの変化にも驚かされますが、この宮殿の素晴らしさ・・・。さすが公国です」
「ええ、偽の物の我が屋敷の物が、チープに見えて来た」
「ああ、あれは、殆んどが模造品だから、最初からチープなのよ」
「ーー、家を出るまでは、豪華だと感心していたのに・・・」
用意された物は、ドレスだけではなく、装飾品や靴、バック、豪華なババロンもそこに存在していた。
「さすが、サリーサリー王女、これ、本物でしょうか?」
エフピイが、
「はい、すべて本物です。なくしたら大変です。それから、今日からサリーサリー王女ですので、私たちに敬語を使わないで下さい」
「はい、わかりました」
その後、カオ国でお世話になったメイド達と、サリーサリー王女の側近の女性たちがやって来て、
「お久しぶりです。サルベーセン様、この度は、サリーサリー王女の身代わりを務めて下さり、誠に有難うございます」
「いいえ、本当は、わたくしが身代わりなんて出来ないのでしょうけど・・、よろしくお願いします」
「大丈夫です。王女からは、どのような困難にも立ち向かうようにと言われています」
「それって・・?」
それから、カオ国のメイド達は、サルベーセンに隅々まで美容を施さし、サルベーセンをピカピカの状態まで持ち上げる事を使命に、王太子誕生バーティーまでの時間を費やした。
リリアールと二人で、鏡を見るたびに、「ここのエステ、最高だね」と呟いた。




