何とか生きて行けそうです。
第3章
木製の台車は、女性が引くには大きく、たまにシーソーの様にサルベーセン自身が浮き上がり、町からの帰り道は、歯を食いしばって、下を見ながら一歩一歩を確実に進み、まわりをまったく気にせずに自分の家に帰って行った。
「彼女・・、このような場所で生活しているのか?」
ルイ王太子の護衛の一人は、マリヒューイと一緒にいた、サルベーセンの後をつけて王太子に報告する。
「王太子、マリヒューイ様と一緒にいた女性ですが、数年前に没落したヴィン家の娘でした」
「そうか、マリヒューイが言うには、彼女のドレスが王都の有名商会の物だったので、信用して一緒にいたらしい、人目の多い民衆の中に、隠れ、私たちを待ったと・・。やはり、没落貴族の娘か・・・」
「はい、彼女の兄は、前の大戦で宰相の部下だった為に父親と共に、処刑され、母親は、最近、死亡しているようです。母親が死亡した時に初めて、この町の役所に助けを求め、埋葬したようですが・・・」
「あの後のサルベーセンの行動はどうだった?イカルノ?」
「はい、マルセルが投げつけたお金を大切に使っている様子で、ドレスや装飾品などに使わずに、平民が買い物するようにお金を使っていました。・・・、最後には大きな台車を真っ赤な顔をして引いて帰って行きました」
「・・・・・・」
「元貴族の令嬢が?ーーー没落とはそういう事なのだろうか?」
「ーーー大抵の没落貴族は、最後まで、優雅に、ひっそりと亡くなって行く人間が多く、彼女は、なんと言うか・・・、ナリフリ構わず?人目も気にせず?、変わった女性でした」
「・・・・・・」
その場の全員は、黙ったまま考えていた。
「マリヒューイが誘拐されそうになった事件で、何か手掛かりがあったか?」
「いいえ、いきなり大きなマントに包まれ犯人の様子も見えていなかったようです。馬車に連れ込まれる前に、マリヒューイ様が逃げ出された事は、素晴らしいご判断でした」
「ああ、しかし、やはり、誰が彼女を狙っているのか?ーーーそして、マリヒューイの素性を知っている人間がいる事が不思議でならない・・」
「・・・・・・・」
「ルイ王太子、この後、直ぐに出発なさいますか?」
「ああ、明日出発しよう。マリヒューイを、安全な王宮に届けたい。二度とこのような事のないように、これからは万全を尽くそう」
「はい」その場の騎士たちは、王太子に頭を下げ、忠誠を誓う形をとっていた。
一方、その頃、サルベーセンは、購入した物に胸を躍らせ、鼻歌交じりで購入品の仕分けを始めていた。
「リリアール、この国の冬って、雪は降るの?」
「ええ、王都ではめったに降らないけど、この領土は北に位置しているから去年は雪が降った。初めてあんな大雪を見たわ・・・」
「そうなんだ・・・、雪降るんだ。その前に種を撒いて、根菜類の収穫が出来ればこの冬はどうにか越せそうな気がする」
「ねぇ、食べる物ばかり気にかけるのではなくて、少しは美容とかにも気をつけなさいよ」
「勿論よ、夏でも農作業の時は、長そでを着て、大きな帽子は欠かさずに着用していたし、前のサルベーセンの化粧品だって大切に使っています。髪も毎月自分でカットして、お風呂も大変だけど、たまには入っているでしょう」
「前のサルベーセンに感謝しかない。石鹸やシャンプーを残してくれていた。有難いよね」
リリアールは、天井の高い位置から、
「でも、殆んどは、泉で体も頭も洗っているくせに・・・フン!! 」
「それは、認めよう。泉には大変お世話になっている。汗をかけば泉に入り、1日何度も使わせて頂いて感謝しかない。しかし、これからは冬・・・・。水の運搬が大変になる。雨水を貯めるしかないのか?・・・。水道が欲しい」
「お金があるなら・・・役所に頼んでみる?町の人は水道を使っていたような・・・?」
大金を手に入れたサルベーセンは、気を良くして、次の日も台車を引きながら、町に出る事にした。
次の日、ルイ王太子達は、王都に向かう途中、馬車の中から、貴族の高級ドレスを着て、台車を引いているサルベーセンを見て、
「ルイ様、彼女です。あの異様な様子に気づいていないのは、この町で彼女だけではないでしょうか?」
「ああぁぁ・・、ふふ、貴族が庶民になる事は大変なようだな」
「でも兄上、彼女は何時間でも、わたくしと一緒にいて下さいました。彼女のストールと大きなバックに守られて、とても暖かいと、感じました」
王太子は、優しい笑顔でマリヒューイを見て、「ああ、本当に・・・不思議な子だぁ・・」と呟いた。
サルベーセンは、初めて町の役所に出向むき、リリアールに、自分の家の場所などを聞きながら、水道が引けるかを聞いた。
「水道だけでいいのですか?最近は、少し電気も点くようになりましたよ」
「で! 電気もあるのですか?」
「はい、この町一帯は、試験的に発電を行っていて、政府の指導の下、一般の家にも電気の普及を目指しています」
「お金、お金はどの位でしょうか?」
「結構かかりますが、自宅の屋根にもパネルをつけますか?」
「太陽パネルですか?」
「良くご存じです。そうです。冬は、発電所からは、不安定供給になりますので、パネルをつけて電力を補うようにしている家も増えて来ました」
「ゴクリ・・・、料金は?」
「えっと・・、水道と電気パネル工事で・・・、この位です」
サルベーセンは、恐る恐る、この前の巾着から中くらいのお金を出してみる。
「えーーーと、これで足りますか?」
役人は、不思議な顔をして、尋ねる。
「あなたはやはり・・・、お金の価値を知らないのですか?」
「はい、まったく・・・、お金を使った事がありません」
「ちょっと待って下さい」
役所の人は親切に
「この冊子は、子供にお金を教える冊子です。お持ち下さい。それから、今回の工事に必要な物は、このコインが3枚、このコインが7枚必要で370000pinの代金です。このコインは10000000pinで、おつりが大量になってしまいます。こっちのコインは、4枚ありますか?」
サルベーセンは、巾着からそのコインを4枚探して、役所の人に渡した。
役人はため息をつきながら、裏に精算に行き、しばらくすると、
「サルベーセンさんは、前回、お母様の葬儀に関しての料金が未払いになっている様です。いいですか?葬儀でもお金は支払わなければいけないのです」
「料、料金はおいくらですか?」
「2000pinです。このコインが2枚です。ありますか?」
「ありません」
「ふぅ~~、では、こっちのコインはどうでしょうか?」
「あります」
「では、お釣りを渡しますが、今回、大量のコインを持ち帰る事になります。気をつけて帰って下さいね。町で使うお金は殆どはこの小さいコインだけで足りますよ」
「はい」
「お母様のお墓の場所は知っていますか?」
「ーーーすいません。知りません」サルベーセンは、もうすぐ泣き出す。
その様子を見て、親切な役所の人は、
「きっと、あなたは、王都でしか暮らしていないのでしょう?だから、庶民の生活を殆ど知らないのでしょうか?」
「それでは、これから生きて行くことに、困難な時もあるでしょう。いいですか?あなたのお母様は、あなたの家の近くの教会に埋葬されています。その教会は、国王陛下の御指導の下、どのような人々にも学び場を設けています。先ずは、お母様のお墓を訪ねて、お花を手向け、その教室に参加してみてはいかがですか?」
親切な役所の人は、地図を描いてくれて、最後には「頑張って下さい」と言って見送ってくれた。
サルベーセンは、大量の銀貨を手製の大きなショルダーバックに入れ、小銭袋を首にかけ、目的の雑穀店と肉店に寄り、大量の細長い米と小麦粉、大きな肉を台車に乗せ、今一度、奥歯を嚙みしめ、台車を引いて家に帰って行った。
家に戻ってからは、農作業で鍛えた腕力で、米を運び、肉を切り、保存できるように煮ながら、頭の中は、水道と電気の事で一杯だった。
「役所に行って正解だわ~~~~。嬉しい、これで冬が越せそうね」
後ろにいるリリアールは、呆れた顔をして、
「あなた・・、貴族が一番、気にしている事は評判なのよ・・、いくら没落貴族と言え、平民からも気の毒に思われるなんて・・・。わたくしだったら、生きて行けないわ・・・・」
サルベーセンは、振り向いて
「大丈夫。あなた、既に死んでいるから・・・、気にしないで! ふふふふふ~~~♪ 」
ふふふ、その時のリリアールの顔は、一生忘れられない顔だった。