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引き分け

第26章

 「ケンティの母親は亡くなった」


 「質問に答える前に、事の始まりから説明しよう」


 「国王陛下が亡くなった事を、公表していないのは、陛下の意向だ。今、7つの国は、殆んどが代替わりの時代を迎えている。だから、私が諸国を遊説している事で、国王陛下がまだこの国にいらして、指揮を執って下さっていると、諸国に、思わせる必要がある」


 「当時、国王陛下がお亡くなりになったと同時に、隣国のクーデターが勃発して、緊張状態が続き、急いで、他国や国民の目を、どこかに向ける必要があったのは、確かな事だ。だから、私は、ヴィン商会の家令の報告を鵜呑みにして、処刑の許可を出してしまった。残された家族の事など考える事も出来ず。ましてや、ヴィン邸の使用人達の生死なども気にしてはいなかった。本当にすまないと思っている」


 「外交ばかり気にしていて、国内の状況を見ていなかった。私が、国王陛下に即位するには、まだまだ、経験不足だと、君に言われた後、ずっと、思っていた。だから、国王陛下の書簡ではなく、私の謝罪で、許して欲しい」


 「ーーーマルクさん・・は、どうして亡くなったのですか?」


 「王宮の医者が言うには、随分前から、大きな病気があったらしい。それでもケンティを育てる為に、彼女なりに気を張って生きていたのだろう」


 「彼女、イレブン・ヴィンに帰らなかったのですか?」


 「君にああまで言われて、どうして帰れる。だから、ケンティと二人で、王宮の下働きとして雇って、ケンティを王都の学校に通わせていた」


 「ケンティ、・・・ケンティは学校に通っているんですね?」


 「ああ、それが、母親の望みだったから、何も言わずに通っている。しかし、ひどく寂しそうで、言葉もかけられない・・」


 「そうですか・・・、ても、良かった。頭がいい子です。きっと立派な青年になります。そうだ、子供たちに渡すパンを沢山作っていました。このパンをケンティに渡して下さい」


 「もしも、ケンティが、受け取らなかったら・・、あの孤児院のこどもに、お願いします」


 「サルベーセン、実は、このパンだけでは足りないのだ」


 『へ?』


 「後、どの位、作ればいいのですか?」


 「秋口から降り始めた雪は、国中に広がり、既に1ケ月も降り続いている。最初は、王都から他の領土に支援物資を送っていて、その後、各領土の港を閉鎖して、食料を国内に留め、何とか持ちこたえている状況だ」


 「しかし、王都は、雪が降った事がなく、初期に、各領土に支援の食料を送り過ぎてしまった」


 「その後、道は閉ざされ、今では、どこよりも王都は食料不足で困窮している。孤児院の子供たちは、自分が育てている鶏を君に高値で売り、パンを貰って過ごしてきたが、流石に彼らの鶏もすべて居なくなり、シスターが、王宮に相談に来た」


 「慈悲深い人が、いつもお金とパンを子供に下さりますが、これ以上、君を騙して、高値で鶏肉を売る事は出来ないと、懺悔して・・・・。君を、騙したくないと、子供たちにも、言われたらしい・・・」



 「それで、思い出したんだ。君の屋敷にはあの麦が山ほどある事を・・・・」


 「ーーー王太子、私の父や兄が、冤罪で、処刑された事を謝りにいらしたのですよね。国王陛下の書簡での、名誉回復は、あなたが、即位されてからで、結構ですので、謝罪を受け取りました。お帰り下さい」


 「サルベーセン! この大雪は、君がもたらした物なんだぞ!! 」


 サルベーセンは、鼻を膨らませて、カンカンに怒る。

 「なんと言う、言いがかり。私が魔法で、雪を降らしている、とでもお思いですか?」


 そう叫んだサルベーセンは、直ぐに、「マリヒューイ・・・」を思い出す。


 「彼女・・・、全然、訪ねて来ないけど、どうしていますか?」


 「色々な事がわかる子供だ。君の家族の死因、マルクの死、ケンティの落胆、マルクが旅立ったその日から、雪が降っている。カオ国で、イカルノが、君の殺害を口にした後、天地が割れるほどの雷が鳴った事は、覚えているか?」


 「マリヒューイが、いつの間にか、私のベットにいた時ですか?ーーいいえ、覚えていません」


 「どうせ、酔いつぶれて寝ていたのでしょう」とビンエムーが、言う。

 「ええ、多分・・」


 「しかし・・。私には・・・」


 ルイ王太子は、怒涛の説得を始める。


 「各領土には領主が、適切な指令をだして、食糧危機を乗り越えようとしている。君のイレブン・ヴィンは、誰も指示を出していない。牧師が収監され、今は、ジンが教会で、それこそ領主の書簡を待っている。君のあの家の貯蔵庫には、今年も麦や干された果物、その他の保存食がびっしりと保存されている。親切な領民が、今年も、行ってくれたそうだ」


 後ろに下がる事は出来ない事を悟り、「わかりました。領主の書簡を送ります」と返事をすると・・。


 マルセルが用意した書類を出し、

 「ここにサインをお願いします。これから、早馬で届けます」


 サルベーセンは、チラッとマルセンを見て、書類にサインする、すると、もう一枚、書類が出て来た。


 「君の提供できる食料を、この値段で買い取ろう。その後10年間、君の領土の麦を、国の緊急保存食として、出来高で買い取る。これは、私が国王として初めて締結する書類になる」


 「君がサインして、僕が調印する」


 その頃には、すっかり諦めて、サルベーセンは、サインをして、王太子は国王の印を押した。


 「それから、庭の野菜は、既に掘り始めさせてもらっている。2階の食料は、すべて持って行く事はないが、もしも、君自身が足りなくなった場合は、どうぞ王宮に連絡してくれたまえ、支援しよう」


 サルベーセンは、頭をかかえ、何本、髪の毛を抜いたかわからないが、悔しくて『く~~! 』の一文字しか出なかった。


 荷物が運ばれて行くのを見ていると、ケンティがやって来て、「先生」と言って抱き着いた。


 「ケンティ、ーーーお母さんの事、本当に・・なんと言ったらいいか・・・」


 「先生、僕・・、知っていました。村のみんなの話・・、ずっと聞いていたから、人間はなんて残酷なんだと、いつも思っていました。母は、ここ1年、健康でいられたのは、先生がいつもお風呂に入れてくれて、体にいい物を食べさせてくれたからです。絶対に先生のせいではありません」


 「僕、先生と一緒にいたいです」


 「先生が、イレブン・ヴィンの人間を信じられない事を知っていますが、どうか、僕をお側に置いてください。お願いします。先生といたいです」


 サルベーセンは、飛び込んできたケンティを抱きしめているが、目は、王太子を見て、彼が、にっこり笑っているのが見えた。


 「ケンティ、この真っ白な雪の中に、すべてを埋めて生きる事が出来ますか?あなたも私もマリヒューイも、みんな、両親や家族を亡くしました。それは、悲しい事で、悔しい事ですが、あなたも私もマリヒューイも、今、生きて来ます。悲しみや憎しみは、この白い雪の中に閉じ込めましょう。出来ますか?」


 ケンティは、長い時間考えて、サルベーセンに、

 「先生、この雪は、物凄く季節外れだけど、先生や僕の為に降っているの?」


 「そうです。私や、ケンティ、マリヒューイ、そして、イレブン・ヴィンの領民の為に降っています」


 「先生・・・」


 「それから、ケンティ、あなたが王太子たちのスパイだったら、王宮に送り返します」


 「先生!!! 僕はスパイではありません! 絶対に違います」


 「ハハハハ・・、さぁ、食事にしましょう」


 振り返ったキッチンには食べ物がキレイになくなっていた。

 「あいつら、子供たちのパンまでも持ち帰りやかった」



 帰りの馬車の中。

 「王太子、このパン、やはり美味しいですね」

 「ああ、私もパンばかりに目がいってしまい、危ない話し合いだった」

 「しかし、彼女の欠点は、あの慈悲深い所ですね」

 「本人は、気づいていないのが、欠点です。しかし、ケンティが、明るくなって良かった」

 「ええ、やはり、彼を、引き取りました」

 「まったく、懲りないな・・・」




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