ⅩⅪ 閉幕、開廷
リアルが多忙につき、二週間もお休みしてしまい申し訳ありませんでした。
今週から更新再開すると共に、新章開幕です!
連続失踪事件が解決して2週間程経った。
あの後異界から出てきた24番は以前よりも虚ろな目をしていて、私は記憶を捧げたのだろうと悟る。
彼の霊神、サトゥムは力に代償を求める事の多い悪魔の中でも特に代償が重いと言えるだろう。
「彼も難儀な霊神と契約したよね。ほんと」
異界という空間の中であれば右に出る者のいない程の優位性を持つのに、現実世界での戦闘力は精々下から数えた方が早い部類に入る程度しかない。
しかし、それが本来の力ではないというのがサトゥムの特徴であり、契約者を苦しめる一因になっている。
「まさか記憶を捧げないと本来の実力を発揮出来ないなんてね」
あくまで文献に記されているだけの情報であるが、腹を満たしたサトゥムに敵う神はいなかったらしい。
カラン。
目の前のグラスに浮かぶ氷が溶け、崩れる。
「そろそろ店閉めるけど大丈夫?」
「えぇ・・・店長、泊めてとは言わないからここに放っておいてよ」
店長は溜息を吐いた。
「いくらあんたが常連とは言え、ここは宿屋じゃないんですよ」
店長は私の隣に腰を掛ける。
男物の似合う麗人だ。きっと百戦錬磨に違いない。
懐を弄り、煙草を咥える。
その仕草ですら酷く様になっていて羨ましく思えた。
「大方、この前連れてきたヒールズさんだっけ?全く靡く素振りが無いんだろ?」
「・・・」
無言を貫く私とニタニタと笑みを浮かべる店長。
「んで、24番っていう人の事も心配でぐちゃぐちゃになっていると」
黙って頷くと店長は続けた。
「私には霊契術の事は分からないし、恋愛もいまいちピンとこないけど、もっと気楽に考えても良いんじゃない?」
ガヤガヤと聞こえていた喧騒もいつの間にか疎らになり、店内を外から照らしていた街灯の光も弱くなっている。
「・・・あんたに限って万が一は無いだろうけど、こんな酔っぱらいを放り出すのもね・・・はぁ、今回だけだよ」
半分眠りこけていた私に店長が着ていたジャケットを掛けてくれた。
赤みがかった柔らかい光に照らされて私は眠りに落ちる。
私は安心感に包まれると共にあの霊契術とは異なった力が原因の騒動はまだ続くだろうという予言めいた考えが頭の中を蔓延っていた。
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「・・・」
「・・・」
熊を倒してから20分程。
俺は傷を負った少女を一人歩かせるのも如何なものかと彼女の住む集落の近くまで抱えてあげる事にした。
彼女もしばらくは居づらそうにしていたが、今は諦めたのか大人しく腕の中に収まっている。
時折顔を赤くして何かを伝えようとしてくるのだが、気がつくと目を逸してしまうのはきっと彼女は俺を拒絶しておいて助けて貰ったことに恥ずかしさを感じているのだろう。
そこそこ歩き続けると林の中に簡単な道のようなものが現れた。
「・・・ここまでで良い」
「分かった」
少女を降ろし立ち去ろうとすると、彼女は身を翻し言う。
「よければ私が再びここに来るまで待っていて!」
「お、おう」
返事をすると少女は嬉しそうに去っていった。
「どうする?」
『どうするも何も待っていてあげれば良いじゃないですか。きっと良い事がありますよ』
「そうか」
運命の女神が言うなら良い事があるのだろう。
「じゃあ、待ってる間に霊契術を教えてもらおうかな」
『えぇ。もちろんですとも』
昼過ぎを超え、日も傾きかけた頃の事だった。
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何故こんなにも想いが馳せるのだろう。
"里の外の人間"は恐怖の代名詞だった筈なのに。
たった一度助けて貰っただけなのに。
オババ様の元へ走る。
この里に家族は居ない。
孤児だった私を育ててくれたのは最長老のオババ様だ。
オババ様は物知りでいったい何年生きているのかをしるのはオババ様本人だけだ。
・・・人間の、それも霊契術者について行きたいだなんて当然反対されるだろうが、あの人からは何だか"運命の導き"のようなものを感じるのだ。
「オババ様!」
「おぉ、おかえり。リンダ」
オババ様は茶を啜るとこちらへ向きを変える。
「して、あの里の外におる霊契術者について話があるんじゃろ?」
「うん!あ、や、えーと。はい」
ついいつものノリで返してしまったが、オババ様がいつになく神妙な雰囲気を出しているので訂正した。
「オババ様。私あの人について行きたい」
「わしの言葉を忘れたか?」
「覚えてる。けどどうしてもあの人について行きたい。」
考え込むオババ様。
「わしらの神秘とは」
初めて向けられたオババ様の射殺す様な視線。
「我ら流転の民。この世界に留まり続ける民。それ故にこの世界の霊力に馴染み、それに近しい体を持ち、血は霊薬へ肉は力へ骨は最良の呪具へと変わる。我ら流転の民、神に準ずる者。その身体の一片たりとも奪われてはならぬ」
その内容を完全に理解している訳でもないし、本当かどうかも分からないがこの里に昔から引き継がれ守られてきた言い伝えだ。
「・・・わしらの体は霊契術者にとって垂涎物。最高の素材じゃ」
オババ様は空になったコップを置くと呟くように言った。
「・・・じゃがまぁ、それも昔のもの、外を試す試金石とも成りうるか」
「え?」
オババ様は険しい顔をしながら私を指さした。
「リンダ。あの男に付いていくというなら止めない」
「・・・」
「じゃが、四年後じゃ。四年後のこの日この時絶対に一度ここを訪れよ。それまでの帰郷は許さん。後悔もするな。何を見ても、聞いても、思っても後悔だけはするんじゃない。いいね?」
そうして、オババ様は一番細く小さい、"子"を象徴する指を血が出るまで噛み締めた。
「・・・っ!」
絶縁の申し出。
「なに、四年なぞ直ぐに過ぎ去る。降りかかる数多の現実を乗り越えここに戻ってきたのなら再びお前を子として迎えよう」
「うん」
私は"祖母"を象徴する指を噛み締めた。
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カン!カン!
裁判の終わりを告げる小槌が振り下ろされる。
「被告人を無罪とする」
厳正を振る舞いながらも背後の闇を拭いきれていない裁判長と下卑た笑みを浮かべる高貴な血筋の被告人。
裁判の結果に涙を流す立場の弱い被害者達。
・・・まただ。
私はまた悪を正すことが出来なかった。
あまりの無力感に膝から崩れ落ちる。
裁判官とはなんなのか。
私は何故裁判官になったのか。
自分で自分が分からなくなる。
「何故だ」
今回だって被告人が言い逃れ出来ない程の証拠が提出されていた筈だ。
私は私の背後にある裁判官用の出入り口に向かって歩いてくる裁判長を睨みつけた。
「・・・」
そんな私に裁判長は吐き捨てた。
「君もいい加減に"正義の味方"は止め給え。罰するか否か、自分に利のある判決を下すのがこの国の裁判官として長生きするために必要な事だよ」
拳を握りしめる。
迎えてくれる家族も居ない家へ帰ると試供品だと何者かに送り付けられたとある薬が厭に目についた。
アルターエゴと銘打たれたこの薬は付属していた手記曰く新しい自分になれる力を与えてくれるらしい。
キュポンと封を開ける。
別にこれが毒だろうとなんでもいい。
死ねるならそれも良い。力を得られるのなら御の字だ。
ゆっくりと嚥下する。
『「私とは如何なるものか」』
私は答えた。
「悪を断罪せし者なり」